奪還
イーバンダがメフィスに勝利してからというもの、兵たちの士気は高まり続け、その勢いは留まるところを知らなかった。
それまで五分だった戦いはミアルバーチェ連合軍が大勝を収め始め、兵たちだけでなく、ミアルバーチェの住まう人々全体の勢いも同時に増していった。
イーバンダさんがいてくれりゃエンデだって怖くねぇ!――
今の俺たちはあの魔女の化け物にだって勝てる!――
もう怯える日々はおしまいだ!――
そうして勢いづいた彼らは、自分たちが抱えていた問題を、大胆な策で解決しようとする。
――それは奴らの巣窟となってしまった町の奪還であった。
ミアルバーチェに住める人数は約二十万人。
しかし現在ミアルバーチェにはその倍以上の五十万人ほどの人が滞在しており、町のインフラは限界に達していた。
急いで町の拡張を行ってはいるものの、資源が足らず、完成したとしてもそこに住めるのは数千人程度。
先の戦いで土地も荒れてしまい、周囲にはとても住めるような場所がなかったのだ。
――度重なる審議の結果、奪還しに行く町は湖北西のオアリア。
インフラが充実しているという点で、南東部のセレネを取り戻すほうが先決ではという声もあったのだが、「セレネは建物の損傷が激しく、ほぼ更地と言ってもよい。逆にオアリアは廃墟という形ではある物の、町の形がまだ残っている」と偵察に出た者たちからの報告が決め手となった。
そうしてイーバンダはオアリアの奪還のための部隊を編成する。
先遣隊。主に足の速い馬の特徴を持つ種族、ライファーで構成された十人ほどの部隊。
部隊長はイーバンダが認めるほど冷静な判断力を持つライファーのカルマという男。
いち早くオアリアにたどり着き、状況の偵察が主な役割となる。
前衛隊。主に戦闘力が高い狼の特徴を持つ種族、フォルティスで構成された百五十人ほどの部隊。
部隊長はその実力はイーバンダに並ぶほどのものと噂されるフォルティスのフェロズという男。
先遣隊の情報をもとに、脅威を排除するのが主な役割となる。
狙撃隊。主に目がよい隼の特徴を持つ種族、アッホーニックで構成された七十人ほどの部隊。
部隊長は狙撃の腕はミアルバーチェで随一とされる種族不明のシリカという女。
前衛隊の支援攻撃や、空に浮かぶ敵の排除が主な役割となる。
医療隊。主に種族を問わず、治療魔法が使える者たちで構成された五十人ほどの部隊。
部隊長は特に治療の腕が立つと言われ、イーバンダの治療も担当していたハイロンという人間の女。
各隊の負傷した兵を治療するのが主な役割となる。
補給隊。こちらも主に種族を問わず、商売をしている者たちで構成された三十人ほどの部隊。
部隊長は商人の中でも最も腕利きと言われているラパンのストールという男。
各隊の物資の補給や糧食の提供が主な役割となる。
そして総指揮官にイーバンダを据えた、約三百人ほどの部隊でオアリアの奪還を実行する。
彼らがオアリア奪還でミアルバーチェを離れる間、龍の特徴を持つドラコニスのグラニという女が代理の指揮官となって、ミアルバーチェの守護を担当する。
グラニはイーバンダの右腕とも呼ばれるほど優秀な将であり、彼が全幅の信頼を寄せる相手。
輝くブロンドの髪を持ち、そこから二本の角が生えており、腰のあたりからは非常に大きな尻尾が生えている。
容姿端麗である彼女は皆から絶大な人気を得ており、ひそかにファンクラブなるものができているとかいないとか。
そうしてオアリア奪還の出発の際、総指揮官のイーバンダから兵の皆へ喝を入れる。
「いいか! 今の俺たちは誰にも負けねぇほどの勢いがある! だが油断はすんな! ここに住まう皆のためにも、俺たちは失敗できねぇ! その命、必ず守り切れ! そんで、奪われたものをしっかり取り返してやろうぜ!」
イーバンダは右腕を空へ高く突き上げる。
すると集った約三百人の隊員たちの声がゴスミアの隅々に届くほどの勢いで轟いた。
見送りに来たミアルバーチェの民からも大きな歓声が沸き、それに激励の言葉を送られながら奪還隊はミアルバーチェより出発した。
*
その様子を天高くから見下ろす一つの影があった。
その影は地上で轟く声を聴いて不敵な笑みを浮かべていた。
「ウフフ……イキオイついちゃって……。サァ……ワタシもカンゲイのジュンビをハジメマショウ……」
オアリア上空に停滞する巨大な雲にとある術を仕掛ける。
「ヨロコンデくれるカシラ? ネェ? イーバンダ、それに――カリス、リアニちゃん、エルちゃん」
そう呟きを残すと、その影はふっと消え去ってしまった。
*
カリス、リアニ、ミシェルの三人はミアルバーチェの人々がオアリア奪還に動き出した、という情報を組織の者から伝えられる。
完成した新術の練度を上げている最中だったが、その急な知らせに三人はどこか嫌な予感を抱いていた。
「うーん……嫌な予感がする……。確かに彼ら……というかイーバンダさんはメフィスに勝ったかもしれないけど……これがもし彼らを調子づかせて罠にはめるつもりなら……」
「こういう時のリアニちゃんの嫌な予感って……結構当たるよね。どうする? カリスさん?」
「……魔法はまだ出来立てで成功率も高いわけじゃない。でも、確かに私もリアニちゃんのその予感、当たってると思う。――よし、オアリアに向かおう」
そうして三人は急いでオアリアへ向かう準備を始める。
バッグに薬や食料、そして対メフィス、エンデ用に作成した魔法具を詰め込む。
そして寝室にあるクロニスとメルティス、そして小さなカリスが映った小さな写真に三人は「行ってきます」というとすぐに出発した。
カリスとリアニは各々
そしてリアニの後ろにミシェルも跨るとすぐに全速力で空を翔る。
年中雪に覆われるルーメンの冷たい風は、リアニの中にある不安な心を煽るかのように大粒の雪と共に彼女たちに降りかかる。
それを魔力の壁を展開して何とか防ぐも、心の不安は拭えない。
不意に自分に抱きついている腕の力が強くなる。
ミシェルだ。
彼女はリアニの不安が大きくなっているのを感じとり、すこしでもそれを晴らせるようにと声をかける。
「心配しないで。私も、カリスさんもついてる。リアニちゃんは一人じゃないの。それに三人で頑張って作り上げた新しい魔法だってある。きっと大丈夫だよ」
「エルちゃん……。うん、そうだね。私が不安がってちゃだめだよね。ありがとう……」
その二人の様子をカリスは微笑みながら見守る。
海を越え、雲を抜けた先に戦火にまみれた地ゴスミアが目に入る。
オアリアではすでに戦闘が始まっており、空中からでもその様子が確認できた。
「もう始まってる……! 早く助けに入らないと……!」
彼らの様子に焦ったミシェルはリアニの袖を引っ張る。
三人は急いでオアリアへ向かうが、その瞬間、リアニは変な感覚を感じ取り辺りを見回す。
「……! お姉ちゃん、上!」
リアニの声にカリスはハッと上を見上げる。
そこにいたのは化け物のようになったメフィスだった。
「フフフ……オヒサシブリ……! ヤッパリワタシのオモッタトオリにサンニンともキタネ。ソンナサンニンにワタシからトクベツなプレゼントをヨウイしたの。タノシンデくれるとウレシイナ!」
――突如頭上の大きな雲から数多の巨大な隕石が降り注ぎ始めた。
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