悪魔が俺に贈った雨
第1話
ヘンリー・スローンが死んだ。この訃報に最も打ちひしがれたのはドッケリー農場の若き暴れん坊、チャーリー・パットンだった。ギターを教えてくれたヘンリー・スローン、歌を教えてくれたヘンリー・スローン、彼はもういない。チャーリー・パットンはやけになって酒を飲んで夜を明かした。友達のトミーも心配して来てくれたけど、荒い言葉で追い払ってしまった。彼はため息をつく。「いつものが始まったよ。」そう言って帰っていった。
翌朝になって、彼は後悔した。またやってしまった。今度こそ敬虔なクリスチャンになろうと決めていたのに。何かあるたびにこの様だ。ベッドでは隣に知らない女が寝ている。そこにヘンリー・スローンの女房がやって来た。
「チャーリー、私は綿花を摘まなきゃならないけど、家に彼が貴方に残したものがあるから取りに来てちょうだい。」
言われるがままに彼の家に行くと、背広とギター、ビール瓶を割って作ったスライドバーがあった。どんな言葉よりも熾烈に伝わってくる彼の不在に、喉元まで熱が込み上げてむせる。
「ブルースに雨の様に降られた時こそ、最高のブルースが歌える。」
彼の言葉に導かれて、椅子に座り、歌い出す、死の祈り(Prayer of Death)を。スライドバーは悲しみに震え、ギターが咽び泣く。
ミスター・パラマウントは愕然としていた。ヘンリー・スローンなる人物を探して遥々ミシシッピにまで来てみたが、この地は彼は死んだとの噂で溢れていた。白人であるパラマウントには不慣れな地理故、到着が遅れたこともあだとなった。しかしいざ彼の家に来てみると、半開きの扉から滲み出る音は驚異であった。西洋文明が築き上げた音楽を破壊しかねないダイナマイトでありつつ、全ての文明における音楽の源流でもある。祈祷、その人間性の濁流に恐怖すら覚える。そしてそこに、音と言葉の空間の果てにあるのは何だ。悲しみ?絶望?喜びかもしれない。しかし、この時、世界は青かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます