視線から始まる
クレハ/角川文庫 キャラクター文芸
1章ー①
いつからだろうか。
なにを考えているのか分からないその
言葉を交わしたことはない。
けれどその瞳が私の方を向いていると、そう思うのは気のせいだろうか。
***
満開の桜が美しい四月。
今日から
進級し、新しいクラス発表の張り紙がされている廊下では、自分たちのクラスを確認するために人だかりができていた。
瀬那も自分のクラスを確認しなければならないのだが、いかんせん人が多すぎて近付く気にならない。
とりあえず少し離れたところから、人が落ち着くのを待つことにした。
友人と一緒になれた子や離れた子。
新しいクラスの発表に一喜一憂している生徒たちを
その時、廊下の向こうからざわめきが起きた。
人垣を割ってぞろぞろと歩いてくる三人の男子生徒。
誰もが彼らの姿を見ると廊下の端に寄り、道を開けていく。
「
「
「
きゃあきゃあと騒ぐ女子生徒たちを意に介することなく……いや、若干うっとうしそうに歩いてくる三人。
騒いでいる女子生徒たちは騒ぐだけで、見えない壁があるかのように一定の距離以上近付こうとはしない。
それは真ん中にいる彼の持つ、人を寄せつけない雰囲気のせいだろう。
漆黒の髪に漆黒の瞳。
作られたような美しい端整な顔立ちは、一目で女性だけでなく男性の視線も奪ってしまう。
王者の如き雰囲気をまとう彼は、生まれながらの支配者だと思わせる、周囲を圧倒する威圧感を持っていた。
まだ高校生なのにそんな雰囲気を持てるというのがすごいが、なんてことはない、彼の生まれを知れば誰もが納得する。
彼の名前は一条院
日本の経済界を牛耳る影のドン、一条院
一条院グループは経済界どころか、政界にまで影響力を持っている。
この町には一条院の本社があり、その関連企業も集まっていた。
この学校に通っている生徒の多くの親が、一条院の、もしくは一条院の子会社や関連企業で働いている。
働いていると言っても、重役クラスもいれば、平社員もいるので、一概にお金持ちの学校というわけではない。
確かに金銭的に余裕のある家庭の子がそこら中にいるが、瀬那のように一条院とは関係がない一般家庭で生まれ育ってきた生徒も少なくない。
ただ、瀬那の兄は学生時代に起業した会社が成功して、青年実業家として今や上流階級の仲間入りを果たしている。
しかし、兄がそうであるだけで、瀬那自身がなにか変わったわけではない。
そんな瀬那がこの学校に通っているのは、兄の勧めもあってのこと。
進学校としても名高いこの学校出身というのは、今後の進路にも大きく役立つだろうと考えてのことだ。
そんな学校は一条院が経営しており、それゆえに先生ですら枢には文句を言えない。
誰一人口答えできない存在。
ここで彼は支配者同然なのだ。
そんな枢を含めた三人は、人が開けていく道を悠然と歩き、人でいっぱいで近付くのも困難だったはずのクラス発表の張り紙の前に難なくたどり着く。
彼らの行動の邪魔をする勇者はこの学校にはいない。
波が引くように張り紙の前から人が離れていった。
「おっ、三年でも俺たち同じみたいだぜ」
金髪に、耳にはいくつものピアスをし、制服も着崩している派手な見た目の男子生徒が、張り紙を見て
彼は
進学校である一条院学園だが、比較的校則は緩く、彼のように鮮やかな髪の色に染めている者も珍しくない。
明るい性格が人気のようだが、瀬那からすると少々どころではなく騒がしく、できれば関わりたくない分類の人だ。
「本当だね。まあ、俺たちみたいな問題児ばらけさせないでしょ」
どこか納得げに相づちを打つのは、
総司とは違い、きっちりと制服を着こなしている彼はこの町にある大病院の院長の息子で、いつも柔和な笑みを浮かべており、人当たりがよい。
総司と共に、小学校時代から枢と仲がいいようで、枢が誰かといる時は必ずと言っていいほどこの二人のどちらかだ。
この二人も容姿が整っており、女子生徒からの人気は絶大である。
人を圧倒し、近付きづらい空気を持つ枢と違い、比較的親しみがあり近付きやすいのか、枢よりも女子人気は高いようだ。
「枢、俺たちC組だって。行こうぜ」
「ああ」
総司が声をかけると、枢は特に感情のない平淡な返事をして歩き出す。
その時、ふと足を止めた枢が遠くから眺めていた瀬那の方に顔を向けた。
跳ねる心臓。
なんの感情の起伏も見せない漆黒の瞳が瀬那を
けれどそれもほんの一瞬の出来事。
枢は先に歩き出した総司と瑠衣の後について去って行った。
瀬那はその姿をじっと見送る。
再び張り紙の前に人が集まりだしたが、瀬那はまだ枢の歩いて行った方向から目を離せないでいた。
先程のように枢と視線が合うのは初めてではない。
気がついたのは、この高校に入学してしばらくしてからだったろうか。
いつの頃からか視線が重なると瀬那が思うようになったのは。
だが、瀬那が枢と話をしたことなど一度もない。
これまで同じクラスどころか、隣のクラスになったこともないので会話をする機会もなかった。
それでなくとも枢は声をかけにくい雰囲気を発しており、瀬那から近付くことすらない。
ただ遠目に見るだけ。
かといって、周りにいる女子生徒のように、彼らに強い興味があるわけではない。
そのはずなのに、時折合わさるその視線がどうしても気になるのだ。
どうしてこんなにも彼と視線が合うのだろうか。
瀬那は考えるが、それはきっと自分の気のせいなのだろうと勘違いを恥ずかしく感じる。
現に周囲にいた子から……。
「ねえ、今、一条院様私のこと見たわ」
「えー、違うわよ。私と視線が合ったもの」
そう言って喜ぶ声が聞こえてくる。
瀬那の周りにはたくさんの人がいた。
枢と目が合ったと思う者は瀬那だけではない。
だからきっと気のせい。
なにをしていても興味なさそうにしている枢は瀬那の名前など知らないだろう。
ただの自意識過剰だ。
瀬那は何度思ったか分からない言葉で己を納得させ、ようやく人が少なくなってきた張り紙に近付いていく。
A組から順に名簿を見ていき、C組に自分の名前、
C組……。枢たちと同じクラスだ。
これまで決して関わることのなかった枢。
同じクラスになれば話す機会もあるだろうか。
そうすればあの
まるで答え合わせをしに行くような気持ちで、瀬那は教室へと向かった。
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