07.


 瀬尾せおくんはぐずった声で、ようやくそう呟いた。


「男の人を好きになるのは、変ですか」

「…………」


 知ってたんだ、と思った。

 何も知らない子供なのかと思っていた。だから、こんなことができてしまうのかと。

 でも、違う。瀬尾くんは、そのことをちゃんと知っている。


「……ええっと……」


 変。

 変わってる。

 普通じゃない。

 他の人とは違う。


 頭の中にぷかぷかと浮かぶ言葉のどれが正解で、どれならば瀬尾くんのことを傷つけずに済むのか、俺にはわからない。

 悩んだあげく、口を突いて出たのは――


「変、じゃないよ」

「…………」

「変なんかじゃない。うん」


 ……俺の意志というよりは。

 瀬尾くんが目をうるうるさせているのを見て、それを否定するのが辛かった。

 追い打ちをかけるのが、かわいそうだった。


 が、瀬尾くんは逆に、ぼろぼろ泣き始めてしまって。


「うう……」

「えっ、あっ!? ちょ、瀬尾くん! 泣くな泣くな!!」

「だ、だってぇ」


 瀬尾くんは溢れてくる涙を拭って、ぐちゃぐちゃになった声で言う。泣きやみそうにないので、俺は小さい頭に手を乗せると、慣れない手つきでヨシヨシとなで始めた。


「ほら、泣くなよ~」

「うぇっ、すみません、すみません」

「あ、謝らなくていいけどさ」


 時折泣き声に気づいた通行人が、ジロッとこちらを見てくるが、兄弟とでも思ったのか、わざわざ注意してくるような人はいなかった。

 本当は、兄弟じゃないんだけど。


「僕、やっぱり、お兄さんのこと好きです」


 瀬尾くんがふと呟いた一言に、俺は顔を上げた。


「お兄さんのこと、好き」

「……そ、それはぁ……」

「好きです」


 ……この子が、女の子だったらな。


 そんな思いがよぎる。

 そしたら、「そうかそうか、もうちょっと大きくなってからな」なんて常套句で片を付けてしまうのに。それが、言えないのは。


 俺は、たとえ同年代だったとしても、この子と付き合いたいとは思っていないからだ。


 せめて、「友達になってください」だったら。

 二つ返事で、「よろしくな」と言えるのに。


「ダメですか」

「…………」


 なんて断ればいい?

 違う。多分、わかっているのだ。俺は、ただ。

 自分が責められずに断る理由が、欲しいだけなのだ。


「……まだ、なんとも言えないよ」

「…………」

「ほら、会ったばっかじゃん。これからもっと話したり、遊んだりして、瀬尾くんのことを知らないと、答えなんて返せないよ。な?」

「……うん」


 瀬尾くんは小さく頷く。

 ずるい俺の返答に、無垢な顔で。







 そう焦ることじゃない。

 もう何回か会えばいい。


 そうすればいつか、この恋がまやかしだと気づいて――

 何もかも、うやむやになるはずだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る