第3話 ただ事実だけを語る、彼
3 ただ事実だけを語る、彼
「確認したい事?
……あ、いや、そんな事は分かり切っているな。
カナデは――エギン同盟が気になるのだろう?」
エギン同盟。
それはセイレイン王国を取り囲む様に形成された、三国同盟の事だ。
ヴァリジア王国、メルベスト帝国、レディナ公国の三国からなる同盟で、彼等の目的は明白だ。
彼等の狙いは――セイレイン王国の征服に他ならない。
つい一カ月前までは、このワールデル地方は絶妙なパワーバランスを保っていた。
資源豊なセイレインを狙って、かの三国は対立関係にあったから。
どこかの国がセイレインに攻め込めば、その機に乗じて別の国がその国を攻める。
そうなればその国は、セイレインを攻めている場合ではなくなる。
更にはセイレインからの反撃にも遭い、とても侵略どころではなくなる。
件の三国はお互いに牽制しあうからこそ、決してセイレインに手が出せなかった。
その問題を解決したのが、メルベスト帝国の宰相になった、スティンシア・エディだ。
若干二十歳で宰相職に就いた彼は、まずセイレインを手にする事を推奨した。
例え今は敵対している三国が手を組んでも、セイレインは手にするべきだ。
その後の事は、また追々考えればいい。
一見大雑把に見えるこの提案は、しかし三国の為政者達の心を掴んだ。
セイレインを狙う国が多数ある以上、単独でセイレインを攻略するのは不可能だから。
だが、まずセイレインを倒してしまえば、話は大分変ってくる。
一つの国でセイレインを攻めれば、例え大国である三国とて手こずるに違いない。
その間に母国を他国に狙われる危険性があるからこそ、セイレインは難攻不落なのだ。
ならば、先ずは三国が協力してセイレインを陥落させてしまえば、手間が一つ減る。
三国で攻めればほぼ間違いなく、セイレインの侵略は叶うだろう。
その後三国は、分割統治したセイレインの領土を巡って、思う存分争えばいい。
三国からしてみれば、セイレインを単独で攻めるリスクを回避できるだけで十分だ。
そう結論した三国は、エギン同盟を締結させた。
セイレインにプレッシャーを与える為、その事実を書簡にしてセイレインに送ったのだ。
お蔭で現在セイレインの上層部は、てんてこ舞いに陥っている。
このあからさまな宣戦布告に、どう対処するか考えあぐねているのだ。
セイレイン側としては、まだその事を民衆には知らせていない。
何の対策も決まっていない現状では、ただパニックを引き起こすだけだと思っているから。
いや、民衆レベルの知識では征服された国がどう扱われるかは、想像しきれないだろう。
だが、漠然と自分達に不利益をもたらす事は、分かる。
カナデ・プラームが気にしたのも、そこだった。
「はい。
その場合――セイレイン王国はどうなるでしょう?」
「………」
セイレインの未来はどう変わるか、具体的に知る為、カナデはこの場に居る。
改めてその事を知ったビジャは、もう一度苦笑いを浮かべた。
「カナデに下手な誤魔化しは、通用しないだろうな。
それに君は、肝も据わっている。
機密情報を吹聴する気もないだろうから、話しておいても構わない、か」
というより、カナデが代筆している書類は機密情報ばかりだ。
当然だがカナデは一度足りとも、機密を漏洩した事はない。
多くの官僚から信頼されているのが――カナデ・プラームという侍女だった。
〝一体どういう侍女だよ?〟と言いたい所だが、事実なので仕方がない。
そのカナデがセイレイン城で働く事になった経緯は、少し複雑だ。
先述通り、カナデの母は和国の移民である。
母は運がよく、セイレインの城下町に居を構える豪商の妻となった。
だが、母の運は恐らくそこで尽きてしまったのだろう。
カナデが生まれてから十年後、その父は病で没する事になる。
豪商と言っても、商いの全ては、父頼みだったと言えた。
父を失っただけで家は傾き、やがて母も貧する様になる。
しかし、母にはまだカナデが居た。
カナデの異常さに、既に気付いていた母は、カナデを売り込みに向かったのだ。
無論、売り込み先はセイレイン城で、カナデは十歳にして城勤めの侍女となった。
父と母はカナデと違って、強欲な所があった。
カナデの才さえあれば、母は左団扇となれるだろうと計算したのだ。
実際、カナデは高給を食むだけの仕事を、熟せるだけの能力がある。
カナデは固辞して高給を得なかったが、彼女がその気になれば実家の再興さえ出来た。
母の目論みは成功して、母は暮らしに困る事はなかっただろう。
いや、だとしたら、なぜカナデは高給を固辞している?
その理由は、ある意味悲劇的と言えた。
件の母はカナデを城まで送ったその帰りに、馬車に轢かれて亡くなったのだ。
余りにも呆気ないその最期を聴き、カナデは涙さえ流せなかったと言う。
カナデが母について語ったのは、それ位の物だろう。
齢十歳で城に奉公に出された自分の境遇を、カナデ自身がどう思っているかは謎だ。
自分は母の道具だったと感じているのか、それ以外の感情があるのか、誰にも分からない。
カナデは何時でも笑顔を絶やさないから、その心中は誰にも計れなかった。
……と、話を戻そう。
カナデはセイレイン王国の未来を問い、ビジャはこう答える。
「そうだな。
仮にセイレイン王国が三国の手に落ちた場合、民衆は奴隷同然の扱いを受けるだろう。
セイレインの富は侵略者に搾取され、民衆は民兵として最前線に送られる。
文字通り死ぬまでこき使われ、捨て駒にされるのが彼等の行き着く先だ」
敢えて淡々と、ビジャは語る。
それは確かな事実で、彼に嘘を言うつもりはない。
と、カナデも特に感情的になる事もなく、質問を続けた。
「では、ビジャ様方王族はどうなるのでしょう?」
「……あー。
それはよくて辺境に幽閉、悪くて三族皆殺しと言った感じか。
私としては後者の方が、断然確率が高いと思う」
「………」
「いや、自慢ではないが、ウチの姫共はみな器量よしだからな。
側室にと望む王や王子も、多いかもしれない。
そうなると、気が強いメティあたりは、死を選ぶ可能性さえある。
〝敵国の王族に屈するぐらいなら、死ぬ〟と言い始めるかも」
ビジャが事実に近い仮想を口にすると、カナデは首を横に振る。
「いえ、メティ様であるなら、死は選ばれないでしょう。
寧ろあの方であるなら、自らの身を差し出す事で少しでも領民の扱いがマシになる様図る筈。
もしそうだとすれば、メティ様の人生に未来はない」
「……成る程。
確かにそれはカナデの言い分の方が、説得力がある。
流石だな。
兄である私より君の方が、妹の人物像を的確に捉えている」
これも、ビジャの本心だ。
彼に出来る事は、ただ正直である事だけだった。
「畏れ入ります、殿下。
分かりました。
知りたい事は大体理解したので、私は失礼させて頂きます」
「………」
微笑んではいるが、素っ気ないといえば素っ気ない態度である。
だが、もう用はないと言われてしまえば、そこまでの話だ。
いや、ビジャ・セイレインの立場からすれば、カナデ・プラームを見送るしかない。
ただ、彼はカナデが去った後――人知れず嘆息した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます