第10話 ティエラの考察

「でもコタロー。もしセリオンがこのまま努力を続けても、結果が出なかったらどうしますの?」


リリーが真剣な表情で問いかける。その目には、セリオンを思いやる気持ちが滲んでいた。


(こんな時、ミラ姉さんなら、なんて言うだろうか──)


光太郎は一瞬考え込み、そして軽く肩をすくめて答えた。


「その時は、笑って逃げ出せばいいじゃん」


「!?」


「えぇっ!?」


リリーとセリオンは同時に声を上げ、驚きの表情を見せた。


「無責任に放り出すってことじゃない。たださ、人生は長いんだし、次のチャンスのために切り替えるって考えたらいいんじゃないか」


光太郎の言葉に、リリーはしばし考え込み、セリオンは目を丸くした。


「それに……失敗することもあるし、つまずくこともある。でも、それで終わりじゃないだろ?失敗は恥ずかしいことじゃない。再起出来ないことの方が恥ずかしいと思う」


光太郎の穏やかな笑顔と言葉が、二人の胸にじんわりと響く。


「うん……うん……コタローは優しいなぁ……」


セリオンは涙を拭い、小さな笑顔を浮かべて答えた。


「なかなか……貴族にはない発想ですわね。あなた、案外器が大きいのね」


リリーも苦笑しながら柔らかな表情を見せた。


その時、朝の鐘が校内に鳴り響いた。


「これは……?」


「朝食を済ませて、クラス朝会に備えなさいという合図ですわ」


リリーが食堂の時計を指し示しながら答える。


「コタロー。ボク、こんなに美味しい朝食を食べたの、初めてだよ。ありがとう」


セリオンが小さな手を光太郎に差し出す。それに応じて握手する光太郎。


「俺も不安だらけだけど、こうして新しい友達ができて嬉しいよ」


「友達……?」


セリオンは驚いた表情を浮かべた。


「そうですわね。セリオンは私の学友ですし、友達の友達は、友達ですわ」


リリーが微笑む。


「……うん!そうだね!」


セリオンの表情が少し明るくなり、光太郎は心の中でほっと安堵した。


「セリオン、今日はこのまま一緒にクラスへ行きましょうか。コタロー、ついてらっしゃい」


リリーが軽やかに席を立ちながら提案する。


「う、うん!」


セリオンが頷き、光太郎も笑みを浮かべて立ち上がる。


「じゃあ、行くか!」


──食堂の喧騒の中、突然横から冷たい声が響いた。


「探したぞ、ストラングス」


振り返ると、そこには透き通るような白い肌と雪のような白い髪を持つ少女が立っていた。短髪にメガネをかけた彼女は、クールな雰囲気を漂わせながらリリーをじっと見つめている。


「あら、ティエラさん」


リリーが軽く挨拶すると、少女──ティエラは特徴的なハイヒールをカチリカチリと鳴らしながら近づいてきた。


「校長先生が直々にお前をお呼びだ。今すぐ校長室に行け」


「まぁ、そうでしたの。ご報告ご苦労さまですわ」


リリーは微笑みながら答える。


「……とうとう校長先生に呼び出されるとは。今度は何を壊した?それとも、誰かを殴り倒したのか?」


「滅相もございません」


「じゃあなんだ?全くお前は、恐らくこの学校始まって以来の破滅的問題児だよ……」


「褒め言葉として受け取りますわ!きっと、わたくしの召喚獣についてです」


「ふーん、召喚獣か……」


ティエラはリリーから視線を外し、光太郎を物珍しそうにじっと見つめた。


「……彼が?」


「ええ」


リリーは得意げに答える。ティエラは光太郎をつま先から頭の先まで、まるでスキャンするように観察し始めた。


(なんだ……この美人は。リリーといいセリオンといい、道行く人々美形ばかり。モデルしかいないのか、この学校)


光太郎は無意識に頬を赤らめた。しかし──。


(いや、ミラ姉さんほどじゃないな)


光太郎の中には「ミラブレーキ」という無敵の制御装置が作動していた。


「どうも、おはようございます」


光太郎が慣れないながらも挨拶する。


「おはよう……妙な訛りだな。貴族の出ではなさそうだ。だが、平民とも思えない。着ている服には品があるし、靴も見たことがない形と素材だ」


ティエラは光太郎のブレザーと運動靴を眺めながら、興味深そうに言った。


「なるほど……これは先生方が気になるわけだ。まさか、本物の異世界人なのか?私はてっきり、ストラングスが落第を回避するために金で雇った偽の召喚獣かと思ったよ」


「まっ!失礼な」


リリーがムッとした表情を浮かべる。


「皆そう思っているさ。ヒトを召喚するなんて前代未聞だ」


「そうなんだ……」


光太郎が戸惑うように呟く。


ティエラは軽くため息をつきながら、自分の胸元に手を当てた。


「自己紹介しとこう。私はティエラ・シクター。北の国ローザシェン王国の伯爵家の長女だ。そして、このハオールカ魔法学校の生徒会役員でもある。おかげでこんな雑用を押し付けられているわけだ」


そう言って、ティエラは光太郎に手を差し出した。光太郎はすぐに手を握り返し、力強く握手を交わす。


「俺、巻島 光太郎。こちらこそよろしくな、ティエラさん」


「……そうか」


ティエラが冷静な声で答える。


「え?」


光太郎が不思議そうに首をかしげると、ティエラは手を引っ込めながら言った。


「君、ハンドキスの習慣が無い場所から来たんだな。するとエルフか、はたまた獣人の文化圏から来たのか……私は手の甲を差し出したんだよ」


早口で畳み掛けるティエラ。


「キスって……えぇ?」


光太郎の反応を見たティエラは、納得したように頷いた。


「その反応、嘘ではなさそうだ。となると、フィアメルクの民か……だが、それにしちゃ俗っぽいな。名前も奇妙だ。君は一体、何者なんだ?」


ティエラが顎に手を当てながら光太郎をさらにじっと見つめる。光太郎は思わず一歩後ずさりしながら答えた。


「人間ですけど……普通の」


ティエラがさらに詰め寄ろうとした瞬間、間にリリーが割って入った。


「ティエラさん、とにかくわたくし達は校長室へ向かいます。ご報告、ありがとうございましたわ」


リリーがやんわりと距離を取らせると、ティエラは肩をすくめた。


「おっと、そうだったな……つい興味が湧いてしまったよ。コタローだったか?機会があれば、また話そう」


ティエラが最後にそう告げると、光太郎はぎこちなく頭を下げた。


「どうも……」


その場を後にするティエラの背中を見送りながら、光太郎はぼそりと呟いた。


(この学校、なんかすごい人ばっかりだな……)


リリーはその呟きに気づいたのか、振り返りながら微笑んだ。


「ええ、ここはハオールカ。覚悟なさいませね」


光太郎は深いため息をつきながら、リリーの後に続いて歩き始めた。

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