第13話原作改変無双

 その後、三津島クロエを家の近くまで送った俺は、反対方向にある自宅に帰り着くや、制服のままパソコンの前に座った。




「さて、今日も更新されてるのか――」




 俺がカクヨムを開き、ワークスペースから『シュレディンガーのラブコメ』にアクセスすると、予想通り17話が更新されていた。


 更新日時を確認すると、今日の午後七時とある。どうにも、この小説はかつて四宮ヨンだった俺が更新日時としていた午後七時に更新されるらしい。


 俺が17話にアクセスすると、





【「お、おはよう八百原君。……あれ? 今日は一葉さんだけじゃなく、三津島さん、零宮君とも一緒なの?」




 両親の再婚によって俺の義妹になってしまった二階堂奏さんとは、一応登校時間をずらして登校することにしている。


 事前の取り決め通り、あくまでみんなの前では義妹ではなく、クラスメイトとして俺に接してくれている奏さんは、一緒に教室に入ってきた俺や三津島クロエ、そして一葉深雪を見て目を丸くした。 


 


「おっ、おう、二階堂さん。そうなんだよ、たまたま登校途中に一緒になってさ――」

「たまたま、って何よ。わざわざ一緒に登校してあげたんじゃないの」

「私は完全にたまたまね。こんな騒々しい人たちと一緒に登校してしまったのは一生の不覚だわ」 



 

 そう言って口を尖らせた三津島クロエと一葉深雪を見て、奏さんは控えめに微笑んだ。




「相変わらず、八百原君はみんなと仲が良いんだね。凄いなぁ、羨ましいぐらいに……」】





 ――ふむ、これは今朝のやり取りが主人公の八百原那由太視点で書かれている。


 どうにもこの世界での『シュレディンガーのラブコメ』は、俺が特段続きを書かなかった場合、基本的には八百原那由太視点で、もしくは各ヒロインのいずれかの視点で物語が自動的に更新されるらしいのである。


 


 ふと、俺は『シュレディンガーのラブコメ』のアクセス数を見てみたが、公開中にも関わらずPVは2と表示されている。


 つまり、この小説は公開状態にありながら、俺以外の人間が読むことは出来ないらしいのだ。




「一体どうなってんだろうな、これ……」




 俺は今更ながらにこの小説に起きている謎現象に首を傾げた。


 俺はいまだにこの世界の原作者であり、この小説にその通り書けば、東京スカイツリーを一夜にしてこの世から消失させることだって出来たのだ。


 ということはつまり、俺がその通りに書けば、八百原那由太と三津島クロエを付き合わせることぐらいなんでもないこと、ということになる。




 けれど――俺はしばらく考えて、首を振った。




「それは、それだけはやっちゃいけねぇんだよな……」




 そう、俺が如何に三津島クロエの恋路に肩入れしているからと言って、この世界には一葉深雪も、二階堂奏もいる。


 三津島クロエほどではないにせよ、一葉深雪も二階堂奏も俺が愛情と情熱を込めて創り出したキャラクターには違いない。


 彼女たちだって真剣に八百原那由太を想い、なんとか選ばれようと努力しながら日々を生きているのだ。


 俺は彼らと彼女らを創造した人間として、特定のヒロインと強引にくっつけるようなことは、それだけは厳に慎まねばならないと、幾らなんでも思う。




 とりあえず、俺は最新の18話を開き、「朝起きると、昨日消失していたはずの東京スカイツリーが、再び忽然と出現していた」とだけ書き、予約更新しておいた。これで一応、東京スカイツリーを巡る大騒ぎは収まることだろう。




「……でも、それじゃあつまらなくね?」




 俺はPCの画面を見ながら独りごちた。


 そう、せっかく俺はこの世界の原作者、神としての立場を手に入れたのに、神としてこの世界に対して何の影響力も行使できないというのもつまらない。


 せっかく異世界に――というか、自分が書いた小説の世界に転生したのだから、もう少しこの異世界転生ライフを楽しむぐらい、役得の範疇ではなかろうか。


 でも――俺が好き勝手に原作者としての影響力を行使して、やれスカイツリーを消したり太陽を西から昇らせたりしたら、この世界は遠からず滅茶苦茶になってしまう。




 どうしたものか……と考えてPCをカチカチ操作していると、俺の目にあるものが飛び込んできて、俺は目を瞠った。




「キャラクター設定……そう言えばこんなのあったな……」




 俺が第ゼロ話として設定しておいた、読者向けの各キャラクターの設定集。


 それには主人公の八百原那由太や各ヒロイン、そして主人公の親友である零宮零二の簡単なキャラ設定が書いてある。


 俺がそのページにアクセスして『零宮零二』の部分に目を通すと、「主人公の親友。文武両道の眼鏡イケメンで、主人公のよき理解者」としか書かれていなかった。




 ふと――邪な気持ちが芽生えた。


 そうだ、世界ではなく、俺個人のプロフィールなら――多少いじっても影響は少ないのではないだろうか。




 俺は少し考えてから――前にカクヨムで読んだことがある異世界無双作品の設定を思い出し、零宮零二のプロフィールに、以下の一文を書き加えた。




『実は異世界で魔王討伐に成功して帰還した元勇者であり、魔法が使える』




 書いてから、俺は「更新」をクリックしようとして――少し迷った。




 ――これは、いいのか。


 下手したらこの世界がラブコメ小説ではなく、異世界転生小説になっちまわないだろうか。




 いや、別にいいんじゃないか?


 『いせれべ』とかちゃんとハイファンタジーもラブコメもしてるし。


 どう考えてもモブであるキャラが実は異世界帰りの元勇者とか、カクヨムでは人気ジャンルだし、そう珍しくない話ではないか。




 そう無理やり自分を納得させて、俺は「更新」をクリックした。




 これで設定上では、俺は異世界帰りの元勇者、そして魔法が使えることになった。




 サッ、と右手を前に掲げてから、待てよ、と思いとどまる。


 これは――アレだ、『無職転生』とかで見た、転生した幼児が初っ端大魔法を使ってしまい、家を破壊するパターンになる可能性がある。


 そう考えた俺は窓を開け放ち、夜空に向かって掌を掲げた。




 さて、伸るか反るか。


 一応、初っ端から無詠唱魔法というのも味気ないので、俺は気の抜けた声で宣言した。




「ふぁ……ファイヤー……?」




 ――途端、俺の身体に起こった変化を、どのように筆舌に尽くそうか。


 俺が詠唱した瞬間、俺の身体がホタルイカのように淡く発光し、その光が夜空に掲げた掌に収斂したと思った途端――凄まじい火炎の柱が俺の右手から迸った。




「うおおおおおおおおおっ!?」




 ごうごうと猛烈な音を立てて迸った火炎は空を赤く照らし出し、猛烈な輻射熱を発しながら虚空を焼き焦がした。


 ヤバい、これは火事になる――! 


 俺が慌てて「とっ、止まれぇっ!」と叫ぶと、ピタリ、と掌からの火炎の放出が止まった。




 しばらく、俺は呆然と右手の掌を見つめた。




「――ははっ、マジか」




 俺は思わず、狂人のように笑い声を上げた。




「マジか。マジかマジかマジかよ……! 俺がそう書けば魔法でも勇者でも魔王でもなんでもアリかよ……!!」




 俺は快哉を叫び、慌ててPCの前に座り直して、猛烈な勢いで『シュレディンガーのラブコメ』の零宮零二のプロフィールの改ざんを始めた。




・貯金が1000億円ある




「ウワァ――――――!! 銀行のアプリで確認してみたらなにこれ!? 数字バグってる!! まっ、マジで口座に1000億円入ってる! 超大金持ちじゃん俺!!」




・視力は驚異の10.0




「すげぇ――――――!! 月のクレーターが滅茶苦茶ハッキリ視える!! あっ、アレ、アレだ!! アポロ11号が月面に立ててきた星条旗だ!! 肉眼で見えんの!? すげぇ!!」




・100m走のタイムは2.0秒




「アハハハハハハハ!! すげぇ! 新幹線より早い!! ウサイン・ボルトも裸足で逃げ出すこの俊足! ――アッ、やべぇ!! 衝撃波でお隣さん家の窓ガラス割れた! 逃げろ!!」




・10トントラックを素手で持ち上げるほど凄まじい怪力




「す、すげぇ!! ダンプカーが持ち上がった!! このダンプ、ずっと路上にハミ出して駐車してるからすげぇ迷惑だったんだよ!! よーし、今のうちにあそこの川沿いに放り投げとこう!!」




 迷惑駐車の常連であった10トンダンプを、なるべく脱出しにくいように大きめの石が多い川原に放り捨てた俺は――ふと、急に沸き起こってきた虚しい思いに捕らわれ、よたよたと数メートル歩いた後、どさっと川べりの路上に座り込んだ。


 視力を滅茶苦茶底上げしたおかげで、空に輝く星星がやたらと綺麗に視えるのが、却って虚しさを煽った。――あ、火星の隣に今UFO見えた。葉巻型のUFO。




 なぁ俺。自分で書いたラブコメ世界に転生した俺よ。


 本当の意味で何の努力もなく、チートで手に入れた異能で無双は嬉しいか――。




 いや、それなりに楽しくはあったけれど、これに慣れてしまったら多分俺、人間として終わりだ。


 今後どんな人生の困難に直面しても努力など全くせず、ササッとプロフィールに二~三行書き加えるだけで何でも乗り越えていける人生なんて、ダメ人間まっしぐらコースどころか、生きていても全く仕方がないではないか。


 そもそも、これが中世ヨーロッパ風の異世界ならばまだしも、現実世界に限りなく近い世界で異能無双は――相当に厳しいと言わざるを得ないのではないか。




「これは……。勿体ないけど緊急事態以外は封印だな――」




 俺は制服のポケットからスマホを取り出し、今まで散々盛りまくった分の零宮零二のプロフィールを全て削除した。


 第一、今後なにか緊急事態があった時、自分のプロフィールをいくらでも改ざんできると知れただけで今は十分だ。そして今後、よっぽどなにかあった時以外、このプロフィール改ざん無双はしない。


 そう決めて、俺はとぼとぼと零宮家に徒歩で戻る一歩を踏み出した。







 馬鹿だ。


 俺は馬鹿だ。


 いくらさっきまでは100mを2.0秒で走れたからって――気がつけば家から五キロ以上も離れた河川敷まで全力疾走で来てしまった。


 そのため、帰りは一時間かけて五キロの道を徒歩で帰る羽目になり、家にたどり着いたときは日付変更間近、しかも身体はヘトヘトになっていた。




 家に戻り、シャワーを浴び、冷凍食品を温めて食事をし、寝間着に着替えてベッドに潜り込んだ辺りで早くも眠気がやってきてうとうととしかけた時、――ピロンッ、とスマホが音を立てた。


 眠気眼で俺がスマホを取り上げると、パジャマの前を程よく寛げた三津島クロエの胸の谷間の写真だった。




『今日相談に乗ってくれた分のお礼。さっきは喧嘩しちゃったけど、あんたにはちゃんと感謝してるから』




 フフ、と、俺は笑った。


 全くこの人は、痴女みたいなことするくせに、根は素直でいい子なんだよなぁ。


 俺は「弁当作り頑張れよ」とだけ返信し、枕元に置いたスマホと一緒に意識を手放す準備を始めた。




 ベッドに入って――ふと、なんだか寂しさを感じた。


 零宮零二の両親はエリートサラリーマンであり、世界中を飛び回っていて、この家に帰ってくることはまずない。


 その両親のおかげで零宮零二はこんな広い家に住めるのはわかっているのだけれど――流石に、こんな家に高校生の時点で一人ぼっちは寂しすぎるのではないだろうか。


 メインキャラクターではなかったため、ほとんど突き詰めて考えたこともなかったけれど、零宮零二という男はなかなかに不憫な日常を送っていると言えなくもない。




「なんかなぁ、話相手がほしいなぁ――」




 そう、話相手。


 大抵のラブコメ主人公は都合よく両親が海外赴任中で家にいなかったりするものだが、大抵は何でも話せるキャラクターが常に隣に寄り添っていて、孤独を感じている描写はそれほど多くはない。


 だが、零宮零二には、そのようなキャラクターが近くにいない。


 せめて俺にだって、誰か何でも話せるキャラクターがいればいいんだけれど――そう、例えば、妹とか。




「妹キャラかぁ――」




 そう、妹。


 比企谷君にだって温水君にだって久世君にだっている、立場や年齢を超えて何でも相談できる妹。


 あくまでこのラブコメ世界の主人公は八百原那由太ではあるのだけれど――サブキャラである俺にだって、そんな存在がいればいいのに。




 そう考えると、さっき一度封印することにしたチートを、またやりたくなってしまった。


 だけど、それは出来ない。幾らなんでも原作に登場しない零宮零二の妹キャラを即興で創り出すなんてことは――。




 でも、ほしいなぁ、可愛い妹が。


 何でも腹を割って話せる存在が。


 可愛くて可愛くて、目に入れても痛くない存在が。


 それは俺が一人っ子である四宮ヨンだったときからの、密やかな願いだった。

 

 


 そう、妹。


 外見は『お隣の天使様』のヒロイン・椎名真昼のような感じ。


 俺より3つぐらい歳下で、美人で可愛いくて、小さくて。


 お淑やかで、頭が良くて、家事も万能で。


 髪の毛がサラサラで、俺のやることを全部肯定してくれて。


 そして何よりも、兄のことをまるで恋人のように溺愛している妹――。




 うとうとと、眠気が襲ってきていたことが、ついつい俺の心理的ガードを下げていた。


 しても仕方がない無い物ねだりとともに、俺はスマホを手放すこともなく、夢の世界へ入っていった。







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