問題

 ルーメンの雪山にある拠点にて――


 太陽がその姿を隠し、夜の闇が世界を覆う中、外は猛吹雪が吹き荒れていた。


 あれから十日ほどの月日が流れた。


 ミシェルは未だ悲しみに暮れて涙を流し、リアニはずっと彼女の傍についていてやる。


 一方カリスはどこかノイズが混じる端末を通じて組織と連絡を取り合っていた――。


 「ごめんなさい。私が悠長に事を構えていたせいで……取り返しのつかないことになってしまった……」


 「そう何度も謝らないでくれ。責任は全てを君に任せきりにしていた我々にある。まさかこの一年で人を超えた力を手にしているとは……」


 端末越しに話す男の声は自分を責めるようにその声を落とす。


 メフィスは彼らの想定を超える力をカリスたちに見せつけ、その脅威を知らしめた。


 彼女は今や終わりの使徒エンデ・アポストロに並ぶ、と言っても過言ではない。


 「――しかし、あそこまで裏の人格に飲まれてしまっては……もしかしたらもう二度と彼女の表の人格は外に出てこないかもしれないな……」


 「……えぇ。私にもっと力があれば……」


 「そう自分を責めるな。彼女は君の師匠だったんだ。君の戦力、弱点、性格に至るまで、向こうは全て熟知している。表の人格であろうと勝算は薄かったさ」


 「その発言、さらに私を責めているように聞こえるけど……?」


 「あぁいや! そんなつもりは……すまない」


 端末越しに相手が慌てふためく様子を想像して少し噴き出す。


 「ぷっ――冗談よ、そんなつもりがないことくらいわかってる」


 安堵したようなため息が聞こえてきた後、先ほどの腑抜けた声とは打って変わり、真剣な声色に変わる。


 「とにかく、我々もできるだけ対策を考えてみる。きっとまだ何か……方法はあるはずだ……」


 「わかった。……あぁそうだ、生存者の件。……どうだった?」


 カリスがそう問いかけると、紙をガサゴソと漁る音がしばらくした後、ようやくその答えが返ってくる。


 「えぇ~……っと、そうだね……君に言われた夫婦は未だに見つかってない。ミルクヴァットは未だにエンデが残っていて捜索が難航しているんだ。全く……なにが湖にエンデは近づかないだ……。ただの張ったりじゃないか……っとと、余計な愚痴を挟んですまない」


 「いや、大丈夫よ。こんな状況だもの、愚痴の一つや二つこぼしたくなるものでしょう……」


 カリスは最悪な状況を嘆く相手をなだめる。


 とはいえカリスも内にため込んだものを吐き出したくなる気持ちはよく理解できた。


 「ありがとう。また何かわかり次第すぐに連絡しよう」


 「お願いね」


 そうして通信を終えたカリスの顔には疲労の色が滲んでいた。


 このまま人は脅威に押し潰され絶滅するしかないのだろうか――


 そんな考えが彼女の頭をよぎった――




 カリスが寝室に入ると、そこには泣きすぎて目元が赤く腫れあがったミシェルがベッドに横になっており、それを静かに見守るリアニの姿があった。


 「お姉ちゃん……どうだった?」


 カリスは首を横に振る。


 その様子にリアニは落胆し、再び静かに眠るミシェルに視線を移す。


 その眼はまるで過去の自分を見ているかのような、切ない眼差しだった。


 「リアニちゃん。傷は大丈夫?」


 「うん。お姉ちゃんが治してくれたし、薬も飲んだから平気だよ。……それより、ごめんなさい。約束を破って禁術を使っちゃった……」


 リアニは反省的な目を向けカリスに頭を下げる。


 「謝ることじゃないよ。むしろ褒めるべきことなの。大切なものを守りたいっていうその気持ちはリアニちゃんの強い力になる。これからもしっかり守っていくんだよ」


 リアニは力強く頷く。




 「さて……どうしたもんかねぇ……」


 カリスは寝室の一角にある椅子に座ると、おもむろに足を組んで頬に手を置く。


 目の前の机には変化した後のメフィスの大雑把な絵が描かれ、いくつか注釈が添えられていた。


 リアニもその隣へ椅子を持ってきて腰を下ろす。


 「そういえば……メフィスはどうやってゴスミアで一斉に戦争を起こさせたのかな?」


 その点はカリスも気になるところではあった。


 セレネの街で襲い掛かってきたのは街人全員ではなかった。


 またミルクヴァットの街を横切った際にも、狂ってしまった人とそうでない人に分かれていた。


 別れたその二つの派閥が争い合うことで、各地が戦場と化してしまったが、どうやって一斉に人々の理性を無くし、狂人へと変貌させたのか、その手口はわからないままだった。


 「可能性としては、強烈な支配欲を乗せた魔力を放って、それに負けた人が狂って暴走を始めたっていうのが一番高いかな……。魔力は思いを具現化するための力、つまり力の許す限りは何でもできるっていうのは、この一年で教えたよね。特に魔力干渉に長く触れ続けてきたメフィスだから……そうやって他人を操るのも容易だと思う……あくまで推測ではあるけど」


 傍から聞けば、あまりにも無茶苦茶な話だが、彼女の魔力の質、量、圧を直に感じたからこそ、その推測は納得のいくものだった。


 「無茶苦茶だよ……メフィス一人でもすごく厄介なのに……戦争も引き起こせるなんて……」


 「まだゴスミアだけに留まっているのが不幸中の幸いだね。これが全世界に広がったら……それこそ人は今度こそ滅びてしまう」


 人々を守る魔女はあろうことか、人々を滅ぼしかねない魔女へと変貌してしまった。


 さらにエンデよりも活発に動く分、メフィスの方が何倍も厄介と言えるだろう。


 そんな彼女を止める方法を何とかひねり出そうと、二人は必死に頭を働かせる。




 そんな中、リアニは一つ気になることをカリスに尋ねる。


 「さっきちょっとだけ聞こえてたんだけど……メフィスの表の人格と裏の人格ってどういうこと?」


 「あぁ……まあいっか。メフィスにはね、言った通り表裏で人格が変わる。と言っても私も今回見たのが初めてなんだけどね。そのこと自体は組織からの報告で知ってはいたの。まあ表と裏の人格の違いについては……説明するまでもないかな。本来彼女は優しい人だった。ただオブスカーラの一件以降、裏の人格とも呼べる彼女が誕生した。そう聞いてるわ」


 オブスカーラの大国での大量虐殺、それが彼女を変えてしまう決定的な事件となってしまったと語るカリスのその顔は、どこか後悔に満ちているようだった。


 「じゃああれは……私の魔力が暴走したときみたいな状態ってこと?」


 「ん~……厳密には違うみたいなんだけど、端的に言えばそう。何かのきっかけか、はたまた表の人格が押し負けてか、裏の人格の彼女が出て来ると、まるで化け物になったみたいに殺戮を楽しむそうよ。その様子は……実際に見たね……」


 カリスはその後も淡々と裏のメフィスについて語ったが、リアニはその言葉のどれもがあまり信じられず、しっかりと頭に入ってこなかった。




 「――っとまあ、そんな感じ。まあ倒すべき相手に違いはないから、あまり気にしなくてもいいよ。表が比較的弱いメフィス、裏が強くて面倒なメフィスって覚えとけばそれでいいよ」


 リアニはふと一年前のカリスに襲われた時のことを思い出す。


 「一年前、私とお母さんと一緒にメフィスも追いつめてたでしょ? 表の人格にできたら何とか倒せるんじゃない?」


 カリスは首を横に振ってそれを否定する。


 「彼女にはまだ使ってない禁術がある――」


 その後彼女が語った禁術はとても信じられないものだった――。

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