第12話ビッ痴女
掌から、密着した太ももから、そして押し付けられた巨大な胸から、直に三津島クロエの体温が伝わってきて、俺は物凄く慌てた。
「んな――!?」
「おお、よしよし。なんかわからんけど、つらそうじゃないの。私が慰めたげる」
「ちょちょちょ……! な、何やってんだお前ぇ……!」
「何よ、今まで落ち込んでたんでしょ? だったら黙って撫でられとけ」
そんな言葉とともに、ススス、と俺の頭の上を三津島クロエの手が移動し、本当に俺の頭を撫で始めた。
情けない話、今までの人生で女にこんな密着された経験がない俺は、恥ずかしいし緊張もしたが――頭の上を往復する掌の温かさと心地よさに、ついつい押し黙ってしまった。
「零宮さぁ、前言ってた通り、もし私が八百原にフラれたら――やっぱり私にアタックするの?」
不意に――三津島クロエがそんな事を言い、俺は目だけで三津島クロエの顔を見上げた。
三津島クロエは俺には意図がわからない薄笑みを浮かべて俺を見ていた。
「アンタ、なんかこの間言ってたじゃん。私が二年の最後に八百原にフラれた後、アンタからアタックされて私はアンタと付き合う、って。アレもアンタのアカシックなんちゃらで見えた未来なんでしょ?」
「あ、あれは――!」
そうだった、俺はこの世界に転生したと気づかず、三津島クロエというヒロインが迎えるべき結末をペラペラと喋ってしまっていたのだ。
しかも、転生した先は最終的に三津島クロエがその想いを受け入れる零宮零二――。
今更ながらにとんでもないことを口にしてしまったと後悔しながらも、俺はなんとかごまかす一言を吐こうとした。
「い、いや、それはない! 流石にもうその未来はそれを俺が口にした時点で変わってしまってると言うか――!」
「零宮。もし最終的に私が八百原にフラれたらさ――私たち、付き合っちゃう?」
一瞬、三津島クロエの声が真剣な響きを帯びて、俺は息を呑んだ。
驚いている俺に、にっ、という感じで三津島クロエが笑みを深くした。
「私、今まで八百原以外の人を好きになった経験ってないんだよね。本当に今回が初恋。でも、おかげで人を好きになるとどういう気持ちになるかだけはわかってるつもり。現時点ではアンタのことはそこまで好きじゃないけれど――付き合ってれば、いつか、いつかは同じ気持ちになるかもよ?」
ドキッ、と、人生で一度も経験したことがない感じで心臓が跳ねた。
同時に、触れ合った肌から直接伝わってくる体温、香り、息遣い――全てが俺の頭の中で混ざり合い、カチリ、と頭のどこかで音がした。
そうだ、そうなんだ。
俺は今まで、三津島クロエという存在を、どこか架空の存在として認識していた。
そりゃあ俺がうんうん唸り声を上げながら、ああでもないこうでもないと推敲しながら創り上げたキャラである。
けれど、それだからこそ、俺は今まで三津島クロエという人とこうして会話をしていても、どこか彼女をフィクションとして、実際には存在しない存在として、そして神である作者の俺の意思通りに行動するキャラクターだと考えていた。
けれど、違う。
三津島クロエは、今俺の目の前で、生きて居る。
体温もあるし、香りもあるし、呼吸している。
自由な意思があるから、俺の想定していなかった行動も取る。
いくら小説を書くことである程度の行動や発言を支配できても、彼女の考え方、感じ方、生き方そのものは――俺の中の三津島クロエとは違うのだ。
本来ならば主人公である八百原那由太に向けられるべき笑顔、そして愛情の一端をふと向けられてしまった俺は、三津島クロエの整いすぎた顔をまじまじと見つめながら、思わず口を開いていた。
「ビッ痴女……」
その言葉が俺の口から転がり落ちた途端、ミシリ、と三津島クロエの笑顔に音を立てて亀裂が走った。
「いや――俺、お前ってもう少し一途で純情なヤツだと思ってたんだけど……そうでもないんだな……」
「は――?」
「いやぁ、ない、ないわ。他にガンギマリしてる男がいるのにその親友に向かって完ッ全にメスの顔向けるとかないわ。ラブコメのヒロインが一番やっちゃいけないこと平然とやってるよコイツ。こんなキャラだったのかなぁ……」
「は……は?」
「ハァ、なんかガッカリしたなぁ。途中からこれ単なる痴女だなとは思ってたけど、それだけじゃなくてふんわりビッチとか……そりゃ読者から見りゃ尻軽と受け取られても仕方がないかも……」
途端、俺の頭を抱き締めていた力が、俺を思いっきり突き飛ばす力に変わった。
俺はファミレスの椅子から横に倒れ、受け身も取れずに側頭部を床に強打した。
ゴキッ! という、人間の頭から発してはいけない音がして、俺の視界に火花が散る。
「痛ぁっ!! ……なっ、なにすんだこの野郎! 俺、コケて頭を強打することに関してトラウマがあんだぞ!!」
「そんだけのことされる発言しやがったでしょ! 何よビッ痴女ってこの腐れメガネ!! これはビッチ的行為じゃなくてアンタに優しくしてやったんでしょうが! 包容力でしょ包容力!」
三津島クロエはバンバンッと両手でテーブルを叩きながら大騒ぎを始めた。
「あーもうアンタなんかにちょっと優しくした私がバカチンコだったわ! やっぱないない! たとえフラれたってアンタみたいな男と付き合うとか絶対ないから! 妙な夢見ないでよね!!」
「こ――こっちだって願い下げだ、このビビッ痴女! 保健室で男を逆レイプするような恥知らずの癖に! いいかこの際だから言っとくけどな、俺の好みはもっと色々控えめで貞淑で常に敬語のお隣の天使様のようなヒロインであってだな……!」
「おっ、お客様! 流石にもう少し静かにしていただけると助かるんですが……!!」
「「ガルルルルル!!」」
「ひっ、ひいいい!!」
その後、大騒ぎに大騒ぎを繰り返した俺と三津島は、半ばおととい来やがれの勢いでファミレスを追い出され、帰路に着くことになった。
◆
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