額の十字架

黒本聖南

◆◆◆

 私の息子は、可愛らしい。小さな手で、いつも私を求めてくる。


 おかあさんと、舌足らずな声で私を呼びながら、私の手を必死に掴もうとし、無事に掴めると、安心したようにへにゃりと笑うものだから、抱き締めずにはいられなくなる。

 ニンジンが嫌いで、ピーマンが好き。たまねぎが嫌いで、お肉が好き。食事に嫌いなものを出すといつもフォークで避けていく。注意しないといけないけれど、真面目な顔が可愛くて、少し怒りづらかったりする。最終的には怒るけれど、あの子、笑うのよね。笑ってちゃんと聞いてくれないけれど、時間が許す限りは何度も言っていくつもり。

 息子はとても優しい子。男の子にも女の子にも笑顔で接して、お友達と遊んでいてトラブルなんて起こしたことがない。むしろ、トラブルを解決しようと自分から動く。皆に好かれる優しい子。

 絵を描くのが好き。紙芝居が好き。クレヨンでよく分からない絵を描いて、私にお話を聞かせてくれる。その場その場で考えるものだから、同じ話は二度と聞けない。悲しい話は一度もない。どれもこれも優しい物語。


 私の可愛い、愛しい子。

 この子は──十年以内に死ぬ。

 そう決まった。


 この世界では時折、十字架によく似た青い痣が額に浮かび上がることがある。生まれた時からあることもあれば、ある日いきなり浮かんでくることも。

 年端もいかない子供の額に、老い先短い老人の額に、何の前触れもなく突然に。息子もそうだった。こないだの五歳の誕生日に、その痣が。

 額に十字架の痣ができた者は、十年以内に死ぬ。私が生まれるよりもずっと昔からそのように決まっており、死に方は全員が決まって、一つの例外もなく、高い所からの飛び降りだった。

 両腕を広げて、後ろから。

 逃れる術はない。

 ……息子が、何をしたというのか。こんなに優しくて愛らしい子が、どうして大人になる前に、そんな死に方をしなくてはいけないのか。


「おかあさん?」


 私は息子を抱き締める。何度も何度も抱き締める。力強く、痛いと言われても、抱き締める。

 あと何回、この子を抱き締められるのか。

 抱き締め返してくる力はあまりに弱く、涙がいつも勝手に流れていく。


「置いて、いかないで」

「なんで? ずっといっしょにいようよ、おかあさん」


 天真爛漫な可愛い笑顔。

 ねえ、お願い、お願いだから……。

 小さなその身体を抱き締めながら、強く思う。


 その言葉を、嘘にしないで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

額の十字架 黒本聖南 @black_book

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ