第15話捏造した妹と一緒に登校

「うふふ、お兄様、お兄様と一緒に登校なんて久しぶりですね~」

「何を言ってんだよ、妹だろ? もしよかったら今度から毎日一緒に登校するか? えるは可愛いからな、タチの悪いナンパとかに捕まるのも心配だし」

「わぁ! 本当ですか!? これから毎日お兄様と一緒に登校しても!?」

「もちろんだよ、妹なんだから当たり前じゃないか」

「んふふふ! お兄様、お兄様大好きです! 頭ぐりぐりぐりぐり~」

「お、おいこら、こすりつけるなこすりつけるな。匂いがついちゃうだろ?」




 俺に突然出来たこの零宮えるという妹、どうやら零宮零二が通う私立青藍学園の中等部に在籍中らしく、つまり学校が同じだった。


 ということで、俺は当然、というように一緒の登校を提案したところ、零宮えるは大層驚いた表情の後、小躍りしてその提案を喜んだ。


 ついさっき俺が捏造した存在にも関わらず、どうやら零宮零二は今まで妹と一緒の登校を渋っていたらしく、一緒の登校は久しぶりのことなのだそうだ。


 全く、一体どういう仕組でさっき出来たばかりのキャラの過去が創られていくのか謎だが、とりあえず、このラブコメ世界の調整力は100%信頼してもよさそうだ。




 どんな恋人よりも恋人っぽく登校する俺たち兄妹を、通学路を行く同窓の学生たちが異様な目で眺めているのには気がついていたが、俺はそのすべてをまるっきり無視した。


 零宮零二の中に入っている四ノ原ヨンは、生前は二十九年間ずっと一人っ子であり、きょうだいが出来ることはずっと叶わない夢だったのだ。


 それもこんなに可愛い、健気でブラコンの妹が突然出来たとなれば、俺にとってはこれがまさに目に入れても全く痛くないほど可愛いのである。




 兄妹って、妹っていいもんだなぁ――俺がしみじみとその想いを噛み締めていた時だった。


 俺は不意に、少し向こうにここ数日で見慣れてしまった特徴的な銀髪の頭を見つけて、オッと声を上げた。




「おーい、クロエ!」




 俺がそう声をかけて小走りに駆け寄ると、ちょっと驚いたように振り返った三津島クロエが、俺の顔を確認するなり何故なのかバツの悪そうな表情を浮かべた。




「あ、ああ、零宮か……おはよう」

「どうしたクロエ。お前が一人で登校するなんて珍しいな。八百原は?」

「あ、うん……今日はちょっと、一緒に登校するのはいいかなって……」

「え? 珍しいな、お前がそんな控えめなこと言うの」

「あはは……そ、そうかな? 私だって一人になりたいときがあるというか……」

「……お兄様、一体誰ですか、このはしたない身体つきのメスは?」




 がるる、という声が間近に聞こえ、俺はすぐ横を見た。


 俺の腕を掴んで離そうとしない零宮えるが、頭ひとつ分は背が高い三津島クロエの顔を睨みつけ、警戒心をあらわにしている。


 その顔をまじまじと見つめた三津島クロエが目を丸くした。




「うわ、可愛い子――。零宮、この子は?」

「ああ、こいつは中等部に通ってる俺の妹だよ。ほら、える、挨拶しなさい」

「挨拶? お兄様、このメスはお兄様にとって何なんです? まずそっちを説明されない限り挨拶なんてできません」




 俺の腕を一層強く抱き締め、零宮えるは猜疑心丸出しの視線で三津島クロエを睨みつける。


 ますます目を丸くする三津島クロエに、あはは……と俺は苦笑した。




「す、すまんクロエ。この子はちょっと人見知りで……。える。この人は俺のクラスメイトだ。ほら、俺の友達の八百原那由太っているだろ? アイツの友達だよ」

「ああ、八百原……お兄様と違って、あの知性の欠片も無さそうなサルのことですか? そのサルと友達……ということは、このメスザルも見た目通りの色魔だったりして」




 色魔。その単語に俺がぎょっとした途端、案の定、三津島クロエの表情にピキリと亀裂が生じた。




「へ、へぇ~……顔は天使みたいに可愛いのに口先は悪魔なんだ……そういうところは兄貴にソックリね……」

「こっ、こら、える! 初対面の先輩に向かってお前なんてことを……!」

「さしずめ、そのはしたない身体でとっかえひっかえ男を誘惑して、よしんばお兄様もそのうちの一人にしてしまおうという魂胆で近づいてきたんでしょうが……残念でしたね、私の目が黒いうちはお兄様には指一本触れさせませんから」

「あ、あのね妹さん、あなたがお兄さんのこと大好きなのはわかるけど、別に私と零宮はそんなんじゃ……」

「お兄様、気をつけてください。この女とは決して二人きりにならないで。特にベッドや寝転べるマットレスがあるような場所は避けてくださいね? 例えば保健室とか……」




 なんだか、数日前の出来事を見てきたかのようなえるの一言に、流石の三津島クロエも顔色を変え、フン! と鼻を鳴らして顔を反らしてしまう。


 なんだか、出会ってたった数秒で険悪になってしまった二人の間を取り持つように、俺は物凄く乾いた笑い声を上げて話題を変えた。




「とっ、ところでクロエ、ほら、例のやつは?」

「例のやつって?」

「ほっ、ほら、昨日相談しただろ!? 八百原に持ってくアレだよ!」




 弁当はどうなった? と暗に尋ねると、一転してクロエはバツが悪そうな表情を浮かべた。




「う、うん、それなんだけどね……」

「えっ、どうした? 忘れたのか?」

「いや、そういうわけじゃない。一応作っては見たんだけど……」




 そう言って、三津島クロエはスクールバッグにぶら下げられているピンク色の弁当袋を指し示した。




「なんだ、作ったんじゃないか」

「ま、まぁ、そうなるんだけど……零宮」

「なんだ?」

「後で時間ある? 例えば昼食前とか」

「え? あ、ああ、あるけど……」

「お兄様! ダメですよこの女の誘いに乗ったら! きっと暗がりに連れ込んで押し倒すつもりですよ!」

「妹さん、少し口を閉じててくれる? これは物凄く真剣な話だからさ」




 ハァ、と、なんだか落胆してしまったように嘆息してから、クロエは俺を見た。




「とにかく、後でちょっと話があるの。お願いだから時間作って」

「あ、ああ、わかった」

「絶対よ? 約束ね?」

「お兄様ダメですって! もしどうしてもこの女と密会するというなら、私もその場に居合わせますッ!」




 ぎゅっ、と、更に腕にしがみつく力を強くしてきたえるに、俺は視線だけでクロエに許可を求めた。


 クロエは不承不承、という感じで何度か頷いた辺りで――「おっ、零宮おはよう!」という声が聞こえて、その場の全員が振り返った。




 主人公の象徴であるアホ毛を今日もゆっさゆっさと揺らしながら現れた男――このラブコメの主人公である八百原那由太の登場だった。


 八百原那由太が登場した瞬間、今までどんより曇っていた三津島クロエの表情がパッと輝き、恋する乙女のそれに切り替わった。




「あっ、八百原おはよう――!」




 俺の影に隠れて見えなかったのか、八百原那由太が三津島クロエを視界に入れた瞬間、ぎょっと目を見開いて身を固くする。


 瞬間、三津島クロエが八百原那由太に飛びつこうとする気配を感じた俺は、ゴホン、とわざとらしく咳払いしてみせた。


 途端に、はっとした三津島クロエが身体に急制動をかけて踏みとどまり――えっ、と八百原那由太が目を丸くした。




「え――?」

「や、八百原、おはよう。今日は随分と早い登校じゃない」

「おっ、おう……そうだな。あ、あの……」

「なっ、何? 私の顔になにかついてる?」




 三津島クロエがちょっともじもじとして顔を背けたのを見て、八百原那由太は心底意外だというように目をパチクリさせている。




 そうだ、今までの流れだと、三津島クロエは登校してくる八百原那由太を視界にいれるなり飛びついて、腕でも背中でも、その豊満な胸を押し付けて必死にメスアピールするのが、言わば毎朝のモーニングルーティンだったのだ。




 どうだどうだ、お前が今まで散々、タダで触れられていた三津島クロエはもうおあずけだぞ――。


 邪悪な笑みを浮かべた俺は、肩透かし感を更に煽るべく、わざとらしく八百原那由太の肩を叩いた。




「オイどうした、那由太? 朝っぱらからなんだか物凄く物欲しそうな表情してないか?」

「え――? ――あっ、ばっ、バカ! そんな顔してねぇよ! だっ、第一、なんだよ物欲しそうな表情って!!」

「いーや、別に深い意味はないよ。見たまんまを言っただけだ。そんなにジットリした目でクロエを見てどうした?」




 俺の指摘に、八百原那由太は一瞬、激しく動揺したような顔をした後――急に我に返ったように赤面した。




「そっ、そんなんじゃねぇよ……! なっ、なんだよ、零宮も! わざわざ調子狂うようなこと言いやがって……!」




 真っ赤に赤面した表情は、だが威勢の良い言葉とは裏腹に、ちょっと寂しそうな色が隠せていない。


 わかりやすく顔に出た八百原那由太の顔を見て、一番驚いているのは三津島クロエだ。昨日まであんなに激しくスキンシップしても靡かなかった八百原那由太が、どう見ても三津島クロエに抱きつかれなかったことで調子を狂わされている。


 はっ、と驚いた表情を浮かべた三津島クロエに俺はアイコンタクトし、な? 俺の言った通りだろ? と視線だけで聞いた。


 俺のアイコンタクトに、三津島クロエは心底嬉しそうに微笑み、大きく大きく頷いた。




「おっ、俺はもう行くからな! お前らもさっさと登校しないと遅刻するぞ!」




 なんだか上ずった声で俺たちにそう促した八百原那由太を見て、俺と三津島クロエは作戦成功だ、と笑いあった。


 そんな俺たちを見て、俺の右腕にしがみついたままの零宮えるが不思議そうに俺の顔を見上げた。




「お兄様、なんか嬉しそう――どうしたんですか?」




 俺はその質問を曖昧に笑って受け流し、通学路を再び歩き始めた。







「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


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