02.


 母の淹れてくれたお茶で、持ってきてもらったお土産のお菓子をいただく。こうしてリビングで一緒に過ごすのは、ずいぶん久しぶりだ。受験の間は、たまに連絡するくらいで、全然会えなかったから。

 母は買い物に出かけていった。


「大学、楽しみ?」

「えー? ん~、どうでしょう。まぁ、楽しみな気もするし……やりたいことはいろいろあります。けど、行ってみないとわからないので」

「そっか。まあ、やりたいことがあるなら大丈夫だよ」


 彼は笑ってお茶をすする。


「家、遠くなるんだっけ」

「あ……ううん。ここから二、三時間くらいのとこだから、家もそんなに遠くならないと思います。長期休暇のときは、多分、帰ってくるんじゃないかと」

「じゃ、たまに遊びに行こうかな」

「いいですよ。連絡くださいね」


 こんな軽い調子で言っておいて、きっと本当に来るんだろうな。

 そういう真面目さがあるんだよなと思うと、つい笑みがこぼれてしまった。


「あ、そうだ。それでさ、合格祝い、何がいいかな。何か欲しいものとかある? それか、困ってるものとか」

「欲しいもの……」


 ……この人に言われて、欲しいものといえば。

 あるような気もしたし、無いような気もした。なんでも言っていいのなら、また今日みたいに、気まぐれで遊びに来てくださいねと言いたいけれど。欲しいものが何かと聞かれたときに、返す答えじゃないだろう。

 だから、あえて欲しいものというのなら。


「……ううん。これが欲しいって、特に無いんです。だからなんか、賢治けんじさんが、俺にはこれがいいなぁって思うものを選んでくれませんか」

「ああ、わかったよ」


 彼は苦笑いする。


「けど上手いもの選べるかな。俺、そういうセンスないんだよね」








 玄関にて。


「お土産、ごちそうさまでした」

「うん。受験終わったけど、これからまた忙しくなるな。引っ越しとか卒業式とか、友達と祝ったりとか、いろいろあるだろ?」

「まあ、ぼちぼちですよ。いつでも遊びに来てください」

「ああ。またお邪魔するな」

「はい。いつでも」


 いつでも――と念押しする自分が、やっぱり女々しいなと思う。中学生中盤あたりまでは素直にギャーギャー言えたのに、なんか最近は言えなくなってしまった。

 子供って、楽だったなぁ。甘えるのに理由がいらないんだから。


 けど、いつまでもそうは言ってられない。この人は近く結婚し、上手くいけば子供だって授かるだろう。俺は大学に入って、きっとそのうち酒も飲めるようになって、やがて就職活動が始まって、いつか自分の力で稼がなければならない日が来るのだ。

 いつまでも、子供ではいられないのだ。


「…………」

「…………」



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