勇将

 彼女が現れた瞬間、晴れていた空模様は一変して分厚く黒い雲に覆われていた。


 イーバンダは前線を後退させ、砦に備え付けられた兵器の射程内まで兵を引かせる。


 メフィスの操る人の群れは、メフィスが現れたと同時にその勢いを増し、なりふり構わず突撃してくる。


 しかしその群れは兵器の火力に焼かれて四散する。


 戦場にははじけ飛んだ砂や土、そして血の雨が降り注いだ。


 その中をのうのうと歩いてくるメフィスは、どれだけ激しい攻撃を受けても、その身に傷一つつかない。


 姿勢を崩すことなく歩んでくるその様は、兵士に恐怖と絶望を与えた。


 ――しかしその前にイーバンダが立ちはだかる。


 するとメフィスは歩みを止め、おもむろに口を開く。


 「……あら、アナタがココのタイショウね。フーン……ワタシはメフィス。キミたちにアタラシイセカイをさずけるモノよ」


 半年前よりも言葉が流暢になったメフィスは、太い木のような右手を腰に当てて、余裕を見せるように話す。


 対してイーバンダは手に持った鉄槌を構え、腰を低く落とし、いつでも相手を殴り倒せるようにしていた。


 「これはご丁寧にどうも。俺はイーバンダ。お前の命を終わらせる者だ」


 名乗り終えた瞬間、イーバンダは大地を蹴り飛ばし、一気にメフィスとの距離を詰める。


 「死ね。塵滅断!」


 彼はメフィスの脳天めがけて力の限り鉄槌を振り下ろした。


 その速さはまさに光速のごとし。


 塀の影から見ていた兵士たちの目には彼の動きは捉えられなかった。


 しかしその鉄槌は魔女を殴りつけることはなく、そのまま地面を叩く。


 その一撃は大地を揺るがし、大穴を生み出す。


 その穴の広さは、フェリステアの鳥型のエンデが生み出すクレーターに匹敵する大きさだった。


 「ハハッ、イイネェ! ワタシのエサとしてゴウカクテンをアゲレルヨ!」


 鉄槌を魔法による瞬間移動で空へと回避したメフィスは上から攻撃を繰り出す。


 「業火に灼かれよウィアードツアッシェ


 雨のように降り注ぐ火球は大きな爆発と共に大地を焼き焦がす。


 一瞬で焦土と化した戦場にイーバンダはひるむことなくたたずみ、空にいるメフィスをしっかりと目に捉える。


 何発か火球が彼に直撃するも、彼は態度一つ変えることは無く、ただ一心に魔女の姿を捉え続ける。


 不意に彼は右手を上げる。


 するとその合図を汲み取った兵士の一人が彼へ向けて一本の槍を投げる。


 手に持った鉄槌を地面に降ろし、飛んできた槍を片手でつかみ取ると、空に浮く魔女をめがけて槍を投げるように構える。


 「ふぅ……これが当たってくれるといいんだが……」


 絶えず火球が降り注ぐ中、彼は深く集中する。


 「アハハ! キミそうとうシブトイネ! ならコレはドウ!?」


 メフィスが別の魔法で攻撃しようとして、ほんの一瞬攻撃が途絶える。


 その瞬間を彼は逃さなかった。


 「……! 悪魔め、落ちろ! 穿空!」


 構えから放たれた高速の槍はメフィス目掛けて一直線に空を貫く。


 そうして槍は空に浮かぶ魔女の心臓部に突き刺さった。


 槍に貫かれた魔女は力なく落ちて来る――。


 その様子を見た兵は喜びの声を上げる――。


 しかしメフィスはその槍が体に突き刺さって落ちながらも余裕の笑みを浮かべていた。


 イーバンダが気づいた時、彼女は次の攻撃を放っていた――。


 「――凶風に切り裂かれよディラチェラント


 突如イーバンダは強風に巻き上げられ、身体が空に持っていかれる。


 そしてその強風は巨大な竜巻となり、周辺の簡易なバリケードや転がっていた死体、武器、そして地面までも抉って飲み込んでいく。


 巨大な竜巻に飲み込まれたイーバンダは中で絶え間なく鋭い風による斬撃を浴びせられ続ける。


 それだけではなく、強烈な風に巻き上げられた物が、ものすごい勢いで体にぶつかってくる。


 やがて彼の鎧には傷がつき、防御が薄いところは破られ肌が露出し、鮮血が溢れ出る。


 「アハハ! サスガのキミも、コレからはヌケダセナイでショウ? フフフ! モットオドリナサイ!」


 メフィスはそうして笑いながら立ち上がると、自らに刺さった槍を引っこ抜き体に空いた穴を修復する。


 「オマケもプレゼントしてアゲル。紫電よ貫けリンシュロネッド


 メフィスは竜巻の中にさらに強烈な雷が発生させ、イーバンダをさらに追いつめる。


 ――しかし彼もやられたままではいなかった。


 メフィスが起こした巨大な竜巻は、彼の鉄槌をも空に巻き上げていた。


 彼はそれを竜巻に煽られながらもなんとか手に取ると、空に浮かぶ身体を立てに回転させていく。


 そして巻き上げられた巨大な土の塊を蹴り、回転しながら思い切り地面を叩きつける。


 するとその竜巻は衝撃で消え去ってしまった。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ボロボロになりながらも地に足を踏みしめて立つその姿はまさに”不死の勇将”。


 不安げな声を上げていた兵たちからは歓声が沸き上がった。


 「フフフ……フッ……アッハッハッ! ソウテイイジョウだよ! こんなヒトがいるナンテ、ソウゾウもしてナカッタ! フム……そのヨロイのスキマからミエルウデ……か。ナルホドネ!」


 「次は……こっちの番……だよな?」


 そういうとイーバンダは再び鉄槌を構える。


 しかしその構えはメフィスの言葉によって解かれることになる。


 「イイヤ。ワタシのマケ。キョウはオトナシク、カエルことにスルヨ。ジャアネ」


 そうしてメフィスと後ろに控えていた彼女が操る人の群れは一瞬でどこかへと消え去ってしまった。


 一瞬沈黙が流れるも、やがて塀の裏から歓声が上がり始める。


 そして兵たちはイーバンダの元へ駆け寄ると彼を胴上げし始めた。


 「ばーんざい! ばーんざい! ばーんざい!」


 「お、おい! 傷に響く! 降ろせ!」


 興奮した兵たちはイーバンダの言い分を聞くことなくしばらく彼を胴上げし続けた。


 その後彼らはちょっぴり傷が開いてしまったとイーバンダ、そして彼を治療した医術師に叱られることとなったが、その顔には絶えず笑顔があった。




 ミアルバーチェに戻り彼らは凱旋を大々的に行った。


 街の人々からはその勝利を称えられ、街中お祭り騒ぎ状態。


 彼らは一晩中祝杯に酔いしれることとなった。




   *




 その知らせは組織を通じてカリスたちの耳にも届いていた。


 彼女たちはその知らせに驚きつつも喜びの表情を浮かべていた。


 メフィス化け物は決して倒せない敵じゃない――


 その証明にもなるその知らせは彼女たちのやる気を刺激し、より一層新術の研究に勤しむようになった。


 今回は勝てたけれど、次も勝てるとは限らない――


 もし次の戦いで敗北した際、その絶望は普通のそれより大きなものになる――


 この勝利は人々にとって希望にも絶望の火種ともなり得るのだ。


 三人はその希望の火種を絶望の淵に落とされないように、決意を新たにした。




 ――そうしてイーバンダがメフィスに勝利したという知らせが届いてから十日。


 三人はメフィスに対抗する新たな魔法を完成させた――。

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