第5話協力関係

「零宮、なにか食べる? さっきも言ったけど私のオゴリで」

「あ、ああ。なんか頭を打ったせいだか頭痛がするんだ。なんか甘いものが食べたい、かも……」

「ならメロンフロートおすすめ。それでいい?」

「あ、ああ……」

「よーし、じゃあ私はビッグバナナチョコサンデーとアイスクリームとシフォンケーキで。店員さん呼ぼう、ポチッとな」




 店員を呼び出した三津島クロエはその通りの注文を店員にし、店員が厨房に引っ込んでいった時点で、興味津々の表情で俺に向き直った。




「でさでさ、本当なの? さっきの話」

「へ?」

「アンタがアカシックレコードだかなんだか持ってるって話よ! 一葉さんや二階堂さんのこともそれでわかったの!?」

「あ、ああ、まぁ、そんなところかな……」

「っていうかアンタ、いくら八百原の親友だからって、その八百原のことが好きな女の子にポンポン触れたの? 触らないとその人のことわかんないんでしょ?」

「あ――! いやいや、そんなことはない! 触れるとより鮮明に見えるけど、触れなくても見える時は見えるっていうか……!」

「ふーん、結構便利なんだね、それ」




 と、そこで、俺たちの前にメロンフロートとパフェが運ばれてきた。


 おほぉーっ! と、三津島クロエは目を輝かせた。




「やっぱりこれから作戦会議する時は甘いもんに限るよねぇ! いただきます!」




 そう言って、三津島クロエは自分の顔よりデカいパフェを細いスプーンで果敢に攻略し始めた。


 俺はメロンフロートのストローを啜りながら、猛然とパフェを攻略し始めた三津島クロエを隠れて見つめた。




 コイツ、本当に、俺が創ったキャラクター、あの三津島クロエなのだろうか。


 そりゃこの世界は俺のいた世界から考えれば創作でしかなく、当然そこに生きとし生けるキャラクターたちも、俺のいた現実世界から見れば多少ファンタジックで当たり前なのではあるが、それにしても、であった。


 コイツは元々大人気JKグラビアアイドルであり、内外にその美貌とプロポーションの凄まじさを知られているという設定だったが、それにしても今、目の前で動いているのが信じられないほど、その容姿は限りなく完璧に見える。


 現実感のない銀髪もそうだが、その曇りひとつない碧眼、お人形さんのような小顔、制服のニットベストを突き破らんばかりに存在を主張する胸など、まるで男の夢を全て兼ね備えたような人だ。




 彼女は俺が書いたラブコメに登場する三番手のヒロインで、なおかつお色気担当のヒロインではあるのだが、三番目でこれなら、他のヒロイン、一葉深雪と二階堂奏はどんだけなんだろう……。


 俺がそんなことを考えているうちに、早くもパフェを三分の一ほども攻略した三津島クロエが、さて、と改まる声を発した。




「じゃあいよいよ本題ね。零宮」

「おっ、おう……」

「単刀直入に言う。私に協力して」




 は、はぁ? と俺は首を傾げた。




「き、協力――? 何に対して?」

「決まってるじゃない。八百原那由太と私がくっつくため、そのために私に協力してほしいの」




 三津島クロエの目は真剣そのものだった。


 一方の俺は、というと――俺は少し困ってしまっていた。




「き、協力って……どうやってだ?」

「決まってんでしょ。アンタは八百原の親友で、しかもそのアカシックなんちゃらとかいう便利な能力がある。強力な助っ人になるじゃない。適宜、私にアドバイスして、最終的にアイツと私が付き合えるようにしてくれればいいの」




 そう来るか……と俺は内心顔をしかめた。


 とにかく、俺がペラペラと今後の展開を、他ならぬ登場キャラクターのコイツに喋ってしまった落ち度はともかくとして、そんなことして本当にいいのだろうか。


 ラブコメの当事者になった経験などない俺は、当然、凄く尻込みした。




「あ、いや、それは……お、俺、一応那由太の親友だし、特定のヒロイン、じゃなかった、特定の人に便宜を図るのは……」

「別にいいじゃない。だって一葉さんは八百原の初恋の相手で、二階堂さんは八百原の義妹なんでしょ? 完全なる蚊帳の外は私だけ。それなら超能力持ちの助太刀を募るぐらいは全然アリでしょ」

「だ、だから、さっき言ったことは全部俺の作り話で――!」

「絶対嘘」




 三津島クロエが断言し、俺を真正面から睨んだ。


 その視線の鋭さに俺が口を閉じると、じーっ、という感じで三津島クロエが俺を見つめた。




「ねぇ零宮、アンタがさっき言ったことって、全部事実でしょ? あのときのアンタは演技してるようには見えなかったし、とても嘘や冗談とは思えない内容だったし、色々思い返してみると辻褄が合うことしか言ってなかった」

「う――!」

「私は二年の最後に八百原にフラれる、そしてアンタと付き合う。今のままだとそうなるんでしょ?」

「そ、それは……!」

「でも、あくまでそれは今のまま行けば、の話。私が少しでも意識してもらおうとおっぱい押し付けたり、パンツ見せたりしてる今のやり方のままじゃダメ……そういうことだよね?」




 その瞬間、三津島クロエの目が更に鋭くなり、俺は気圧されるものを感じた。


 三津島クロエはその碧眼でじっと俺を見つめてから、ふっと、視線を俺から外して遠い目をした。




「私さ、初恋なんだよね。八百原のことは」




 それは――俺が設定として決めていた話だ。


 だけど、それは実際にキャラクターたちの口から言われると、なんだか物凄く重い事実のように感じられた。




「私、こう言っちゃナンだけど、そこそこ見れる容姿してるじゃない? そのお陰で今の仕事もさせてもらってるし、ファンもいる。だから本当に人を好きになるってことが、今までわからなかった。私は愛されるのが仕事だから、人を愛すことなんてないって諦めてた。だけどさ……」




 ふふっ、と、三津島クロエは笑った。




「最初、タチの悪いナンパに捕まって、腕掴まれて暗がりに引きずり込まれそうになった時、たまたまそれを見てたアイツがやってきてさ。今まで話したことすらなかったのに、私のことなんか遠い世界の人としか思ってなかったはずなのに、ガックガクに震えながら、チンピラどもにボコボコにされながら、それでも私のことを助けてくれたんだよねぇ」




 ちょっといい男だと思わない? と、三津島クロエは俺に尋ねた。


 迷った末に俺が何度か頷くと、三津島クロエは遠い目をして机に頬杖をついた。




「それからなんだよね、気になりだしたの。もちろん、最初は少し恩がある、興味があるって程度だった。でも、アイツの優しさに気がついたのは私だけじゃなかったみたい。もう既にアイツの周りにはライバルが二人もいてさ……」




 にひひ、と、三津島クロエは俺には意図が知れない笑みで笑った。


 ライバルがいた、なのになんで笑う?


 俺が視線で問うと、三津島クロエが先程から一転、肉食猛獣のような、凶暴で挑戦的な笑みを浮かべた。




「なんかさ、燃えるじゃん? ヒロインレースなんて。私だって選ばれる可能性があるなら、選ばれてみたいな――なんてね」




 三津島クロエがそう言った瞬間、俺の中の何かが震えた。




 コイツ、凄い事言うなぁ――。


 俺が生み出した存在であるというのに、俺は素直に、三津島クロエという女が持つ哲学に感動してしまっていた。


 三津島クロエはそこでどでかいパフェをまた一匙食べ、そのスプーンを俺に向けて、堂々と宣言した。




「限りなく低くても、可能性はゼロじゃない……これもアンタが言ったこと。なら私は努力するだけよ。99%ダメになるにしても、ダメになるその瞬間まで努力する……それが私の流儀だからね」




 ――正直な話、俺はその時の三津島クロエのその決意の一言に、グッと来てしまった。




 こうなる前、俺は人生のラストチャンスに失敗し、夢を失った。


 俺にはラノベ作家など夢のまた夢だった、最初からダメだったんだ。


 そんな風に自分に言い聞かせ、つまらない人生をなんとか折り合いつけて生きていこうとする自分を、肯定してしまっていた。




 けれど――俺の創ったキャラクターながら、三津島クロエにはそんな陰惨さやイジケなど、一欠片も感じられない。


 ただただ、八百原那由太という男が自分に振り向いてくれるまで努力する、そのためならなんでもやるのだという、揺らぎない決意しか感じなかった。




 しばし、その眼力に圧倒された後、俺は大きくため息を吐いた。




 そうか、そうだったな。お前ってそういうやつだった。


 いや――俺が、他ならぬ俺が、そういうヤツとして創ったんだ。




「なるほど、お前の覚悟はよくわかった――」




 俺は少し、自分の卑屈さを反省する気になった後、居住まいを正し、覚悟を決めた。




「わかった。そういうことなら――俺もできる限り、お前に協力するよ」

「え、ホント!? 協力してくれんの!?」

「ああ、微力を尽くして、な。ただしどこまで力になれるかはわからないぞ。俺は知ってることしか知らないし、出来ることにも限界があるからな」

「やたっ! マジでありがとう零宮! お礼はちゃんとするから! あと……」

「あと? 何?」



 

 俺が間抜けに訊き返すと、スッ、と三津島クロエがわざとらしく視線を外した。




「……もしアンタのサポートで無事八百原と私が付き合えたそのときには――一回だけ、私のおっぱい好きにさせたげる」




 育ちすぎた自分の胸を腕で隠し、恥じらいの表情とともにそう言った三津島クロエに、俺は俺が創ったキャラだということも忘れて赤面した。




「バッ――馬鹿言うな! 誰がお礼代わりのチチなんか揉むか! こちとら間に合っとるわ!」

「あはは、零宮の顔真っ赤。あーあ、八百原もアンタぐらいわかりやすくリアクションしてくれれば素早く攻略も出来るんだけどなぁ」




 ケラケラと笑った三津島クロエは、それから一冊のノートを取り出した。


 そこには、『絶対悩殺♥八百原那由太攻略ノート』と丸文字で書かれ、目がハートマークになった八百原那由太のデフォルメされた顔が描かれてあり、そこにフキダシで「結婚してください!」と書かれている。




 うわぁ、設定としては考えてたけど、いざ目の前に出されると想像以上にキショい――。


 ドン引きしている俺に構わず、三津島クロエは平然とそのノートを開き、何事かメモを始めた。




「よーし、とりあえず、今日アンタに言われたことはメモしとくから! ……ええーっと、あの口悪くちわるドS雪女の正体は例の幼馴染泥棒猫、あの猫かぶり天然女は義妹、っと……よし! これでまた一段と厚くなったわね!」




 コイツ、本当に努力家だよなぁ……。


 俺は目を輝かせながら妙なノートに妙なメモを書き込んでゆく三津島クロエを見つめた。


 目を輝かせ、来たるべき栄光の日々に向けて努力する姿――それはこいつらを世に出そうと必死になり、ネタ帳を拵えていた在りし日の俺の姿そのものに見える。


 なんとなくその様を眩しいものだと見つめているうちに、三津島クロエのスマホが鳴り、三津島クロエは特に俺に断ることもなく電話に出た。




「……はい、もしもし。……ええ、今学校終わったところですけど。……ハァ? 写真の撮り直し!? 今からですか!?」




 そう言えば、コイツは現役JKグラビアアイドルであるのだっけ。


 ということは電話の相手はマネージャーだろう。


 何事か大声で打ち合わせした後、三津島クロエは通話を切って立ち上がった。




「ゴメン零宮、ちょっと急な仕事入った。今日の作戦会議はこれでおしまい、ね?」

「え? ちょちょ、まだパフェしか来てないぞ? 後から来るアイスとシフォンケーキは?」

「それはアンタが可能な限り食べといて。支払いはしてくから文句ないでしょ?」

「えっ、えぇ……!? 俺、まだ自分の分のパフェも残ってるんだけど……!」

「頑張って詰め込めば入るわよ。あ、あと、LINE交換させて。QRコード出して」

「ちょちょ、早い早い! ちょ、ちょっと待ってろ、あんまり人とLINE交換とかしたことないから……!」

「そうそう、そこタップして、スマホ出して。……じゃあ、はい。友だち登録ヨロシクね。じゃ、今日はこれで」

「あっ、ああ……」




 あまりに矢継ぎ早の指示に俺が考える暇もなく応じると、三津島クロエはスクールバッグを肩に担ぎ、バイバイ、と実に魅力的な笑顔とともに手を振った。


 おっ、おう……などと俺が手を目線の高さに上げて応じると、三津島クロエは後も見ずにファミレスを後にしていった。







「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


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