第二羽

保健室の全身鏡に写る自分の姿に驚愕きょうがくした。


『羽根を背負っている』


そう、あの某人気歌劇団員逹が舞台で背負うアレ。


巨大な階段から凛々りりしい出で立ちで舞台上に降りてくる時に背負っているアレ。


僕は意味が分からなかった。


たぶん穂花先生も同じだと思う。


「取れないっ!」


何度外そうとしても縫い付けられたというか、生えているみたいな感覚でびくともしない。


「先生、どうしよう!?」


穂花先生はいつの間にか僕から距離を取っていた。


そして保健室の扉の外から、ドラマ番組の中の家政婦のような形で覗き込んでいる。


「とにかく」


「移動するの早っ!?」


「頭も打ったみたいだし今日はもう帰りなさい。生活指導の先生に見付からないように。気を付けてね!」


ピシャリと扉を閉め、穂花先生は行ってしまった。


再びベッドに腰を掛けて座り直し、一人考える。


僕にはあるだろうか、この姿で家路に着く勇気が。


一つ深い息を吐いた時、パッと一瞬で羽根が消えた。


あっ消えた!?


その瞬間、こちらのベッドと隣のベッドを遮っていたカーテンがシャッと開く音がした。


「さっきは悪かったな」


ベッドの上に乗っていたのはカラスではなく、何とも不気味な鳥の『ような』生き物。


「どうも。人面鳥の『ラスカ』です」



「『ヅカバネルエンザ』!?一体何なんだよそれ!!」


僕は自分の家の部屋で、土下座らしい格好をする『ラスカ』と名乗る人面鳥を見下ろして叫んだ。


「『新型ヅカバネルエンザ』……、人間にこのくちばしが刺さると、感染、発症し、心臓の脈が普段よりも早くなることで症状が出るんだ……。簡単に言うと、ドキドキすると背中に羽根が生える」


人面鳥のラスカは羽と膝(?)を床につけたまま、申し訳なさそうに言った。


「人間に被害が出ないように気を付けていたつもりが……。知り合いを探している内に疲れてきて、建物に突っ込んじゃった……」


ラスカは嗚咽おえつを漏らした。


僕は急にラスカが不敏ふびんに思えてきた。


「うん、その……、お互い事故みたいなもんだしさ、治す方法を教えてくれたら、それでいいから」


「じゃあ交換条件として、俺の知り合い捜しを手伝えよ!」


「何でだよ」


ラスカは僕の突っ込みを無視し、腰に羽をやりながらり、偉そうなポーズを取っている。


「お前、自分の言ってる意味分かってんの!?替える必要のない健康な臓器を摘出された患者に、『元に戻すから自分で肝臓を用意しろ』って言ってるようなもんだぞ!!?」


ラスカが羽を組み、数秒沈黙する。


「ごめん、ちょっと長くてピンと来ないわ……」


「うん……」


僕はほとんど諦めムードに入っていた。


「で、捜してる知り合いって?」


取り合えず聞いてみた僕に向かって、ラスカは右の羽根をサッと出した。

 

「俺の『コレ』」


「小指立ててるつもりか!鳥に指あんのか!!」


さっきから何度も怒鳴ったせいで心拍数が上がったらしく、本日二度目の羽根が飛び出てしまった。


今度は僕が両手と両ひざを床に付き、ぜえぜえと荒い息を吐く。


文化祭も近いっていうのに、こんなんじゃ告白どころか、先生に近付く事すらできないじゃないか!!


++


穂花先生はまだ来てないみたいだな……。


次の日の朝、教室の扉をそっと開けて中を除き込み、クラスメイトしかいない事を確認して席に着く。


「お前、昨日大丈夫だったのか?」


隣の席のクラスメイトが話し掛けてきた。


「あー…、ちょっと貧血気味だったからふらついて落ちたのかも」


僕は咄嗟とっさに嘘を吐いた。


誰も僕にラスカが刺さったところは見てないみたいだな……。


「ほうれん草食べなさい、ほうれん草。さあ、HR始めるよ」


いきなり目の前に穂花先生が現れた次の瞬間、僕の背中から羽根が飛び出すと同時に、聞き覚えのある鈍い音が教室中に響いた。



「で、お前が捜してる女の特徴は?」


錯乱した先生にボコボコにされた僕は、一時間目の授業をサボり、旧階段と呼ばれている人気ひとけのない場所でラスカに問い掛けた。


「お前、授業はいいのか?」


「体育なんだよ!息切れするだろ!?あんなデカい羽根を生やしたままバスケが出来ると思うか!?」


「なるほど」


「こんなんじゃ告白どころかみんなにも嫌われるって!」


ムカムカして勢い良く立ち上がったせいでまた羽根が飛び出る。


「……本当に、悪かったな」


「え?」


ラスカの様子が、昨日とは少し違う気がした。


「実は、治療に必要な薬は俺の女が保管してるんだ。でも喧嘩した勢いで文字通り飛び出しやがって、バサバサと」


ラスカは旧階段をピョンピョンと上りながら語り出した。


「まあ俺にも悪い所はあったんだけどな……。全く!一体どこに行きやがったんだ!」


何だこいつ。


実は彼女に本気で惚れてるんじゃないか。


だから意識が朦朧もうろうとして、ちゃんと飛べなくなるくらい捜し回って……。


「ちゃんと捜そう、ラスカの彼女!!」


僕は旧階段の一番上まで上りきったラスカに向かって言った。


「え、何、急に。そりゃお前、治したいから焦るのは分かるけど」


「それだけじゃないよ!本当は彼女の事が心配で仕方がないんだろ?きっと彼女もラスカに見つけてほしいはずだよ!!」


「お前って奴ぁ……」



それから僕らはラスカの彼女がいそうな場所を必死で捜し回った。


公園や森、ペットショップ、野鳥の会。


いろんな場所を当たってみたがそれらしき鳥は見付からなかった。


「なあお前、授業はいいのか?サボってまで手伝ってくれなくてもいいんだぞ?」


「どうせ穂花先生の授業と体育は羽根が出ちゃうだろ。単位も充分に足りてるし、文化祭までには絶対に見つけてやるから。何とかなるって」


そうは言ったものの、一向に見付かる気配がなく日が流れて行った。


++


「全く、とんだ疫病神に刺さっちまったもんだ」


旧階段で落ち込む僕にラスカが暴言を吐き捨てる。


ラスカの彼女は未だに見つからない。


「元はと言えばお前が原因……」


「誰と話してるの?」


旧階段を見上げると、呆れた表情を浮かべた穂花先生が、腰に手を当てて立っていた。


ラスカは素早く僕の後ろに隠れたので、先生からは見えていない。


「やっと見つけた。いつもここにいたの?」


ゆっくりと一段ずつ階段を降りながら先生が近付いてくる。


ヤバ……、ドキドキしてきた。


このままじゃ、また羽根が出てしまう。


……あれ?いつもみたいに羽根が飛び出さないぞ?


少しだけ視線を背中の方に向ける。


ラスカが僕の背中に貼り付いて、出かかっている羽根を必死に押さえてくれていた。


サンキュ、ラスカ。今の内に深呼吸……。


「雪吹くん、最近どうしたの?ずっと体育と私の授業家庭科、サボってるでしょ。」


「……いやあの、それはえっと」


なるべく先生を直視しないようにしながら応えようとする。


「知り合いの為にどうしてもやらなきゃいけない事があって。それが解決しないと僕も前に進めないって言うか……」


「それは授業より大切な事なの?」


先生は困ったような顔をしながら僕は聞いてきた。


「……本当は体育も先生の授業も出たいんです。でも今はそれがどうしてもできなくて。うまく説明ができないけど……」


目を逸らしていても分かる。


言葉を絞り出す僕の顔を先生が凝視している。


穂花先生は少し考えてから口を開いた。


「……体育の先生にはうまく話をしておくから、絶対に単位は落とさないようにね。

その代わり、明日の文化祭のクラスの出し物の準備はちゃんと手伝ってよ!」


「う、うん」


穂花先生、細かい事情は聞かないんだ。


しばらく迷惑を掛けるけど、ラスカの彼女を見つけないとどうにもならないし。


「約束だからね」


旧階段で僕より数段上に立っている穂花先生は、右手でグーの形を作り、僕のおでこを軽く小突こづいた。


「は、はい」


やっぱりドキドキするなっていう方が無理だ。


「ちょw痛い痛い痛い痛いww」


ラスカが、今にも僕の背中から飛び出しそうな無数の羽根を押さえながら小声で必死に訴えている。


「教師生活最後の年に、雪吹くんみたいな生徒がいてまあそれも思い出になるかな」


教師生活・・・・最後・・……?」


僕はキョトンとした表情で穂花先生の顔を見た。





「雪吹くんにはまだ話してなかったかな。



先生ね、今年度で寿退社するんだ」



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