過去
魔力でできたドームがノクタルムの森を飲み込んでいき、その大きさはノクタルムの半分以上を巻き込むほどにまで成長する。
その魔力が起こした乱流は雷雨をより一層激しくし、いくつもの巨大な竜巻を発生させる。
荒れ狂う天候は大地を抉りのみならず、人々が住まう建物やこの地に蔓延るエンデまでをも破壊していく。
その影響はノクタルムだけに留まらず、ゴスミアの大陸全土にまで及ぶ。
「いやぁ参ったね……。適当に刺激してリアニちゃんからメフィスを引き離せれば、それでよかったんだけど……まさかあの子がこんなにも魔力を秘めてるだなんて……。引き離すどころの話じゃなくなっちゃったねぇ……」
吹き飛ばされた先、ノクタルムのさらに南の空中でカリスは魔力のドームを見ながらあごに手を置いていた。
巨大な山々が立ち並ぶその場所は、この悪天候で土砂崩れや洪水が頻発する。
目下の大地は流れた大量の土や水、倒された木々や巻き込まれたエンデで荒れ放題だった。
――不意にどこからともなく声がする。
「――あの壁はリアニの心の現れ。今のあの子はすべてを拒絶し僕の声も届かない。……身勝手な願いっていうのは分かっている。だけど――お願いだ。僕たちの子を、君の妹を……救ってくれ、カリスお姉ちゃん――」
カリスはその聞き覚えのある声の主を探そうとして、周囲を見回す。
必死に辺りを見回すも、そこには誰の姿も見当たらなかった。
「ははは……私はもう……お姉ちゃんなんて……資格はないよ……お父さん……」
カリスの脳裏には子供の頃の記憶がよぎる――。
*
カリスは雪に囲まれた小さな村の中で生まれた。
北の大地ルーメンで両親や村の人達に大切に育てられた彼女には、優れた魔力の才能があった。
父親は魔法、魔力の研究を行う機関
彼が行っていた研究は空間魔法力を利用した道具の開発、またその代替のエネルギーとなる魔力への適応とバッテリーの開発であった。
母親には目立った魔力の才能はなかったが、狩りの腕は一流であり、獲物を逃したことは一度もない。
その研究は彼女が行う狩りの一助になればと始めたものだった。
そのカリスの魔力の才能は、雪山で狩りを行う母の支えとなるため、村の人の怪我を治すため、また父の研究を手伝うためなど、様々な面で発揮され、皆がその力を頼りとしていた。
ある日、カリスはいつものように家で母親の料理の手伝いをしていると、父親の部屋から何かが爆発したような大きな物音がする。
魔力はエネルギーそのものであり、その出力を誤れば効果が無くなったり、逆に暴走してしまうこともある。
その魔力を利用した道具の開発は試行錯誤の連続。
このような物音は日常茶飯事だった。
「あっ、またお父さんが失敗したね。カリス、ちょっと見てきてあげて」
「はぁ~い」
母親に言われるがまま、カリスは二階にある父親の部屋まで駆けていく。
部屋の外にまで焦げ臭いにおいがしており、その不快なにおいには鼻が曲がりそうだった。
部屋の扉を開けると、そこには真っ黒な顔をした父親が椅子にもたれかかっていた。
彼はカリスが部屋に入ってきたことに気づくと、煤だらけの顔に笑みを浮かべた。
「ハハハ、お父さんまた失敗しちゃったよ。おかしいなぁ、今度は上手くいくと思ったのに……」
「もう! 臭いよ! 早く洗ってきて!」
腰に手を当てて怒るカリスは、彼にそう言うと、部屋の二重窓を少し開ける。
外からは強烈な冷気が入ってくるが、部屋の中の煙は外へ出さなければならないため、仕方がないのである。
父親は言われた通りに浴室へ向かうと、数分後にはその顔や腕に付いた煤をきれいに落として出てきた。
ちょうどそのタイミングで母親がご飯を作り終え、食卓に並べ始める。
一階に降りてきたカリスは、それを手伝い並べ終わると食卓について二人が揃うのを待つ。
新しい服に着替えた父親、料理に使った器具をあらかた片付けた母親も食卓につくと、三人で手を合わせ、食材へ感謝の意を伝える。
そして三人、口をそろえて「いただきます」と言うと母親が用意したその料理を食す。
何も特別なことは無い、当たり前の日常。
カリスはいつまでもそれが続くと思っていた――。
――父親の部屋から鳴る爆発音の何倍もの轟音が響き、外からは悲鳴が上がる。
窓の外を見ると、白い装束に身を包んだ人が十人ほど、村の建物へ向けて圧縮した魔力の球を放っていた。
深くフードを被り、その顔は正確に確認はできないが、体格から人間だけではなく他の種族も混じっているようだった。
「メル、カリス! 君たちは最低限の荷物を持って、裏口から逃げろ!」
「お、お父さんは……? お父さんも一緒に逃げようよ!」
カリスは父親にしがみつき、一緒に逃げるようにと懇願する。
そんなカリスの頭に手を置くと、彼はしゃがんでカリスの目を見て話す。
「お父さんは村のみんなを守らなきゃいけない。それにお母さんのお腹の中には新しい家族がいるんだ。だからカリスがお母さんとその子をしっかり守ってやってくれ。大丈夫だ。あいつらを追い払ったらすぐに迎えに行く」
不安でいっぱいのカリスをギュッと抱きしめると、背中をポンポンと叩く。
「もう名前も決まってるんだぞ? 男の子ならレスト、女の子ならリアニだ。お父さんやお母さん、それに新しく生まれてくる子に、カリスお姉ちゃんはすごいんだぞ! ってところを見せてくれ、な?」
カリスは涙ぐみながらも力強く頷くと、荷物をまとめたメルティスと一緒に裏口から逃げだす。
直後その家も攻撃され、跡形もなく吹き飛ばされるも、二人は懸命に雪原を駆ける。
父親が相手の注意を引いてくれたおかげか、二人に追手がつくことは無かった。
それから何日も吹きすさぶ雪に耐えながら、村から離れた雪山にある父親の秘密基地にたどり着く。
ここは彼がどうしても家ではできない実験を行うときや、メルティスに怒られて拗ねてしまったときに使う場所で、カリスは何度もここで彼の実験を手伝っていた。
そこには彼の実験をまとめた資料や道具、失敗に終わった残骸や、研究途中の試験品、それに数日分の食料と水などがごった返しになっていた。
彼には物を整理する癖が無かったため、部屋の整理をするのはいつもカリスかメルティスだった。
「げっ! 前来た時より散らかってる……もう……」
「フフフッ、まあお父さんらしいね。早く片付けちゃいましょうか、カリスはその実験の道具を片付けてくれる?」
「はぁ~い」
そうして何とか秘密基地の中を片付けた二人は、そこで何日も、何十日も、父親が迎えに来てくれるのを待った。
――しかし、彼が姿を現すことは無かった。
「う~ん……お父さん、私たちがどこにいるのかわからないのかなぁ……?」
全く自分たちを迎えに迎えに来ない父親に待ち切れなかったカリスは、メルティスへ一度村まで戻ろうと提案する。
しかし彼女は「お父さんは絶対に約束を守ってくれる。だからもう少し待ってみない?」と焦るカリスを止めようとする。
「でももういっぱい待ったよ。それに食べ物だってもうなくなってきてるし……一回戻ってみよ?」
それに折れたメルティスは二人で一緒に村へと戻る。
慎重に雪山を下り、懸命に駆けた雪原を歩いて、ようやく村が見える場所に着いた時、二人の目には衝撃的な光景が映っていた。
建物は跡形もなく壊され、白い装束の者がその残骸を漁っている。
村の中央には何かを燃やしたような跡があった。
メルティスにはその燃えカスがはっきりと見えたようで、口元を抑えて膝をつく。
目の前の光景が信じられず、カリスはその場に立ち尽くしていた。
その時、白い装束の者の大声で話し合う声が聞こえてきた。
「――おい! なんか見つかったか?――」
「――何もねぇ! どこもかしくもごみの山だ!――」
「――チッ! あのクロニスとかいう研究員、どこに成果を隠しやがった?――」
クロニスという名前に二人は反応する。
「――だから殺すなって言ったじゃないですか!――」
その言葉を聞いた瞬間、カリスの内からどす黒い魔力が解き放たれる。
その魔力に気づいた白い装束の者たちは、一斉にカリスへ攻撃を仕掛ける。
――しかし彼女にその攻撃が届くことは無い。
「お父さんを……返せぇぇぇぇ!!!」
その後辺りには断末魔が響き続けた。
辺りが静まり返る――。
彼らの死骸の上に立つ少女は、返り血を浴びた死神のようだった。
その死神はいきなり飛んできた氷の槍に体を貫かれる。
その槍が飛んできた先を見ると、そこには変わり果てた娘の姿に涙する母親の姿があった――。
「ごめんなさい……カリス……」
少女が最後に目にしたのは、背を向けてどこかへ去り行く母親の後ろ姿だった。
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