第6話カクヨム連載中

「うっぷ……! 畜生、クロエのヤツ、あんなに甘い物食わせやがって……夕飯入んねぇだろうが……!」




 ファミレスで分かれた後、俺は零宮零二の記憶を頼りに、零宮零二の家に帰宅した。


 零宮零二の親父さんもおふくろさんも、どちらも世界中を飛び回って仕事している設定だったから、もちろん家には誰もいなかった。


 だが、物凄く広い零宮家には、小説家ワナビの俺ではない、俺が転生先の零宮零二として感じている愛着や記憶もあり、初めて帰る家ながら居心地の悪さは思ったほど感じなかった。




 勝手知ったる感じで制服を脱ぎ、シャワーを浴び、寝間着に着替え、二階にある自室に引っ込んだ俺は、机の椅子に座り込み、ふう、とため息を吐いた。




 ――ここらへんで夢が覚めてくれることを、地味に期待していた。


 だが、この夢は覚めそうにない。最初から夢ではなく、現実であるらしい。


 その事実を受け入れつつある俺の胸に、これから零宮零二として生きていかねばならない不安と、そしてその不安感とは全く相反する、何かの安堵が同時にやってきていた。




 明日から、つまらないサラリーマンの型に嵌り、自分に蓋をして生きていくつもりだったのに。


 どうやら、幸か不幸か、その生活は先延ばしになったようだ。




 まぁ、零宮零二としての生活の方は、なんとか騙し騙しやっていくとして。


 問題は三津島クロエとの協力関係のことだ。




 そりゃあ、俺は原作者として、奴らは決して知り得ない情報も、この先八百原那由太という男がどうなって、最終的に誰とくっつくかまで知っている。


 けれど、俺が零宮零二として転生した時点で、既に幾つかのイベントの流れは変わってしまったし、今の状況では決して知り得ない情報も三津島クロエに喋ってしまった。


 既にどれだけ、俺が定めた彼らの運命がその通りに行くか、甚だ不明瞭になってしまったと言わざるを得ない状況だった。




「あーあ、これが現実じゃなくて小説だったら俺もなんとか出来るんだけどな……」




 自室の天井を見上げ、ぼーっとした俺は、ふと、眼の前に置かれているデスクトップパソコンを起動した。


 しばらくして立ち上がったパソコンからWebブラウザを立ち上げてGoogleにアクセスし、検索バーに「カクヨム」と入力し、エンターキーを叩いた。




 カクヨムとは、俺が以前小説家ワナビであった時に『シュレディンガーのラブコメ』を連載していたWeb小説投稿サイトの名前だ。


 この世界にもカクヨムはあるのだろうか、と、半ば期待しないで待っていると――すぐに「無料で小説を書ける、読める、伝えられる」というお馴染みの文字が表示され、俺は少し驚いてしまった。




「この世界にもあるんだ、カクヨム……」




 どうやら、俺が設定していない限り、この世界は限りなく現実世界と同じように作られているようだ。


 少し笑ってしまった後、俺はマウスを操作し、カクヨムにアクセスした。




 零宮零二がラノベ好きだとか、実は隠れて小説を投稿しているという設定はない。


 だから当然、零宮零二のカクヨムアカウントなど存在していないと思っていたのだが。


 次の瞬間、俺は、画面向かって右上に表示されたIDを見て、目を見開いた。




「し、Shinohara-YON……!? 嘘だろ……!?」




 そう、本来ならばログインした人間のIDが表示される部分に。


 あろうことか、俺が零宮零二ではなく、小説家ワナビだったときのIDが表示され、俺は仰天した。




 そう、四ノ原しのはらヨン――それは俺がWebに小説を投稿していた時のペンネームだ。


 何故なのか、そのアカウントは転生先のこの世界でも有効になっていて、しかも零宮零二のアカウントとして、この世界に生きている。


 一体どういうことだとそのIDを凝視して硬直した俺は――数瞬後、ごくり、と喉を鳴らして唾を飲み込みながら、マイページにアクセスした。




 マイページの一番上に『シュレディンガーのラブコメ』が「連載中」と表示されている。


 俺は意を決して、自分が書いた作品にアクセスした。




 確かあっちの世界では50話程度で完結したはずの『シュレディンガーのラブコメ』の連載が、25話で止まっていた。


 25話? なんでそんな中途半端な状態で連載が止まっているのだろう。


 不審に思った俺は、マウスのカーソルを最新話に合わせ、クリックした。




 ――直後、画面に表示された小説の内容に、俺はドクンと心臓が一拍強く打つのを感じた。







【「じゃあいよいよ本題ね。零宮」

「おっ、おう」

「単刀直入に言う。私に協力して」




 はぁ? と零宮が首を傾げた。


 私は映画に出てくる悪役のように、ふてぶてしく笑った。




「き、協力――? 何に対して?」

「決まってるじゃない。八百原那由太と私がくっつくため、そのために私に協力してほしいの」

「き、協力って……どうやってだ?」

「決まってんでしょ。アンタは八百原の親友で、しかもそのアカシックなんちゃらとかいう便利な能力がある。強力な助っ人になるじゃない。適宜私にアドバイスして、アイツと私が付き合えるようにしてくれればいいの」】







「なんだこりゃ……!」




 ガタンッ、と、俺は思わず椅子から腰を浮かせた。


 この会話内容、そしてこの流れは。







【「……はい、もしもし。……ええ、今学校終わったところですけど。……ハァ? 写真の撮り直し!? 今からですか!?」




 マネージャーの宮岡さんは困り果てた口調で経緯を説明した。


 どうやら、私の写真が掲載される雑誌のページ数の関係で、グラビア特集のページが増えてしまったらしい。


 とりあえず準備は整っている、すぐに撮影できるから、と懇願してくる宮岡さんに、私は大きくため息を吐いて零宮を見た。




「ゴメン零宮、ちょっと急な仕事入った。今日の作戦会議はこれでおしまい、ね?」

「え? ちょちょ、まだパフェしか来てないぞ? 後から来るアイスとシフォンケーキは?」

「それはアンタが可能な限り食べといて。支払いはしてくから文句ないでしょ?」

「えっ、えぇ……!? 俺、まだ自分の分のパフェも残ってるんだけど……!」

「頑張って詰め込めば入るわよ。あ、あと、LINE交換させて。QRコード出して」

「ちょちょ、早い早い! ちょ、ちょっと待ってろ、あんまり人とLINE交換とかしたことないから……!」

「そうそう、そこタップして、スマホ出して。……じゃあ、はい。友だち登録ヨロシクね。じゃ、今日はこれで」

「あっ、ああ……」】






「これ……! 全部全部、さっき俺と三津島クロエが喋った内容じゃねぇか!! そっ、それが、それがなんで小説として投稿されてんだ……!?」




 俺は愕然として、パソコンの画面を見つめた。


 まさか、そんな馬鹿な。


 まさか、零宮零二である俺とクロエのやり取りが、カクヨム上で小説となって、しかも四宮ヨン名義で連載されている――!?




 カタカタと、マウスを握る俺の手が震えた。


 有り得ない、有り得ない――! 何度もそう己に言い聞かせるが、事実は事実でしかなかった。


 俺は慎重に椅子に座り直すと、全ての小説を、丹念に読み返した。







【「おっ、おい三津島! お、お前ぇ、何考えてんだよ……!?」




 俺が素っ頓狂な声とともに叫ぶと、三津島クロエは同年代の女子のものとは思えない、壮絶なほどに色気ある笑みで笑った。




「クロエ――そう呼べって言ってるでしょ?」




 三津島クロエは首元に手を突っ込み、制服のリボンを解くと、あろうことかワイシャツの胸元のボタンを外し始める。


 その下に隠されていた赤と黒の下着が見えそうになった瞬間、俺の脳髄が瞬間的に沸騰し、俺は堪らず起き上がって逃げようとした。


 けれど三津島クロエはその俺の挙動を予測していたように、俺をベッドに仰向けに突き飛ばした。




「――八百原やおはら、アンタが一葉さんと二階堂さんのどっちと付き合うかで迷ってるのはわかってる。でも、私だって本気なんだよ? 本気で――アンタを私のものにしたいって思ってる」




 遂にワイシャツのボタンをすべて外し、スカートも脱ぎ捨てた三津島クロエが、俺に馬乗りになってきて、もう何も考えられなくなっている俺の右頬に触れた。


 ギシッ、と、ベッドのスプリングが軋む音が、キーンという金属音が遠くに聞こえている俺の耳にも聞こえた。




「だから――アンタとそういう関係に進むことだけは、私が最初でありたいの。練習のつもりでいいよ? 私だって初めてだしさ」――】







 23話を一読して、俺は顔を一層強張らせた。


 これは――俺の、零宮零二視点ではない。明らかにこれは、あの時三津島クロエに半裸で迫られていた八百原那由太の視点で、なおかつこのくだりは、小説家ワナビだった時の俺が書いたものだ。


 だが――24話に差し掛かる辺りで、俺が書いた記憶のない描写が現れる。







【「ほぉら、ちゃんとこっち見る! この身体も心も、みんな八百原のものなんだよ? 思う存分好きにしていいから――!」




 ギシッ。またベッドが軋む音をきっかけに、俺はとうとう、すべてを諦めた。


 男子高校生には刺激が強すぎる息遣い、そして淫魔のそれとしか思えない、熱くて甘い囁き。


 そして――全ての男の理性を狂わせるかのような、三津島クロエの途方もない色香。




 ああ、こんな状況、どうやって耐えろっていうんだ。


 すまん、一葉、二階堂さん。俺はお前たちを裏切ることになる。


 一時の迷い、そして一時の欲に負けて、三津島クロエという女に、骨の髄から籠絡されてしまう。




 まるで糸で雁字搦めにされ、これから女郎蜘蛛に食われる醜い羽虫の気分だった。


 俺は獣だ、俺は一時の雰囲気と欲望とに負けて初めてを散らす、無節操なサルだ。


 もはや何も考えられなくなり、半ば放心している俺の顔と、そこにゆっくりと顔を近づけてきた三津島クロエの顔が重なりそうになった、




 その、瞬間だった。


 隣りにいた何者かが、隣と俺たちのベッドを仕切っていたカーテンを一息に開け放った。




 シャーッ! という鋭い音に、俺とクロエが固まった先で。



 

 あろうことか、俺の大親友である男――零宮零二が、汚物を見るような目で俺たちを睨んでいた。




 零宮零二――俺が思わずその名前を声なき声で呼んだ瞬間。


 零宮零二は俺たちを一瞥し、信じられないほど冷たい声で一喝した。




「怪我人の横でサカってんじゃねぇよ、サルども。乳繰り合うのは他所でやれ」――】






「これも前半は俺たちが書いた文章だ……! でも、途中から展開が変わってる……!?」




 そう、保健室に担ぎ込まれた八百原那由太が、三番手ヒロインである三津島クロエに迫られるところまでは、俺も書いた記憶がある。


 だが、元々は展開が違った。


 一瞬、全てを諦めようとした八百原那由太は、そこで「大きくなったら結婚しよう」と言ってくれた初恋の幼馴染の言葉を思い出し、既のところで三津島クロエの誘惑を振り払い、その場から逃走する……。


 それが元々、俺が書いた流れだった。




 だが――今は違う。


 途中、俺――零宮零二という男の登場、そして一喝により、八百原那由太が正気を取り戻すという筋書きに変更されているではないか。




「まさか……」




 となると、結論はひとつしかない。


 俺は信じられない思いで独りごちた。




「まさか、俺たちが経験したことが、これからWeb上で、『シュレディンガーのラブコメ』として連載されていく、ってことか……?」







「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


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