準備

 「リアニちゃん、カリスさん。私に魔法を教えて」


 夜が開けて、目覚めて一番、ミシェルは二人にそう言って頭を下げた。


 いきなり頭を下げられた二人は戸惑い、ひとまず頭を上げるように言う。


 「いきなりすぎてちょっとびっくりしちゃったよ……えっと……理由を聞いてもいいかな?」


 「……私、お父さんとお母さんを探しに行きたい。きっとあの二人はどこかで生きてる。でも私一人じゃあの町には戻れないし、戻ったところで戦えない。それに……いつまでも二人に守られてばっかでいるのは嫌なの」


 リアニとカリスは顔を合わせる。


 彼女の目に宿る決意は本物だ。


 きっとどんなことも必死に努力し、やり遂げるだろう。


 「気持ちは十分伝わってきたよ、ミシェルちゃん。……わかった。今日から私とリアニちゃんが魔法を教える。ただ一つ約束してほしいことがあるの」


 ミシェルは二人に教えを乞えることにひとまず満足し、その後の約束事に耳を傾ける。


 「――魔法を学ぶことを楽しんで」


 「……え?」


 無理をするな――、焦らずゆっくりと――、悪用するな――


 そんなような約束を想像していた。


 しかしその想像の斜め上をいく約束に、ミシェルは思わず変な声が出る。


 「魔法は種類がもの凄い沢山あって、その分いろんなことができる。ただそのどれもが簡単なわけじゃないし、上手くいかないことだってきっとある。だから強くなるって結果ばかり追い求めるんじゃなくて、強くなっていく過程を楽しんでほしいの。それが強くなることの近道にもなるから――」


 「お姉ちゃん、心配しなくても大丈夫。エルちゃんは学校で一番の成績だったんだよ? そんなエルちゃんならきっと大丈夫だよ。一緒に強くなっていこう!」


 ミシェルは二人の目をしっかりと見て大きく、強く頷いた。




 こうして三人は互いに魔法の力を高め合うため、指導や実践、研究を繰り返していった。


 セレネの学校で一年間、魔法の基礎はしっかり習得していたようで、彼女の飲み込みは二人の想定以上に早かった。


 教えた魔法はすぐにその場で使えるようになったり、応用を利かせたり……。


 それどころか二人にさらに効率よく魔法を放つ方法を提案したりと、あっという間に二人に並ぶレベルへと成長を遂げた。


 学校で主席の成績だったというのは伊達ではなかったようだ。


 それからは、スワヴォータの部族に呪術や霊魂魔法を教わったり、二人で放つ強力な魔法を編み出したり、たまに実験で大爆発を起こして三人で丸焦げになったり……。


 ――そうして過ごすことおよそ半年が経過した。




 未だにゴスミアの地では戦争が続いており、ミアルバーチェを砦とした生存者で構成された連合軍とメフィスが操る人の群れ、そして戦火に引き寄せられた終わりの使徒エンデ・アポストロの三つ巴の戦いとなり、ゴスミアの大地は大混戦状態となっている。


 戦況は主にミアルバーチェの軍とメフィスが操る人が五分の戦いを繰り返し、その戦いに引き寄せられたエンデ達をメフィスが単体で蹂躙している。


 そのおかげかエンデの性質も相まって、エンデ達の標的が戦っている人たちからメフィスただ一人へと切り替わりつつある。


 カリスは組織から、メフィスはエンデを捕食するような行動が確認されており、半年前に確認された姿よりもさらに禍々しく変化し、その力も比にならないほど上昇しているものと思われるとの報告を受けた。




 「いやぁ……あれ以上強くなられんのは困るんだけどなぁ……」


 想定していたとはいえ、いざその報告を受けるとさすがにカリスにもくるものがあり、つい弱音を吐き出してしまう。


 「弱気にならないでくださいよ。あなたの傍には、あなたががいるじゃないですか」


 端末越しの男はカリスを勇気づけるように励ます。


 「そうだけど……極力、リアニにすべてを負わせるようなことはしたくない。あの子はまだ十一歳なの」


 「――たとえ子供だろうが老いていようが、戦えるならそうしなければ生きてはいけない。残酷ではありますが、当の彼女はとっくの昔に覚悟なさっているようです。今我々がどうこう言っても彼女は聞きませんよ、きっと」


 カリスは後ろでミシェルと真剣に魔法の研究に勤しむリアニを見やる。


 本来なら二人とも戦いなんて知らず親に囲まれ守られながら暮らしているはずだった。


 しかしこの世界は彼女たちにそれを許さず、戦いの運命を歩ませる。


 彼女たちに明るく幸せな道を歩んでほしかった――


 それが叶えられない自分の力不足が歯がゆく、握る拳に力が入る。


 「……そうね。そういう子だもの……」


 「すいません、偉そうなことを言ってしまって……。我々も力不足を痛感しております。だからこそ、全力であなた方をサポートさせてもらいます。今はまだ全力で支援体制を整えている最中ですが、その時が来たら……お願いします。――必ず、あの化け物に打ち勝ってください」


 その男の声に力が入る。


 カリスは「任せて」と力強く返事をして通信を切る。


 そこへ先ほどまで机に向かて話し合っていた二人が駆け寄ってくる。


 「ゴスミア……どうなってるって……?」


 カリスは不安そうな目をするミシェルとリアニを交互に見る。


 「正直……あまりよくはない。どうもメフィスはさらに力をつけて暴れまわってるみたい……。でもミアルバーチェにいる人たちが頑張ってくれてるって。だから彼らを早く助けてあげるためにも、この新術を完成させないとね」


 三人が注目するのは実験室中央の机に広げられた、新しい魔法の構想図。


 それは発想だけなら誰でもできるものの、実現は不可能とされていた魔法。


 三人の知恵と発想を振り絞って考えられた、夢のような魔法。


 この魔法が完成すれば、例え相手がさらに進化したメフィスだろうが、大量のエンデの群れだろうが、関係なく葬り去ることができる。


 三人はまさに禁術のなかの禁術という魔法を生み出そうとしていたのだ。


 「……そうだね。ここで落ち込んでなんていられない。早くみんなを助けるためにも頑張ろう。じゃあ早速さっきエルちゃんと話してたことについてなんだけど……」


 そうして三人は再び新術の研究に取り掛かる。


 それ以外にも戦闘訓練や魔法の練習も欠かさず行い、来たる戦いに備え準備を進めていた。




   *




 ミアルバーチェの砦にて――


 度重なる戦いに兵や民は疲弊しつつも、その死傷者は最低限度に抑えられていた。


 この兵を束ねる総指揮官の男の名はイーバンダ。


 常に全身を全長が二メートルほどの鎧で覆っており、その素顔を見たものは誰一人としていない。


 彼は最前線で戦いながらも戦況の変化に細かく気を配り、彼が参加した戦いでは死者は一人も出ない。


 そんな彼はミアルバーチェにて”不死の勇将”と呼ばれ、英雄のような扱いを受けている。


 そんな彼の戦いぶりはまさに”鬼神”。


 魔法を一切使わず、手にした鉄槌のみを持って敵陣に突っ込み無双する。


 その強さは終わりの使徒エンデ・アポストロにも勝ると噂されている。


 ――そんなある日、何度目かもわからない戦いの場にてイーバンダが猛威を振るう。


 


 その戦場に化け物となった”始まりの魔女メフィス”が現れた。

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