解放
カリスはその後とある魔女にその命を助けられる。
しばらくして目覚めたカリスの心の内にあったのは、強い怒りと悲しみだった。
その感情を哀れに思った魔女は、カリスに人を殺す術と人を助ける術の両方を教えた。
魔女に教えを乞う内に、いつしか自分の中の怒りと悲しみは薄れていった。
その魔女を師匠と呼び慕っていたカリスは、師匠である魔女が行うすべてに深い敬意を抱いていた。
ある日、師匠である魔女はカリスを置いて一人どこかへ行ってしまった。
「大事な用事だけど、あなたは連れていけないから、ここで待っていて。大丈夫、すぐに戻ってくるから」
そう言ってどこかへと飛び去ってしまった彼女は、カリスがいくら待てど帰ってくることは無かった――。
父親の一件を経験していたカリスは、待ち続けることにトラウマを覚えていた。
ついに待ち切れなくなったカリスは、師匠の部屋の中を漁り、彼女がどこへ向かったのかを探る。
するとそこには一つの手紙が残してあった――。
私の大切な弟子カリスへ
この手紙を読んでいるころには、私はきっと死んでいることでしょう。
私は南にあるオブスカーラの大国へ向かいます。
そこで私が何をしたのかは、自分の目で確かめ、その後私をどう思うか、あなた自身で決めてください。
どうか馬鹿な師匠をゆるして。
メフィスより
カリスはその手紙を握りしめ、急いでオブスカーラへ向かった。
彼女の目に映ったのは、滅ぼされた大国とその周辺を歩き回る化け物たちだった――。
聞いた話では、とある魔女が一人でこの国を滅ぼしたという。
その名は”始まりの魔女メフィス”。
その後、大罪人として世界的手配されたメフィスは、その名を変え、世界各地を転々とすることになる。
カリスはその動向を必死に追う中で、とある秘術を身に着ける。
それは彼女の手を真っ黒に染め上げるものだったが、メフィスの裏切りへの復讐心は、彼女にどんな手も使わせるほど強大なものだった。
それだけに留まらず、裏切られた悲しみは、薄れていた母親への憎しみをも掘り起こした。
メフィスの指名手配を発令した組織は、その弟子であるカリスにも接触してきた。
組織はカリスは何も知らされておらず、すべてメフィスの独断であることを知ると、その力を買ってメフィスと彼女の息がかかったすべての人を殺すように命令をしてきた。
その命令を承諾したカリスは、ある日フェリステアにある村にメフィスが現れたという情報を手に入れる。
すぐさまそこへ向かい秘術を使って村を滅ぼそうとすると、その村から一人小さな女の子が脱出してくる。
命令に忠実だった彼女は、その女の子も殺そうとするも、とある魔女にそれを阻まれる。
その魔女は目的のメフィスその人であった――。
彼女との実力差が分かっていたカリスは、その後の彼女の動向を監視するために、氷の槍に自分の召喚獣である極小のクモを乗せて放つ。
自分では動けないというデメリットを持つ代わりに、術者とどれだけ離れていてもその五感を共有できるという性能を持った、偵察や監視にはもってこいの召喚獣である。
そのクモは狙いとは外れて小さな女の子についてしまったが、幸いにもメフィスが彼女たちと一緒に行動してくれたおかげで、その後の動向は狙い通りに監視できた。
――その監視の中で、彼女はもう一人の復讐相手も見つけ、さらにあの小さな女の子の正体も知ることになる。
彼女の正体を知った日、カリスは酷く後悔をした。
仕方のないことだったということは分かっていた。
ただ、命令だったからと片付けられることではなかった――。
メフィスの監視を続ける中で、カリスはメルティスが見せる優しさに、ルーメンでの暮らしを思い出した。
あの場での温かい暮らしが戻ってくることは、もう二度とない。
自分は享受できない母の優しさに存分に包まれている妹の姿を見たカリスの心には、彼女を傷つけてしまった罪悪感よりも、彼女への嫉妬が勝ってきてしまった。
そうして彼女はその負の感情に自分を支配させ、あの日、ついに奇襲を仕掛けたのだ。
結果は失敗だったものの、カリスはどこかホッとしていた。
自分の負の感情を全開にしてぶつけた結果、妹に打ち砕かれたのだ。
リアニが魔力を解放したとき、彼女の思いもまた一緒に伝わってきた。
(私は、カリスお姉さんにも仲良くしてもらいたい……!)
その思いは、カリスを支配しきっていた負の思いに綻びを生じさせるものだった。
今までに何人もの人をその手にかけてきた。
あまつさえ自分の母親を憎み、妹すら妬んでその身を傷つけてしまう。
この感情に任せて人を傷つけてしまった以上、自分はもう二度と救われるべきではない、そう思っていた。
しかし、リアニはどうしよもない自分にすらその手を差し伸べてくれた。
自分を救ってあげたいと思ってくれた。
その思いだけで十分だった。
結果カリスは逃げる二人を見逃した。
追いかけ仕留めることなど造作もなかったが、そんな気は微塵も起きなかった。
*
カリスは暴走するリアニのが作り出したドームの元へと近づく。
しかし彼女の魔力によって作られた巨大な壁は、その侵入を拒む。
「やっぱりそうだよねぇ……。ここはお姉ちゃんの本気を見せる時だね!」
カリスは自分の持つすべての魔力を一点に集中させる。
彼女は自分を荒れ狂う雷雨から守っていた魔力壁すらその糧とする。
「今だ! リアニちゃん、お姉ちゃんも中に入~れ~て~!」
次の瞬間カリスはその魔力を一点に向けて解き放つ。
その魔力砲を受けた壁には大きな穴が開いた。
カリスはその隙を逃さず、魔力切れで朦朧とする意識を必死につなぎ留めながら、魔法陣を展開させる。
その魔法陣はカリスをドームの中へ吹き飛ばす。
その中は森があったとは思えないほど更地になっていて、魔力の嵐が吹き荒れている。
その中央には絶えず暴走した魔力を解き放ち続けるリアニの姿があった。
「えへへ……りあにちゃん……おねえちゃんが……きたよ……もう、だいじょうぶ……だから……」
カリスは吹き荒れる嵐の中、ふらつく足で懸命に立ち上がると、一歩一歩リアニの元へ近づいていく。
途中で魔力にあおられ何度も倒れるも、倒れた分だけ何度でも立ち上がり、また必死になって歩みだす。
「来るな! お母さんを傷つけたカリスも、私に嘘をついたストラも、大嫌いだ!」
その声はリアニのもののようで、リアニのものではなかった。
それは彼女の強い思いに呼び覚まされた負の魔力。
それが彼女を支配し暴走させているのだ。
「りあに……ちゃん……ちからに……のまれないで……」
「私に――近づくなぁ!」
リアニと触れられるまであと数歩というところまで来る。
次の瞬間、魔力の嵐がカリスの体を切り刻む。
その刃にさらされ、全身傷だらけになったカリスはついに立ち上がれなくなってしまう。
(あと……もう少しなのに……)
「――カリス! 私の――魔力を受け取りなさい!――」
カリスの中にどこか懐かしい魔力が流れ込んでくる。
その魔力の主は、彼女が長年恨み追い続けたメフィスのものだった。
「へへっ……こういうときだけ……かっこつけやがって……くそばばぁ……」
血を流しながらも立ち上がると、傷を癒しながら前へと進む。
その間も絶えず魔力の刃がカリスに浴びせられるも、彼女は倒れることなくリアニの元へとたどり着く。
「りあに……ちゃん……もどって……きて……」
カリスがリアニの体へと抱き着いた瞬間、リアニの体は大声をあげて苦しみ始める。
暴走した魔力は最後の足掻きでカリスをリアニごと切り刻みにいく。
「させ……ない……!」
カリスは自分の治療を捨て、リアニの体を全力で治す。
次第に彼女たちを刻み付ける刃の威力が弱まっていく――。
傷だらけの腕の中で少女の体は力尽きた。
魔力の壁が崩れ、空は晴れ渡り上り行く朝日が顔を見せ始めた――。
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