09.


 ヤバい。柳之介りゅうのすけの勘の良さが発動してる。

 柳之介、元々人の感情や事情を汲み取るのは得意らしく、雄太ゆうたのこともずばり見抜いていたし、俺の好きなものとか、苦手なものとかも、わりとちゃんと言い当ててくる。ダブルマザーに育てられたことによる、女の勘の芽生えみたいなものかもしれない。

 それが、好きな人のことなら、なおさら。


 そして柳之介の発言を、島田しまだは一種の囃しと捉えたようで。


「や、やだー。佐原さはら君、あのこと話したの?」

「へっ? あ、やっ、ちがっ――」


 念押ししておくが、俺は彼女に告白されたことを一切柳之介に話していない。そして彼の告白を断ってからも、島田のことはひとまず話さないつもりだった。

 だって、“それ”と“これ”とは、別問題のはずだから。


「…………から」

「へ?」


 俺の腕に抱きつく柳之介が、低く、ぽつりと、何かを呟いた。


「……告白したの、俺だから」

「りゅ、柳之介?」

「――先に告白したの、俺だから!」


 場が、凍り付いた。


 それは、冗談と言うには、必死で。嘘でしょ? と茶化すには、真面目で。柳之介は顔を真っ赤にして、泣きそうな顔で、声で、俺の腕にきつく抱きついて、そう叫んだのだ。

 そして島田は、ひきつった表情で。


「な、ん……え?」


 それは。

 異質なものを見る“目”だった。

 自分と全く違う生き物を見るときの、“目”。トリックに欺かれたかのような、何者かに騙されたときに、現実を受け入れられずにする“目”。

 俺も、こんな風だったのだろうか。


「柳之介! 今は……! そういう話はよせっ!」

「ちょ、ちょっと待って? それ本気で話してるの……佐原君?」

「待て島田! これは……なんというか……!!」


 どう話せばいいんだ。


「ちょ、え? その子、男の子だよね? あっ、実は女の子とか? え、んん、でも…………? さ、佐原君、どういうことなの……?」


 どういうことなのか。

 これは、どういうことなのか。


 俺の、隣には。

 今にもはじけてしまいそうな、柳之介が。




 どういうことかっていったら、そういうことでしかない。

 知ってしまったんだ、雄太のせいで。時代は自由恋愛だっていうこと。俺が時代に追いつけないだけで、実は遙か昔から、みんな境界のない恋をしていたのだということ。

 だから島田に説明するにも、ただただ「この子、俺のことが好きでぇ~」と説明するしか無かった。他に方法が無かった。性別なんて記号に過ぎない。人と人とが好き合う中で、この子は俺のことを好きになってくれたのだ。

 島田と、同じ理由で。


 それを、庇いたくて。

 庇いたくて、庇いたくて、なのに。


賢治けんじさん、行きましょうよ! 賢治さん……!」

「やめっ……! 待てって、柳之介!」

「ね、ねぇ、私、この子に嫌われてる?」

「嫌だ! この女の人やだよ、賢治さん!」

「――――っ!!」



 一つだけ言わせて欲しい。

 ここには、子供しかいなかった。それぞれが恋をしていて、自分の守りたいものを握りしめていて、それを、譲ることができなくて。

 だから、俺は、大人げないんじゃなくて。

 まだ、ろくに恋愛を経ていない、子供なのだということを。

 その、情けなさを。




「――もう、やめろよ! 恥ずかしいんだよ!!」



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