第4話

 ポニーに乗って、チャーリー・パットンはジョージアに来ていた。ここに来るまで、幾度も歌い、路銀を稼いだ。酒を飲んで歌っては、女を引っ掛け、喧嘩をする。それでもチャーリー・パットンは今、聖書を読んでいた。

「はあ、俺もこうならなきゃな。」

そう呟くが放蕩の旅は続く。ジョージアの通りを先刻出会ったばかりの女と歩いていると、ソングスターがいた。彼の音を聴いたチャーリーは衝撃のあまり、酒瓶を落とす。彼はソングスターの元に駆け寄っていく。酒のことも、女のことも忘れて。

「おい、あんた!」

「何だい?」

「すげーな、その速弾き!狂ってやがるぜ!なんて音楽だ?」

「何って、黒人だぜ、ブルースに決まってんだろ。」

チャーリー・パットンは驚異の感に襲われた。ヘンリー・スローンも、近所のトミー・ジョンソンもこんな音は出せなかった。個々の音こそ弱いが、この速弾きをこなせるとは全く思えなかった。

「俺もソングスターだが、そんなのは弾けないぜ。」

「俺だって弾けてないよ。本物はこんなんじゃないぜ。」

「これよりすごいのがいるのか!たまらないな!」

「あんた、ブルース好きなんだな。それなら、今夜暇かい?」

「もちろん!」

「スラムで一番でかいキャバレーに来なよ。今夜とんでもないのが来るんだ。」

二つ返事で承諾したチャーリーは夜まで、暇を潰すことにした。丁度煙草を切らしていたので、雑貨屋に行くことにした。

「たばこをくれ。」

「はいよ。それで、兄ちゃん、Spoonful(スプーン一杯)、いるか?」

「何だそれ?」

「何ってコーラ印の角砂糖だよ。あんま大きな声じゃ言えないが、これを食えばどんなBlues(悲しみ)も一発だぜ。」

「どんなBlues(ブルース)も!?買った!」

「そう来なくっちゃ。」

チャーリーは店を出て、コーラ印の角砂糖を食べるとすぐにギターを弾き出した。音に色が見えるような不思議な眠気の中、彼はさっき聴いたブルースをものにしようとギターを弾き続けた。気が付くと、もう夜、ギターの指板は血だらけで、何が何だかわからなくなっていた。

 キャバレーは人でごった返していた。昼間のソングスターが歌っていて、客はみんなじゃじゃ馬の如く踊っている。チャーリーはボーッと眺めていた。するとステージから人がはけ、一人の黒人が別の黒人に導かれて姿を現す。

「おお、来てたのか、あんた。」

昼間のソングスターがこちらに来た。

「今、ステージに上がったのが今日の目玉、正真正銘のスターってやつだ!」

正真正銘のスターさんは客の方を見ながら手探りでギターを膝に置く。

「あいつ、Blind(盲目)か?」

「そうさ、その名もブラインド・ブレイクさ。」

彼が親指で弦を鳴らした瞬間、この小さな部屋が宇宙へと広がった。彼の指は止まらない。止まらない。弾いて、弾いて、休符と思えばリズムが変わって、弾いて、弾いて、決して止まらない。ギターが加速すると、客のダンスも加速し、ギターが遅くなると、ダンスもスローになる。この空間の全てが一人の男によって創られていた。彼が歌うことといえば、破廉恥、肉欲、酒、踊り、到底ブルースには聴こえない。それでもこの目の前の音には深い深いブルースが込められていた。気付くとチャーリーも踊っていて、気づくと一時間の演奏の末、彼はブルースを終えていた。彼は終始微笑んでいたが、こちらに顔を向けた瞬間、表情を険しくする。

「そこのお前、見えなくてもわかるぜ。ソングスターだろ。」

俺の周りの奴らがたじろぎ始める。

「ああ、俺はチャーリー・パットン、ミシシッピ一のソングスターだ!」

「ならミシシッピのブルースを聴かせてくれよ!」

そう言われると、たまらず彼はステージに上がる。ブルースは聴くとプレイしたくなるものだ、決して聴衆になりきることができない。

「アイム・チャーリー・パットン!」といつものように叫ぶと、ビール瓶をスライドバーにしてトム・ルーシェンという人物の歌を歌い始めた。ブラインド・ブレイクを真似た曲に客はスローに踊り始めるが、どこか乗らない。そこですぐに彼はテンポを早める。ギターを抱えて踊ったり、転がるように暴れ回る。客が湧いて踊り狂った。

「ジョージアのブルースはこんなとこにしておいて、俺のブルースをやらせてもらうぜ。」

そう言った彼はついさっきのSpoonfulについて叫ぶように歌った。

その次は乗り回したポニーに女を重ね、ポニーの歌(Pony Blues)を歌い上げた。

全てが終わった時、会場は拍手喝采に溢れていた。そんな中ブラインド・ブレイクの奴だけは泣いていた。彼は耳元で囁く。


最高のブルースだったぜ。

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