08.


 雄太ゆうた瀬尾せおくんも、悪気が無いことを知っている。なんだったら俺がいることで、きっと二人には悩ませることや、困らせることの方が多かったんじゃないかとさえ思う。だからそんな二人が俺を挟んで生き生きしているのなら、悪い気はしないのだ。


 ただ、言葉にできない汚い感情が、胃の中をかき回すだけで。


「いいよもう……帰って寝る」

「けっ、賢治けんじィ」

「うっせ」


 あー、大人げない。今の俺、オトナゲナイ。

 そう思うことさえ、胃が痛かった。そうか、大人げないのか。これでも、精一杯我慢してるつもりなんだけれど。

 二人からの奇妙な好意は、嬉しくて、でもどうしようもなく受け付けなくて、だけどそれを好意だとちゃんとわかっているから、何も言えなくて、辛い。

 だから、いいよ大丈夫、気にすんなとか、言えなくて。


「……仲、良かったな」

「ふぇ?」

「瀬尾くんと。初対面だろ?」

「ああ、うん」


 俺が代わりに尋ねたのは、そんなことだった。雄太は小さい頃から人見知りで、実は初対面の人とはあまり話さない。特に女子は苦手だ。

 瀬尾くんは町内の野球クラブに所属していて、いじられキャラだが(この前瀬尾くんをからかってきたのは、同じ野球クラブのチームメイトで、本人曰くいじめではないらしい)、自分の恋愛傾向には、複雑な気持ちを抱いているように見える。


 だからこんな風に、二人が開けっぴろげに話しているのは、俺からするといろんな意味で不思議な光景だったのだ。


「初対面なのに、よくあんな話せるな」

 と俺が言うと、


「こういうのやってみたかったから、できて楽しい」

「…………」


 雄太の答えに、俺は黙り込む。

 女とやれよ、と思った。俺を巻き込むな。

 思ったけど、言葉にはならない。二人が生き生きしていたことを思うと、自分の嫌がる気持ちなど、あまりにも野暮に思えた。








 週末はまた大騒ぎになるな、と思った。憂鬱だし、辛いし、だけど少しだけ、妙に楽しみにしている自分もいた。二人が仲良くしているのを見るのは嫌じゃなくて、でもそこに、俺さえいなければな、と思ってしまう。

 実際、週末は大騒ぎになるのだけれど、このときの俺はまだ知らない。


 ただ、その日はよく眠れなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る