05.


 風情もへったくれも無い。


 突然肩を触られて、驚いたのかもしれない。柳之介りゅうのすけが上げた頭は、すぐ上にあった俺の頭に命中。ガイィン、と舌を噛ませる勢いでぶつかって、突然の出来事に俺の体はよろけ、バランスを保とうと足を踏み出し、しかし踏むべき足場はそこには無く。

 俺の体が、川に向かってゆっくりと落下していく。


 え、マジっすか?


 賢治けんじさん、と叫ぶような声が聞こえた。

 反射だった。俺は柳之介の方に伸びていた腕をとっさに引っ込めると、来るな、来るなと彼に向かって胸の内で唱える。それが効いたのか、ただただ柳之介が賢かったのか、柳之介は余計な手は出さずに、ただ唖然と俺が落下していく様を見ていた。


 佐原さはら君、と、島田しまだの声。


 思った以上にいい子だったと、上から目線の感想が走馬灯みたいに頭を過った。俺にはもったいないくらいいい子だった。俺、意外と愛され運あったのかもしれない。本当にありがたいと思う。柳之介も、島田も、ついでに雄太ゆうたも。

 そんなことにも気付けなかったのは、やっぱり、俺が本気で人と向き合ってこなかったからなんだろうな。


 うーん、マジかぁ。


 もったいなかったなぁ、と考える頭は、妙にライトで。マジやべぇと言葉では思ってみても、いまいち実感が伴わなくて。そういえば大事な宛に言ってなかったわ。父さん母さんごめんなさい。先立つ不孝をお許しくださ――


 くらいのところで、ドボンと川に落下した。


 水が体を隅々まで覆い尽くす。ヒヤリ、と細部まで染みこむ。思ったより低い水温。黒く閉ざされた視界。何の対策もしていなかった呼吸が最悪のタイミングで蘇って、鼻から思い切り川の水を吸い込んだ。

 あ、やべ、死ぬ。


 上下左右がわからない。体の自由がきかない。パニックになる頭を押さえながら目を開くと、川に差し込むわずかな光をとらえた。明るい方、暗い方。太陽光線に縋るように、明るい方へと手を伸ばし、水をどかすようにかき分けると、突然腕の先から水の抵抗がなくなった。暖かい空気――

 俺は無我夢中で、川から頭を突き出した。


「佐原君!」


 頭上から声が降ってきた。俺は空気を取り返すつもりで口をがっと開けると、そこから川の水が大量に出てくる。と同時に、それまで塞ぎ込んでいた五感が急に戻ってきて、腐ったような川の臭い。同時に、鼻の奥が握りつぶされたみたいにヅンと痛んだ。


「げほっ、クッッサ!!」

「佐原君! 大丈夫!?」


 いや、だいじょばねーと言おうと顔を上げたら、島田がコンクリートのへりから、膝をついて顔を出している。

 その隣には、困惑した表情の柳之介が。



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