06.


「…………」


 急に別方向から腕を引っ張られたのでヒヤッとしたが、別に幽霊とかじゃなくて瀬尾せおくんだった。雄太ゆうたの方を睨みながら、俺を雄太から引き剥がす方向で引っ張ってくる。

 雄太はそれをニヤニヤと見下して――ど、どうした。お前のそんなあくどい顔、俺はほとんど見たことがないぞ。


「……賢治けんじさん」

「は、はい? なに、瀬尾くん?」

「……“せおくん”じゃイヤです」

「は?」

柳之介りゅうのすけって呼んでください」



 …………ほう?



「えーと? 瀬尾くん~……じゃ、ダメなのか?」


 ぶっちゃけて言うと、あまり親密度を上げたくないのが本音だった。だからかたくなに瀬尾くんと呼び続けていたし、スキンシップらしいスキンシップは取っていない。


「ダメじゃないです。イヤです」

「い、イヤなのか」

「この前僕のこと、“リューノスケ”って呼んでくれたじゃないですか! それじゃダメなんですか!?」

「えっ!? うっそだ、呼んでねえよ!?」

「忘れたんですか!? ひっどーい!!」


 うっそまじか。いつ呼んだっけ。


「リアル痴話喧嘩……」

「おい雄太、何か言ったか」

「あーほら!? また“ユウタ”って呼んでる!!」

「えええ!? いやちょ、こいつは幼馴染だから!」

「オサナナジミ……」


 瀬尾くんはジロジロと雄太のことを見回している。……俺と比べても小さく見える瀬尾くんだが、でかい雄太と比べると、子鹿と親熊くらいの差になるな。目つきがまったく負けている感じがしないのが、すげぇなと思うが。

 ひとしきり雄太のことを観察し終えてから、不意に瀬尾くんは、ピタッと俺の体にくっついて、


「……お前賢治さんのこと好きだろ」

「ほほう?」


 瀬尾くんの言葉に、雄太が勝ち誇ったような笑みを見せる。

 ……んんんんん?


「やっぱそうだ? 賢治さんのこと、好きなんだな」

「ちょっと待て。何を言ってるんだ、瀬尾くん」

「ハッ。まさか賢治さん、この人と付き合ってる!?」

「ええっ!? 付き合ってな――」

「その通りだ!」

「ねぇよ!!」


 空いている方の腕で雄太をはたく。今の発言は一線越えたぞ!


「適当なことばっか言ってんじゃねえよ!」

「これはツンデレなんだ。ツンデレってわかるかな、柳之介」

「知ってる! えっじゃあまさか賢治さん!」

「そうじゃなくてぇええええええ」


 なんだこれ! 二人組み合わせたら大惨事じゃねえか!! そしてしれっと瀬尾くんのことを“柳之介”って呼んでるのはなんなんだ!


「瀬尾くん待て! マジで雄太とはなんもない! なんもないから!!」

「本当ですか~……? なんか、怪しいですよ」

「いや、逆になんで雄太のことそんなに信じるの!?」

「好きゆえに疑う気持ちも大きくなっちゃうんだよ。そういう年頃なの」

「とりあえず雄太は黙れ!!」


 これが世に言う修羅場なのでしょうか。

 修羅場にしては嘘と勘違いが多すぎる気もするが、実際こんなものなのかもしれない。ただ、俺が想像する修羅場っていうと、まあおおよそ二股してる奴が一番悪いと思っているから、このパターンで言うと一番悪いのは俺だ。……俺そんなに悪い?


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