第7話原作改変
これから俺たちが体験すること全てが、『シュレディンガーのラブコメ』として、Web上に連載される――?
なんなのだ、その馬鹿げた思いつきは……と一笑に伏そうとして、どうしてもできなかった。
何しろ、今の俺はラブコメラノベの主人公の親友キャラに転生してしまったのだ。
その時点でこの『シュレディンガーのラブコメ』にとっては重大すぎるインシデントだと言えたし、俺たちがさっき体験したことが、何故か俺の文章で書かれているのは事実だ。
しばらく、ありとあらゆる可能性を考えて――。
ふと、俺は思いついた。
「……今も俺がこの小説を書いてる、ってことになるなら、まさか……」
俺は少し考え、机に座り直し、上を向いて少し考えた。
俺の思いつきがその通りなら、明らかにそれとわかる変化を書き込まねばならない。
五分ほど考え、俺はワークスペースの「次のエピソードを執筆」をクリックした。
これが、最新話である26話になる。
俺は慎重に、最初の一文を執筆した。
【朝、俺が起きると、大騒ぎになっていた。
「本日、東京スカイツリーが忽然と姿を消してから、早くも七時間が経過しました。全長634mにも達するあの東京スカイツリーは一夜にして何処へと消えてしまったのでしょうか――」
へぇ、ルパン三世が東京スカイツリーを盗んでしまったのだろうか。
ニュースから悲鳴のような女性レポーターの声が聞こえ続けている中、俺――八百原那由太は歯を磨き始めた。】
――これで明日の朝、この世界から東京スカイツリーが消失していれば、それはそういうことだ。
俺はまた考え、次の展開を執筆した。
【「おはよー八百原、昨日はよく眠れた? あーあ、昨日は惜しかったなぁ、もう少しでアンタと既成事実作れそうだったのに。……昨日あの後よく眠れた?」
――昨日、あんなことをしでかしてくれたというのに、三津島クロエは何事もなかったかのように俺の腕を取り、その豊満な胸に俺の腕をめり込ませた。
「ふっ、ふざけんな、誰がお前なんかオカズにスるかよ! ……全く、あの時零二が助けてくれなかったら大変なことになってたぜ……」
三津島クロエに腕を取られたままの俺が隣を歩く零二を見ると、零二は苦笑していた。
――と、その時だ
びちゃ、という音が発し、俺の額に生暖かいものが降ってきて、俺はうわっと悲鳴を上げた。
「な、なんだこりゃ……!? カラスの糞!?」
俺が素っ頓狂な悲鳴を上げると、三津島クロエがけたたましい声で笑った。
「あははははは、ウケんだけど! 朝からめっちゃウンがついとるわ!」――】
「――よし、これでOKだな」
これで明日、登校時は滅多に一緒になることがない八百原那由太と俺が一緒に登校することになり、その最中に三津島クロエがやってきて八百原那由太の腕を取り、なおかつ、八百原那由太の頭にカラスの糞が落ちてきたら――。
そのときは、俺の仮説が正しかったことになるだろう。
他にも、色々と確かめたいことを幾つか書き込み、俺はパソコンの電源を落とした。
そこで、今日丸一日の疲れを思い出した俺が時計を見ると、既に夜十一時を回っていた。
転生してまだ半日も経っていないというのに、なんだかずっしりと疲れてしまっていた。
寝るか、と決めて、俺はベッドに潜り込んだ。
落選、転生、そして三津島クロエと結んだ一方的な協力関係――。
色々と悶々と考えて眠れないかと思ったが、精神的には結構負担があったのか、すぐに眠気がやってきた。
ここで寝て起きて、そこで夢が覚め、元の俺に戻っていたら――そのときは、これが人生で一番楽しい夢だったことにして、明日から真面目にサラリーマンをやろう。
けれど、もし夢が覚めなかった、そのときは――これからは精一杯、零宮零二として生きてやろう。
そう決めて、俺が意識を手放す決意をしかけたそのとき、ピロンッと、枕元のスマホが音を奏でた。
見ると、三津島クロエからのLINEである。
LINEを開いた俺は、目を丸くした。
そこには、制服のワイシャツのボタンを外して前かがみになり、その豊かに過ぎる胸元の谷間を映した自撮り写真が送られてきていた。
なんだこりゃ、自撮り写真――? と思っていると、シュポ、という音とともに、再び三津島クロエからLINEが送られてきた。
《今日の分のお礼。ちなみにオカズにするなら三回まで許す》
オカズは三回まで。これが女子高生が同学年の男子生徒に面と向かって言うことだろうか。
だけど――三津島クロエとは、こういうキャラクターなのだ。
他ならぬ、俺がそう創ったのだ。
なんだかそのLINEに、理由もなく救われた気がした。
俺は『ありがたく』とだけ返信し、スマホ画面の電源を落としたのとほぼ同時に、転生初日の意識を手放した。
◆
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