エピローグ
01.
「大学合格おめでとう」
「はあ、どうもありがとうございます」
礼を言う口が、なんだか妙に拗ねてるみたいになる。あれ、おかしいな。昨日の夜の内に、自分に言い聞かせて諦めたはずなのに。
「なんだ、あんま喜んでないじゃん」
「いや? 喜んでますよ~、喜んでますし~?」
「いや、絶対に喜んでないだろ!」
十八年住んだ俺の部屋で。
俺は県外の大学に進学するために、すでに部屋のものの整理をちまちまと始めていた。春服なんかはまだ使うが、秋服、夏服はもう詰めていいだろう。だって、次に着る頃には、もう新天地にいるはずなんだから。
「もう引っ越しの準備してるのか? まだ時間あるだろ」
「できることは先にやっておくんです」
「ははあ、しっかりしてるなぁ。さすが生徒会長」
「大したことしてないでしょ。生徒会長とか関係ありません」
ああ、いけない、いけない、と内心で思う。せっかく部屋まで遊びに来てくれたのに、なんでこんなつまらないことしか言えないんだろう。これ見よがしに引っ越しの準備なんてして見せて、女々しいな。こういうことは、俺だって求めてない。
でも、この人だってちょっと悪くない? という気持ちも、少しはあって。
「そうだ、お土産持ってきたんだ。あとで食べないか?」
「そおですか」
「……もしかして、怒ってる?」
「…………」
いや、別に。という返しがすぐに出てこない辺り、どうやら俺は、俺自身が思っているよりも、怒っているようだった。
「……そりゃ怒るでしょ。『大学合格しました』って報告した返しが、『俺も結婚するよ!』だったんだから」
『大学合格しました! 第一志望です』
『マジか! おめでとう!
そうだ、ついでに報告なんだけど、俺も結婚するわ。年度末に籍入れる予定』
「『も』ってなんですか! 『も』って!」
「え、えーと。どっちも進路が決まった……っていう?」
「仮にも自分に告白してきた相手に、さらっとそういう報告をするのは酷だと思います」
「あ、あー。悪い」
この人は申し訳なさそうに顔を俯ける。……うん、俺だって本気で傷つきはしたんだから、これくらいはショックを受けてもらわなきゃ。
でもいい。これでチャラだ。
「いーですよ。お土産、ありがとうございます」
「お、おう。あ、でも、合格祝いとは別だから。それはまた渡すよ」
「どこのお土産ですか? また出張?」
「うん。出張先で合格って聞いたから、慌てて買ってきた」
「無理しなくていいのに」
別に嫌味でもなくて、俺は入り口に立っているその人を見上げた。
「いや、それくらいはするだろ。お前の合格だぞ」
「……どうも」
うう、だめだ。
無駄に偏差値の高い学校を選んだせいで、やけにいろんな人に褒められたり祝われたりするけど、やっぱりこの人に言われると違うんだよなぁ、と思ってしまう。この人はこの人で、こういうこと、しれっとしてくるし。
「いやぁ。あのとき告白してきた子が、こんなに大きくなっちゃって」
「ちょ、その話は無しです。マジで勘弁してください。思い出すだけで恥ずかしい……」
まぁ、こういうこともしれっと言ってくるんだけど。
けど、俺に言い返す権利とか無いよな、これは。
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