第16話哀れなメシマズヒロイン

 一応、このラブコメの舞台となる青藍高校は全国有数の名門校という設定があるのだけれど、そのせいで授業内容はかなり高度だ。


 今まで零宮零二が鍛えてくれていた優秀な頭脳のおかげで今のところは問題なく過ごせてはいるけれど、少し日常にかまけて遊んでいると、あっという間に転落しそうで怖い。


 零宮零二はこの学園で常に五本の指に入る成績優秀者という設定が今更ながらに恨めしく思えて来た辺りで午前の授業終了のチャイムが鳴り――俺は三津島クロエに促され、人気のない校舎の四階にある空き教室につれてこられた。


 一体どういうテレパシーでそうなっているのか、朝にこの会見に同席すると言い張った零宮えるも特に連絡なく四階にやってきて、俺たちはようやく本題に入れそうな雰囲気になってきた。




「それで。いったいどうしたんだ? 八百原那由太に弁当届けるんじゃなかったのか?」




 俺が単刀直入に言うと、三津島クロエは頷き、机の上に例の弁当袋を取り出し、中身を取り出した。


 如何にもこの人好みと言える可愛らしいキャラクターものの弁当箱だが、俺はその弁当箱を視界に入れた瞬間、なんだか違和感を覚えた。


 ピクッ、と、こめかみに何かの衝撃を感じたと思った瞬間、ハァ、と三津島クロエが大きな大きなため息を吐いた。




「まず――零宮」

「なんだ?」

「まず最初に言っておくわ。八百原にお弁当作る、っていうアイディアはかなりナイス。凄く感謝してる。それは嘘じゃない」

「あ、ああ」

「だけど……私にはちょっとハードル高かったかも」

「はい――?」

「いや、頑張ってはみた、頑張ってはみたんだよ。――いい? 私が蓋開けても笑わないでね?」

「お、おう」




 なんだ? 一体どうしたというんだ。


 俺が固唾を飲んでいると、三津島クロエが可愛らしい弁当箱の蓋を開けた。


 途端に、ぞっ――と何らかの気配が弁当箱を中心に発し、俺は総毛立つ感覚がした。




「ッツ――!?」




 俺だけでなく、俺の腕を掴んで離さない零宮えるでさえ、気圧されたような表情で弁当箱を凝視した。


 その反応を見て、当の三津島クロエが、あはは……と乾いた笑い声を発した。




 弁当箱の中に詰められて――否、封印されていたもの。


 それは――まるで溢れんばかりにいっぱいに敷き詰められた、真っ黒焦げのなにか。


 いや、真っ黒焦げである部分を除けば、かろうじてその粒の中に肉の破片や、かつては青々しかったのだろう野菜の片鱗を確認することが出来た。




 これは――まさか、炒飯――?


 いや、違う。


 これは、だ、ある時の、いつかまでは。




 俺たち兄妹が絶句していると、その沈黙に耐えきれなくなったのか、三津島クロエがちょっと大きな声で慌てた。




「そっ、そんなに絶句するところ!? しっ、仕方がないじゃない! 今まで料理なんてあんまりしたことないし! 第一台所が汚れるから料理なんかするなってママがうるさいんだもの! これでも昨日は頑張ったの! 深夜から明け方まで頑張って鍋振ったの! 一番料理っぽくなったのがこれなのよ! これでも奮戦した結果なの! 笑うな!!」




 三津島クロエは「笑うな」と言ったが、笑えねぇよ――。


 あ、あう、と零宮えるが喘ぎ声を上げ、食材としてはあまりにも悲惨な末路を辿った米と肉や野菜の切れ端を愕然として眺めている。




 参った――と俺は頭を抱えたくなった。


 三津島クロエは、今どき、今どき、メシマズヒロインだったというのか。


 原作小説を書いていたときはそんなこと想定もしていなかったが、この世界では俺の設定していないことだって十分起こり得る。


 お母さんみたいな家事能力と甲斐性あるヒロインが言わば大前提であるこのご時世に、平成も半ばの時代のラブコメによくいたメシマズヒロインとは――。




 俺は愕然とした気分で三津島クロエを見た。




「クロエ」

「な、何?」

「一応、一応、な? これ、俺が味見していいか?」




 その発言に、零宮えるがぎょっと俺を見た。




「おっ、お兄様! こんな特級呪物を口にするっていうんですか!? や、やめてください! 危険すぎますッ!!」

「――いいか、える。男には誰でも、あとに退いてはいけないときがある。今がその時だ。元々クロエに弁当を作れなんて無茶ぶりをしたのはお兄ちゃんなんだ。俺は――その責任を取らなければならない」

「だからってなんでお兄様が死ななければならないんですか!? 私、納得できません! 誰かの犠牲の上に成り立つ平和――そんなのは間違ってます!」

「える、俺は誰かのための犠牲になんかならないよ。俺のむくろを栄養にしてやがてそこに草木が芽生え、いつしか花が咲き乱れる――俺がそんな希望を胸に散りゆくのはいけないことか?」

「たかが弁当を前に濃密なドラマ展開すんな! ホンット仲良すぎてムカつくわアンタたちはッ! いいから食べなさいよ! 見た目が悪くても死にゃしないでしょ!!」

「わ、わかってるよ。とりあえず、食べるもんくれ。スプーンとかレンゲとか」

「ああ、家にフォークしかなかったからフォークでいい?」

「そこでフォークでいいかって聞いてくるところからもうアウトだと思うけど……まぁいいよ。じゃあ、いただきます」




 俺は真っ黒焦げの米粒の塊をフォークで突き刺し、おそるおそる口元に持っていった。


 意外なことに、黒焦げの塊からは香ばしい匂いがして、それなりに食えそうな気配だ。


 俺はスンスンと犬のように鼻を動かしてから、意を決して黒焦げの塊を口に運んだ。



 

 神妙な表情で二、三度咀嚼して――うーむ、と俺は唸った。




「……予想よりは悪くない。意外なほどちゃんと炒飯の味はする」

「ホント!? これなら八百原に食べさせてもヒかれない感じ!?」

「いや、塩と胡椒と油の味はするな、って意味で、正直、決して旨くもない。コゲが物凄くジャリジャリしてて舌触りもよくない」




 俺は首を傾げながら更に言った。




「第一、昼飯に炒飯オンリーというのはなかなかドカ飯っぽくて嫌いではないけど、これが毎日炒飯ばかりとなると……レパートリーの問題が浮上してくるな」




 俺の言葉に、だよね、と三津島クロエが肩を落とした。




「はぁ、どうしよう……これじゃ八百原にお弁当作ってくなんて無理ゲーじゃないの。雑誌とか買ってお弁当のことを勉強するとして、料理教室とか通うべき……?」

「いや、それだと時間がかかりすぎるしお前の負担も増してしまう。ここは俺がなんとかしよう」

「へっ?」




 俺の冴えた声に、ちょっと驚いたように三津島クロエが顔を上げた。


 そう、今の俺の手元には、昨日創ったばかりの新兵器があるではないか。


 俺は隣りにいた最愛の妹――零宮えるを見た。




「える、頼みがある。これからクロエに料理を叩き込んでやってくれないか」




 俺の言葉に、三津島クロエと零宮えるが一斉に目を見開いた。


 


「えっ!? 私が零宮の妹さんに料理を――!?」

「おっ、お兄様! この女に私が料理を教えるんですか!? 何故!?」

「そりゃあ、えるがこれ以上なく適任だと思うからだよ。……クロエ」

「な、なに?」

「ハッキリ言って、えるは家事の達人だ。これは兄貴の欲目ナシの評価だと思う。掃除、洗濯、裁縫……中でも料理はかなりの腕だ。レパートリーも豊富だし、見た目もプロ級のものを作れる。そこらの料理教室に通うよりも師匠としてよっぽど適任だよ」

「まっ、マジ!? この妹さん、こんな可愛いだけじゃなくてそんな女子力高いの!?」

「高いなんてもんじゃない。えるは女子力が服着て歩いてるような妹なんだぜ?」

「マジで!?」




 俺は今日、朝に食べた朝食の味を思い出しながら断言した。


 そう、昨日創ったばかりのこの妹は大変に家事が得意らしく、中でも趣味である料理の腕は中学生ながらかなりのものらしいのである。


 今朝この妹が作ってくれた朝食も、白米に味噌汁、そして卵焼きにシャケにサラダというシンプルイズベストな構成で、栄養バランスや見た目、味、色艶まで、その全てに大いに太鼓判を押せるものだった。


 この妹なら、このお色気以外に武器を保たない哀れなメシマズ負けヒロインに料理という新たな武器を与えることが出来る――それは確信であった。



 

 しかし――この愛らしい妹は最愛の兄の頼みに意外なほど抵抗を見せた。




「いっ、いくらお兄様の頼みでも、こんな毒虫候補に料理を教えるなんてイヤです! かたきの子を鍛えるような話じゃないですか! もしかしたらこの女が将来的にお兄様の胃袋を掴んで心からお兄様を籠絡してくることだって十分――!」




 瞬間、俺は零宮えるの小柄を両腕で包容した。


 途端、ギャアッ!! と黄色い悲鳴を上げ、零宮えるは身を固くした。


 俺は強情な妹の頭をゆっくりと撫で、耳元に蠱惑的に囁いた。




「頼むよ、える。彼女は俺の大切な友人なんだ」

「あ、うう……! おっ、お兄様……!!」

「そもそも、俺はえるのことを信頼してるからお願いしているんだ。えるは可愛くて、健気で、献身的で、そして何よりもいい子だ。きっとこのメシマズ女だって一流シェフ並みに鍛え上げる事が出来る。……えるはお兄ちゃんの期待が重いか?」

「ハァハァ……! お兄様の濃密ながしましゅう……! おっ、おまかしぇくだひゃい……! わっ、私がお料理を教えましゅう……!!」

「よかった。頼んだぞ、える?」

「はいぃ……!!」




 俺が微笑みながら身体を離すと、三津島クロエが完全にドン引きの表情で俺たちを見ていた。




「……一応聞いとくけど、アンタたちって本当に兄妹、なのよね?」

「そうだよ」

「それ以上の関係とかじゃない?」

「血肉を分けた兄妹だとも」

「ふっ、ふ~ん……そうなんだ……傍から見てればあんまりそうは見えないんだけど」

「えへへ……」

「なんで少し嬉しそうなのよ。決して褒めてないから。ま、まぁいいけどさ……」




 気を取り直した表情になった三津島クロエは、零宮えるに向けてサッと右手を出した。




「とりあえず、零宮の妹さん。これからは師匠って呼ばせてもらうから。遠慮なくガンガン鍛えてちょうだい。ヨロシクね?」

「ふむ……お兄様の、そしてお兄様の友人の頼みとあらば仕方がありませんね」




 フゥ、とため息をつき、えるはクロエの右手を握った。




「それじゃ早速、今夜からウチに来てください。クロエさんにはまずはお兄様の晩ごはんを作ってもらいます」




 え――と俺は少し驚いてえるを見た。




「え――味見役、俺?」

「何を言ってるんですかお兄様。私が師匠、クロエさんは弟子、お兄様が務められる役はもう味見役しか残ってないじゃないですか」

「ま、まぁそうだけど……それって味見っていうか毒見……!」

「殴ろうか? グーで。こめかみ辺りをゴリッって」

「あ、いやいや。わかったわかった。そんなかなり本気な顔で脅迫するなよ。……えるが監督してくれるなら大丈夫だろうしな」

「やたっ! じゃあ師匠、今日の夕方から零宮の家に集合ね!」

「何を言ってるんですか。まずは食材の買い出しからです。どんな料理も食材がなければ作れませんからね」

「へぇ、そうなんだ! 食材って買い出ししなきゃいけないもんなんだ! 初めて知った!」

「――おいクロエ、だったらさっき俺に食わせたこの炒飯はどうやって作った? 何を入れたんだ?」

「んふふ、秘密!」




 口元に人差し指を押し当てながらクロエは完璧な美少女のポーズで煙に巻いた。


 まさかコイツ、食材がないからって炒飯に猫缶とか入れたんじゃなかろうな。


 やれやれ、コイツが曲りなりにも料理ができるようになる日までミュータントにならなけりゃいいなと思っていると、クロエが「よーし、頑張るって決めたらお腹空いてきた!」と元気いっぱいの声で言った。




「じゃあ今日は親睦会も兼ねて、私のオゴリで学食行こうよ! それが料理を教えてもらうお礼ってことでいいでしょ?」

「おお、そりゃ結構なことだな。……えるも、今日はお弁当作ってきてないだろ? ご一緒しようぜ」

「はい!」




 俺たちはそれを期に会合をお開きとし、三人で学食に向かった。







「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


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