第5話

01.


 自分の口から飛び出した言葉とは、思えなかった。

 そんなの、言い訳に過ぎないのだけれど。

 でも心から、そう思ったのだ。


「あ…………」

「…………」


 やってしまった、と口を塞ぐ俺と、凍り付いた表情の、柳之介りゅうのすけ

 島田しまだも場の温度に凍り付き、ただ俺たち二人分の表情を見やって、何も言わない。


「その……違うんだ、これは」


 最低の出だし。

 最初に言うべき言葉は、「ごめんね」でなくてはならなかったはずなのに。どんな理由であろうと、柳之介のことを傷つけた事実は変わらないというのに。

 あろうことか俺は、自分の無実の弁明から始めたのだ。

 それを聞いた柳之介が、納得するはずなんてなくて。


「…………っ!」


 柳之介はただ、怪物から逃げ出すような表情で、俺に絡めていた腕をほどき、川の上流の方へ向かって走って行ってしまった。


「……佐原さはら君?」


 島田が恐る恐る、俺に話しかけてくる。


「佐原君……追いかけなくていいの?」

「あ……いや……」


 ヤバい。とんでもないこと言っちまった。ごめん島田、俺行かなきゃ。また学校でちゃんと全部話すから。ゴタゴタしてごめんな。それじゃあ、また。


 それが正解だと、わかっているのに。


「だ、だって……」


 俺が何をしたって言うんだ?

 自分の本音をただ伝えただけだろ?

 我慢してたのはこっちじゃないか。

 その分が跳ね返っただけだろ。

 なんで俺が謝らなきゃいけないんだ。

 おかしいだろ――常識的に考えて。


「…………!」


 なんだ、これ。

 なんなんだ。

 なあ。


「あの、島田。違うんだ。本当に」

「違う、って……?」

「柳之介は、その、兄弟じゃなくて。親戚とか、そういうものでも……。友達なんだよ。いろいろあってつるんでて、それで、だから、弟、みたいなもんなんだけど」


 心の中でマーブルになった、善意と悪意。そこから針の先で掬うみたいに善意を拾い上げて、なんとか一粒ずつ口にする。そんな、愚かな作業。


「だから」


 だから?


「だから俺は……決して、あの。ああいうのじゃ、なくて」


 ああいうの?


 ああいうのって、どういうのだよ。男が男を好きになるってことか? それとも人前で、あんなことを叫んじゃうことか? 島田に柳之介が恋愛対象じゃないってことを伝えたいのか? 俺がこんな馬鹿なまねをするはずがないと言いたいのか?

 そんなことを?


「……いや、佐原君、そうじゃないでしょ」



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