新型ヅカバネルエンザ
沙里央
第一羽
ハイビスカス、キラキラ光るアクセサリー、裁縫にクッキー。
好きな人の好きな物なら、何でも知っている。
+
「黒い羽根募金にご協力お願いしまーす」
「お願いしまーす」
募金箱を持って等間隔に整列したまま、僕達は登校してくる生徒に次々と声を掛ける。
ほとんどが素通りしていくが、たまに立ち止まった生徒が、箱の上に細長く空いた穴に財布から取り出した小銭をチャリンと入れる。
そしてその代わりに、僕達は小さな黒い羽根を募金してくれた生徒に渡す。
「ありがとうございまーす」
「ございまーす」
ふう……。後もう少しで解放される。
連日の遅刻のペナルティとして、朝からその活動を
ちょうどその時『ある人』の後ろ姿が目に入り、僕はすかさず声を掛けた。
「
「はい、おはようござ……」
『穂花先生』が振り返った。
穂花先生の目の前に僕は、トランプのババ抜きのように、手に持った沢山の羽根を広げながら笑顔で言った。
「黒い羽根募金にご協力お願いしまーす!」
穂花先生は一瞬フリーズし、「いやあああぁぁぁ!!!!」と絶叫した。
その後、『ガッ』という、鈍く大きな打撲音と、「ぐぉっ!」という、
+
好きな人の好きな物なら、何でも知っている。
……はずだった。
好きな人の嫌いな物が鳥の羽根だなんて、
この瞬間まで知る
+
場面は一転して2年5組の教室。
「それでは、文化祭の出し物を決めたいと思います」
穂花先生の頬には、
窓際の席に座り、左手で頬杖を付きながら外の方を見ている僕に穗花先生が声を掛けてきた。
「
その声に僕は頬杖を外し、素直に前を向く。
僕の左頬は腫れ上がっていた。
さっき穗花先生の持っていた出席簿が顔面にクリティカルヒットしたせいだ。
「お前、顔、大丈夫か……」
隣の友人が真顔で聞いてくる。
「それより先生、質問です」
僕は右手をピシッと挙げ、質問体勢に入った。
「はい、雪吹君。何ですか?」
「どうして鳥の羽根が苦手なんですか?」
「子供の頃にキラキラ光るヘアアクセサリーを着けていたら、カラスの集団に襲われて。それ以来トラウマになっちゃったの。
羽根を見ると気持ちが悪くて蕁麻疹が出て。だから布団も羊毛。重いんだけどね」
「徹底してる……」
クラスの誰かがそう言ったが、穂花先生はスルーした。
「まあ昔話は置いといて、文化祭の出し物を……」
背が低い先生が必死に背伸びをして黒板の上の方にチョークで文字を書こうとしている。
だけどいつも結局、一番上には到底届かないんだ。
「無難に焼きそばとかでいいんじゃない?」
「お化け屋敷やろうぜ!」
「コスプレは?」
おい、お前ら。
先生が必死に背伸びをしている事はスルーか。
「先生、これ」
僕は瞬時に脚立を用意し、肩に担ぎながら先生に声を掛けた。
「え、雪吹くん、ショムニのコスプレ?
確かに男子がエスミのモノマネしたら受けるかもだけど、今の中学生に伝わるかな?」
振り返った穂花先生はそう言った。
「そうじゃなくて黒板……」
「ああ、ちょうど良かった。後ろの蛍光灯、切れかけてるから新しいのに換えといてくれない?」
「分かりました」
本来の目的とは違ったが、穂花先生に頼られた事に違いはない。
「ショムニって何?」
クラスがまた少しざわついているが、今の僕は電球を変える事に全力を尽くさねばならない。
新しい蛍光灯を左手に持ち、右手で脚立を掴んで上る。
今にも灯りが消えてしまいそうな、一部が黒くなった古い蛍光灯と入れ換える。
『蛍光灯を取り替えられる男』ってポイントが高いって聞いた事があるぞ……!
脚立の上に座り、得意気にポーズを決める。
チラリと教卓の方を見ると、穂花先生には全く別の方向を見ていた。
先生にはこんな感じで毎日ロクに相手にされていない。
だけど決めたんだ。
今年の文化祭で穂花先生に自分の想いを伝えるって。
脚立の上で物思いに
天窓から入る風が心地良い。
遠くでフラフラと飛んでいる黒い鳥のよう物体に、この時の僕は全く気が付いていなかった。
教師と生徒、禁断の恋……か。
いやいや。先生の立場もあるし、付き合うのは卒業まで待った方がいいよな。
黒い鳥のような物はバランスを崩してうまく翔べないのか、だんだん近付いてきている。
就職して三年が経ったらプロポーズだな。
ウェディングドレス姿、綺麗だろうなあ………。
そういえば先生はどこに行きたいんだろう?
不意に目の端に何かが映った気がした僕は、窓の方を振り返った。
目の前に『黒い鳥のような物体』が迫ってくるのを確認したのと同時に、おでこに衝撃が走った。
『黒い鳥のような物体』のくちばしが僕のおでこに刺さったのだ。
……えっ、何だ??おでこが痛い……?
何をだっけ?そうだ、先生はどこに行きたいんだろう。
……国内?国……外……?
結婚式……後……の……ハ……ネ……ムー…………ン
脚立から床に向かって頭から落下したのは覚えている。
だけどこのおでこに刺さった『物体』が何なのかを理解する時間は、とてもじゃないけれど用意されていなかった。
+
あれ……、僕、どうしたんだっけ……。
薄れていた意識が徐々にはっきりとしてきた。
「気が付いた?」
「!?」
保健室のベッドに仰向けに寝ていた僕に、穂花先生が顔を近付けてきた。
思わず起き上がり、先生と距離を取り、何故かオネエ座りになる僕。
「ごめんね。先生が蛍光灯の取り替えを頼んだせいで……。保健の先生、今日お休みらしくて」
申し訳なさそうに穂花先生が言う。
もしかして、僕が運ばれてからずっと付いててくれたのか……?
「ち、違うよ!先生のせいじゃなくて、変な鳥が急に刺さってきて……!」
「鳥?刺さった?どこに?」
穂花先生は不思議そうに訊ねる。
「あ、あれ?」
前髪を掻き上げ、手鏡でおでこを確認するが、さっきあの変な鳥のようなものに付けられた傷はどこにも見当たらない。
ふと、穂花先生の顔にまた蕁麻疹が出てきた事に気が付いた。
穂花先生は平静を装っているが、何かを言いたげだ。
「先生、何でまた蕁麻疹が……」
僕が訊ねかけた時、穂花先生が口を開いた。
「ところで雪吹くん、それは文化祭の出し物?それとも、先生への嫌がらせ?」
その時やっと僕は気が付いた。
尋常ではない背中の重みに。
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