第9話 諦めるな!静電気魔法の可能性

「──あれ、セリオンじゃないか?」


 食堂のざわめきの中、光太郎は食事をしていると、右往左往しているセリオンを見つけた。


「そのようですわね」


 パンを豪快にかじりながら、リリーが肩をすくめて答える。


「席を探してるみたいだ。こっちに呼んであげようぜ」


「それはなりませんわ」


 リリーはきっぱりと断る。


「どうして?」


 不満げに問いかける光太郎に、リリーは少しだけ真剣な顔を向けた。


「彼は貴族ですのよ。いかなる時も、自分の力で道を切り開かねばなりませんの。それが貴族の務めですわ」


「昼飯ぐらい、いいじゃないか」


「いいえ。パンは限られた数しかありませんの。それを取り合うとしたら、先に手にした者が勝つ。セリオンはそれを学ばねばなりませんのよ。それに……彼には貴族としての自立心が欠けていま──」


 リリーの長々しい説教を最後まで聞くことなく、光太郎は席を立った。


「あっ、ちょっと、まだ話の途中ですわよ!」


 リリーの声を背に、光太郎は迷わずセリオンのもとへ向かった。


 ──目の前の席が空いたと思った瞬間、別の生徒が滑り込んでしまい、またもや席を逃してしまったセリオン。持っていたトレイのシチュー皿が不安定に揺れ、零れそうになる。


「ああ……冷めちゃう」


 ボソリと呟くその姿はどこか悲哀を漂わせている。


「よ、セリオン」


 光太郎の声に、セリオンは驚いて振り返った。


「あっ……コタロー」


「こっちに席が空いてるぞ。一緒に食べないか?」


「いや、ありがたいけど……やめとくよ」


「……どうして?」


「だって、リリーがいるんだろ……?」


 セリオンがリリーのいる方向を気にしながら怯えたように答える。


「大丈夫だって。セリオンが思ってるほど、リリーは怖くないから」


「でも……」


「ほら、行こう」


 光太郎はセリオンの背中を優しく、けれどしっかりと押した。


「あっ、や、やめて……こぼれちゃう……!」


 セリオンはトレイを抱えながら必死にバランスを取る。だが、光太郎の強引さに抗うこともできず、そのままリリーのテーブルまで押し出されていった。


「──おや、セリオンですわね」


 リリーがパンを口にしながら、少し驚いたように目を丸くする。


「あっ……」


 セリオンはどもりながら視線を落とす。


「座って」


 光太郎は席を引き、セリオンを自分の隣に座らせた。


「えっと……その……」


「セリオン、何をそんなに怯えてますの?」


 リリーは眉をひそめ、不思議そうに問いかける。


「だって……リリーは自分より身分の低い人とは、一緒に食事したくないんじゃないかって……」


「私が……そんなことを?」


 リリーは驚き、パンを置いた。


「だって言っただろ?高貴じゃない者とは一緒にテーブルを囲めないって……」


「はぁ……」


 リリーは深く息をつくと、静かにセリオンを見つめた。


「セリオンのおバカ……」


「えっ?」


 セリオンが呆然とした顔を浮かべると、リリーは淡々と続けた。


「確かにそういう言葉を口にしたかもしれませんが、それは礼儀や品位のない人たちに対しての話ですわ。セリオン、あなたは私の学友。そんなこと、気にする必要はありませんのよ」


「でも……」


「ほらな。リリーは怖くないって言ったろ?」


 光太郎がセリオンの肩を軽く叩いて笑った。


「……ボクの……勘違い?」


「全くですわ。これを機に、少しは自分を見つめ直しなさいませ」


 リリーはやれやれと肩をすくめ、再びパンを手に取った。


「お前が言うな!……セリオン、せっかくの昼飯なんだ、楽しく食べよう」


 光太郎が明るく言うと、セリオンは少しだけ頬を緩めた。


「……リリー。リリーのその言葉足らずな所が起こした誤解でもあるんだぞ。これは」


 光太郎が冷静に補足するが、リリーは首を傾げ、難解な表情を浮かべる。


「認めたくないものですわね……高貴とは、何から何まで説明するものではないものを……」


「……あは」


 こうして、三人の昼食が始まった。最初はぎこちなかったものの、やがてセリオンも少しずつ緊張をほぐし、笑顔を浮かべ始めた。


 ──食堂の一角。光太郎、リリー、セリオンの三人は打ち解け、談笑しながら朝食を楽しんでいた。


「へぇ〜セリオンは雷魔法が使えるのか。すごいな!」


 光太郎が興味津々に問いかけると、セリオンは顔を赤くして照れ笑いを浮かべる。


「エヘヘ……いやぁ、全然大したことないんだけど……」


「そうですのよ。雷属性は六大属性魔法には属さない希少魔法。その担い手は極めて少なく、実に貴重な才能ですわ」


 リリーが自慢げに補足するが、続けてあっさりと冷たい一言を放った。


「まぁ……本当に大したことないのが、悲しい所ですけれど」


「うぐっ……」


 セリオンの肩ががくりと落ちる。


「おい!そんなこと言うなよ!」


 光太郎が慌ててセリオンをフォローするとセリオンはさらに暗い口調で語り出した。


「いいんだ……ホントに大したこと無いから……はい」


 太もものホルダーから杖を取り出すと、セリオンはおずおずと左手の人差し指を差し出した。


「指……?」


 光太郎が戸惑いながらも自分の指を触れ合わせると、セリオンは意を決して力を込めた。


 ──ピリッ。


「え?なんか、かゆい……?」


 光太郎は不思議そうに首をかしげる。


「今のが……ボクが自分で生み出せる全力……」


 セリオンは申し訳なさそうに呟いた。


「え……えぇー……」


 光太郎は絶句した。これでは日本の冬に感じる静電気の方がはるかに痛い。


「ちなみに私は光属性魔法に覚醒していますわ。ホラ」


 リリーが軽く杖を向けると、先端からまばゆい光を放った。


「まぶしっ!」


 光太郎は顔を手で覆う。


「ま、せいぜい目潰しですわね。光らせるだけでは戦いには何の役にも立ちませんの。だから召喚術を学んだのですけどね」


「いいなぁ……くすん……俺は六歳の頃に雷属性に覚醒して、すっごく喜んだのに……それから全然強くならないんだ……!」


 セリオンの声が震える。光太郎はそんな彼を見つめながら言葉を失った。


「その気持ち、よくわかりますわ」


 不意にリリーが口を開く。


「私も何度召喚に挑戦しても、カエル一匹召喚できませんでしたから」


「でももうコタローきたじゃん!」


 セリオンが涙を拭きながらリリーを見上げると、リリーは小さく笑った。


「フフフフフ……それは、フフ、そうですわね……フフ……ププ」


 笑いを隠せず、リリーは思わず吹き出してしまう。


「……じゃあ、諦めるのか?」


 突然、光太郎が真剣な顔で問いかけた。


「え……?」


「結果が出ないから、思うようにいかないから、途中で投げ出すのか?」


「それは……そんなことないよ!」


 セリオンは一瞬迷いかけたが、力強く否定した。


「じゃあいいじゃないか。諦めなければ、セリオンの魔法もきっと強くなる」


 光太郎は自分の拳を握りしめながら言った。自分も何度もくじけそうになった過去を思い出しつつ、彼は続ける──。

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