第11話努力家

「さっきも言ったが今後、お色気攻撃は一切封印だ。No more パイだ。今後は八百原那由太に胸を押し付けたり、逆レイプしようとするたび、むしろお前の肩に敗北の牙がより深く突き刺さっていくものと心得ろ。そして理解しろ。安易にエロに走る行為は典型的な三番目ヒロインの負け犬仕草……否、負けヒロイン仕草だとな」




 俺の言葉に、三津島クロエの碧眼が揺れた。


 己が一番自信がある武器を封印しろ、と言われたら、そりゃ誰だって不安にもなるだろう。




「でっ、でも――! それじゃあ私の存在意義が消えちゃうじゃない! 今現状ではお色気担当ヒロインではいられてるわけでしょ!? それさえなくなった私なんてもはやヒロインですらなくなっちゃうんじゃ――!!」

「何も、今ある自分が全てじゃない――違うかい?」




 俺が偉大な伝導者の声で問いかけると、三津島クロエがはっと言葉を飲み込んだ。




「クロエ、お前は人並み外れた努力家だ。それは俺もよぉく知っている。そうでないならわざわざこんな気色悪いノートを作ったりしないだろ?」




 俺はテーブルの上に広げられた悩殺ノートを手で示した。




「お前は確かにメスとしてはこれ以上なく魅力的な人だ。だけど、それだけがお前の価値じゃないし、それが本当の価値でもないはずだ。それどころか、お前は本当に欲しいものを手に入れるためなら学校の保健室で男を半裸体で逆レイプする恥知らずなド痴女にだってなれる人じゃないか。そんな勇気ある人の存在価値が身体やエロさだけ? そんなはずはないだろ?」

「あ、あのお客様……」




 いいところなのに、黒い蝶ネクタイを締めた中年の男が俺たちのテーブルの側に立ち、実に必死な感じで愛想笑いを浮かべた。




「あ、あの、凄くお話しが盛り上がっているようですが、あの、店内ではもう少し声量を抑えてもらえると助かります。あの、それと、あまり過激な単語は――」




 瞬間、俺と三津島クロエは同時に男を振り返り、ガルルルルル!! と犬のように威嚇した。


 ヒィッ!! と悲鳴を上げて怯えた男は、慌てて厨房の方に引っ込んでいった。




「――だから、クロエ。お前は進化しなければならない。それに必要なのは努力だ。今までエロさ一本槍だった己の方向性を改め、勝ちヒロインになっても読者が納得できる、真に魅力あるヒロインにならなければならないんだ」




 俺の演説は結論に差し掛かった。


 一時は絶望に淀んでいた三津島クロエの目も、今や100カラットのサファイヤの輝きを取り戻しつつあった。




「色仕掛けを封印し、素直にイチヒロインとして選ばれようと健気に努力するお前を見れば、お前のエロ攻勢にヒいてるばかりの八百原那由太もきっと心動かされる。まぁ、アイツが最終的に誰を選ぶかはわからないが――少なくともお前は有象無象のお邪魔おっぱいから正式にヒロインには昇格できるだろう、わかるな?」

「そ、そういうことか――! い、いや、なんか言ってる内容はよくわかんないけど、なんだかアンタの言葉めちゃくちゃやる気湧く!!」




 三津島クロエが目を輝かせ、椅子から腰を浮かせた。




「つ、つまり、アンタの言いたいことをまとめると、今のお邪魔おっぱいキャラから、ちゃんと八百原とくっつく可能性がある女に昇格しろ、ってことよね!?」

「その通り」

「な、なんか凄いよアンタ! うーわ、めっちゃ視界拓けた!! 八百原と付き合うだけじゃない、もう将来的に八百原と私が同じ大学に通って同棲してチャペルで結婚して一葉さんと二階堂さんが祝福してくれてるところまで視えた!!」

「あはは、もうそんなところまで視えたか。それなら今後の大体の方針は決まりだな」

「それが決まったら次ね! 零宮、私がお邪魔おっぱいじゃなくて、ちゃんとしたラブコメのヒロインになるためにはどんな風に努力したらいいん!?」

「え――」




 そう質問されて、俺は一瞬、いやもっと長い間、言葉に詰まった。


 えっ、というように、三津島クロエは俺の顔を凝視した。




「え――今までそんなご高説ぶってて、具体案ないの?」

「い、いや、そりゃ――そりゃそうだろ。だって俺、ラブコメ世界とか行ったことないし――」

「な、なによそれ! 今までの演説は何だったの!? 具体的にどうなればいいかわかんないなら今までの演説全く意味ないじゃない!!」

「そ、それは――! お、俺はゆく道を示してやっただけで十分仕事してるだろ! 後はお前もなんか考えろよ!」

「な、なんか考えろって――! じゃ、じゃあ、アンタの目から見て、現時点で私からお色気要素抜いた魅力って何!?」

「え? そ、それは……! ほ、ほら、色々あるだろ。その――母性とか」




 俺が三津島クロエの顔、その少し下に視線を落とすと、三津島クロエが一層目を吊り上げた。




「何よそれ! 結局私はおっぱい頼りってことじゃない! それじゃただ単にお色気が母性って名前を変えただけでしょうが! アンタからして私のことおっぱい以外なんにもないヒロインって認めちゃってるじゃないの!!」

「ばっ、馬鹿、自分を卑下するな。お前もおっぱい以外いいところあるだろ。具体的には、その、すぐには挙げられないけど……」

「これは自分を卑下してるんじゃなくてアンタに憤ってんのよ! ああー、こんな話を割と真剣に聞いてた私がバカだった! 何が北大路さつきの呪い


よ! このままだと私、一葉さんや二階堂さんに一生敵わないじゃないの!! ただでさえ相手は初恋の相手と義妹としてひとつ屋根の下に暮らしてる人なのに!!」




 ひとつ屋根の下。その一言に、はっと俺は気がついたことがあった。




「あ――ちょ、ちょっと待て」

「え?」

「ああ~……そうか。ひとつ屋根の下、ねぇ……」




 俺は今日の昼、八百原那由太に学食で奢ってもらったチャーシュー麺の味を思い出しながら考えた。


 そうだ。八百原那由太は幼い頃に病気で実母と死に別れ、父親が再婚するまでずっと父子家庭だったのだ。


 つまり、家庭の味というのにほとんど馴染みがなく、自分だけのために作ってもらった料理を知らないのだ。




 うむ、原作を書いてたときは思いつかなかったが、ラブコメとしては王道な流れだし、これならイケるのでは。


 俺はこめかみに添えた手を降ろし、三津島クロエを見つめた。




「クロエ」

「な、何?」

「お前、八百原那由太が父子家庭っていうのは知ってるよな?」

「え? ああ、それはアンタから聞いたわ。それでお父さんと二階堂さんのお母さんが再婚して二階堂さんが義妹になったわけでしょ?」

「そうだ。だから八百原那由太は家庭の味に飢えてる。そこでだ」




 俺がピッと人差し指を立てるのと同時に、三津島クロエも同じ結論に達したらしく、表情をパッと輝かせた。




「相手の心を掴むには、まず相手の胃袋を掴むこと――鉄則だよな」

「な、なるほど――! お弁当、ね!?」




 その通りだ、と俺は頷いた。




「一葉深雪は天才肌だから弁当なんて作る気になりゃすぐプロ並みになる。二階堂奏も、幼い頃から家中の家事を手伝ってきたから料理もお手の物だ。だが幸いなことに、二人はまだ八百原那由太という男が家庭の味に飢えているという『情報』を掴んでいない。だったら――俺たちも出し抜くことができる」




 俺の言葉に、三津島クロエは大きく頷いた。




「お、お弁当……! 確かにそうだよね! なんでこんなことに今まで気がつかなかったんだろう! おっぱい押し付けるよりもずっと具体的な攻略方法じゃないの!」




 途端、三津島クロエは例の悩殺ノートを開き、カチカチとボールペンを操作して、猛然と何かを書き留め始めた。


 見るともなく見ていると、その文章の中に「薬物」や「媚薬」や「血液」などという不穏な単語が見えた気がしたが――まぁ、俺の気のせいだろう。


 たっぷり五分ほどガリガリとノートに何かを書き留めた三津島クロエは、その見開きを天井に掲げて、よし! と頷いた。




「よぉーし、今後の方針は決まったわね! 昼はいつも購買で菓子パン買ってる八百原にお弁当を作って持ってく! そうすりゃ八百原だって私が色仕掛けしかできないヤツだって認識を改めて、私をちゃんと女の子として見てくれるかも!」




 そう行って握り拳を握り締め、やったるわ! などと気炎を吐いている三津島クロエの顔は百万ルクスの輝きを放っていて、あまりにも眩しかった。


 ああ、凄いなぁ。本当にコイツ、俺が創り出したキャラなんだろうか。


 俺はここまで人を好きなったことはないし、その好きになった人のためにここまで努力したこともない。


 そう思うと三津島クロエのことがあまりにも眩しく思えて、俺はついつい、フフ、と笑ってしまっていた。




「今更だけど、お前って本当に八百原那由太のことが好きなんだな」




 俺の一言に、えっ? という感じで三津島クロエが笑みを消し、俺の顔を見た。




「そりゃ好きだけど――なに? 突然改まったようなこと言って」

「あ、いや、俺はホラ、そこまで人を好きになれたことがないからさ」




 ハハ……と俺は零宮零二ではなく、小説家ワナビだった四宮ヨンの声で、乾いた笑い声を上げた。




「いいよな、そうやって何にでも全力投球できるのって。常に60%ぐらいの力でチンタラ生きてる俺みたいな男とはもう見えてるものが違うんだよな、って思ってな」

「何よ突然、物凄く自分を卑下して。アンタだって常に好成績だし、周りからの評判もいいじゃない。何が不足なのよ?」

「そりゃ能力や学力の話で情熱の話じゃないだろ」




 俺はテーブルに頬杖をつき、すっかりとアイスが溶けてしまったメロンフロートを啜った。




「――俺さ、今までの人生で、何かに本気になったり、真剣に努力したことってあんまり覚えがないんだよな。やるべきことをやってきた、というより、やれることだけやってきた、っていうかさ」





 それはおそらく、零宮零二としては言ってはいけない言葉だった。


 けれど三津島クロエのあまりの眩しさにすっかりと日干しにされてしまった俺は、ついついその言ってはいけないことを愚痴りたくなったのだ。




「そういうやつって、いざ本気でやりたいことが出来た時、やっぱりちゃんと努力できないもんなんだよ。真剣に努力してる途中も、最終的にダメだったときのことが頭にチラつくんだ。99%ダメになるんだったら最初から努力しても無駄じゃないか、ってさ。」




 そう、『シュレディンガーのラブコメ』を書いていたときは、自分の努力に欠けたところがあるなんて考えなかった。


 むしろ、これ以上なく、全力で、そして本気で書いていたはずなのに。


 結果が出なければ努力不足――そんな風に考えてしまう自分が、俺はイヤで仕方がなかった。




「お前みたいにさ、負けるかもしれないってわかってるのに、選ばれようって、自分を選んでほしいんだって、そうあけすけに言えて、なおかつ努力できる人って、羨ましいもんなんだよ。特に俺みたいな60%のチンタラ人間にはさ――」




 じゅじゅじゅ、と、残り少なくなったメロンフロートが音を立てて俺の腹の中に収まった。


 ハァ、とため息交じりにストローから口を離し、視線を伏せた瞬間――ふと、俺の太ももに暖かいものが触れた。




 なんだ? と思い左横を見ようとした途端、三津島クロエの両手が俺に伸び、俺はしっかりと頭を抱かれてしまっていた。








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