04.
もう少しだけ、言葉があれば。
嫌いじゃないんだ。本当に、嫌いじゃない。好きなんだ。けどそれは、
上手く言えない。
けど、あの少年のことが好きだ。面倒くさくて思い込みが激しくて、だけど俺なんかに、すごいすごい、って、キラキラした視線を向けてくれて。素直に頼ってくれるのが、どうしようもなく愛おしくて。だけどそんな“好き”が、危うくて。
嫌いじゃないんだ。
でも、盲目的な『好き』だけでもないんだ。
苦笑いするときもある。
けど――『嫌い』って感情だって、ただそれ一つだけじゃなくて。
悪いことでもないんだ。
それを、伝えなきゃいけないんだ。
「二人とも帰ってよ! 俺は一人で帰るから。早く帰ってよ!!」
柳之介が俺たちに向かって叫ぶ。
叫んで――さらに上流に、川を沿って歩き出そうとしたのを見て、俺は慌てて柵に足をかけた。
「柳之介!」
「さっ、
島田が声を上げたが、それを無視して柵をまたぐ。急勾配の土手に滑らないよう注意しながら、柳之介のいるところまで降りる。逃げ出そうとする柳之介に、「待て!」と一言叫ぶと、柳之介の体がぴたりと止まった。
「なあ、ごめん! 柳之介! ひどいこと言って、悪かった」
「なんなんですか、今更。今更!」
柳之介は叫ぶ。
「知ってるんだよ……! 本当は
「そ、それについては、ず、図星というか、なんも言えないけど……! それも入れて、ちゃんと謝りたいんだよ。……ううん、謝るチャンスが欲しいんだ。柳之介のせいじゃないんだよ。お前が罪悪感を覚えることなんて、何も無いんだから」
キッ、と柳之介が顔を上げる。
「じゃあなんであんなこと、言ったんですか!」
「それは……」
「嫌いだったら遊ばないでください! 恥ずかしいなら、最初から言ってよ! 僕は……」
柳之介の目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
ひっく、としゃくり上げながら。
「僕は、賢治さんに恥ずかしい思いなんてさせたくない……!」
「……!」
そして――柳之介が、告げたことは。
「僕……本当は、お母さんが二人いるの、恥ずかしいんです。だって、言われるから! お前の家ヘンだって、言われるから! けどママもお母さんも、すごく優しくて、頭も良くて、僕のためになんでもしてくれて……周りの大人たちも、お母さんたちはすごい人なんだよ、って言ってくれるんです。でも……」
少しの間を空けて、俯いて、呟いた。
「でも、本当は、“お父さんとお母さん”がよかったって……そんなこと、本当は思っちゃいけないのに……思っちゃうから、お母さんたちに、僕、申し訳なくて……」
「……柳之介」
知らなかった。
そう、思っていること。
きっとこの子は、自分の感性になんの疑いも無くて、そういう環境にも恵まれて、何不自由なく過ごしているのだと思っていた。それはそれで平和な世界のあり方で、ただ俺の生活から隔絶された場所で、スノウドームのように美しく成り立っているのだと。
けど、そうじゃない。
そして安心していた。心のどこかで。
「柳之介」
そう言って、背中を丸めて泣きじゃくる少年を慰めようと、彼に歩み寄る。腰を少し下ろして、彼と同じくらいまで頭を下げ、その肩に手をポンと置いた瞬間――
ヒャッ、と、柳之介が勢いよく顔を上げた。
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