変化

 ヴェルナーが呼び出した五人の人間にそれぞれ話を聞く。


 彼らはそれぞれ違う場所に住んでいたとのこと。


 冷静に見たものをそのまま話す者、混乱してめちゃくちゃに話す者、必死になってその恐怖を話す者など、その様子は様々で内容にもあまり一貫性がない。


 ただ五人とも口をそろえて言っていたことがある。




 「どこからともなく現れた女が、いきなり化け物になって襲い掛かり、人を二、三人殺した後、他の人間には目もくれずに、元の姿に戻ってどこかへ消えた」




 エンデが襲ってくる際に姿が変わるのは珍しいことではない。


 現にフェリステアの狼型のエンデは他の者に襲い掛かるときに、大きく姿が変わり凶暴性が増す。


 そして周りのすべての者を殺し尽くすと、その姿を元に戻し、新たな獲物を求めてさまよい始める。


 それ自体は他のエンデにも見られる特徴であり、不自然な点はない。




 ただ今までのエンデと明らかに異なる点は、何人か殺した後、周囲にまだ獲物がいるのにも関わらず、殺戮をやめて姿をくらました点だ。


 エンデはどんな姿かたちをしているものでも、一貫してその攻撃性が高く、己以外はすべて敵だと認識していて、例え同じ姿をしているエンデにも容赦なく襲い掛かる。


 その上復活後の復讐性も相まって、世界各地でエンデの同士討ちが行われている。


 その様はまさに地獄そのもの。


 その特性を持つはずのエンデが殺戮のをやめてどこかへ去ってしまったというのだ。




 「んん~……。初めてのタイプね……。正直人に化けれる時点で打てる手はないね。町に新たに人を入れないようにするしかないと思う」


 「やはりそうするしかないか……。私もより多くの人と共に生きていきたい。できれば正門前の人も皆、受け入れてやりたいのだ……。しかし……」


 ヴェルナーは葛藤の表情を見せる。


 これだけ豪華の暮らしをしていても、その根は世界に追い詰めれられた人間の一人に過ぎず、より多くの人間と手を取り合い生きていきたいという思いは、フェリステアでカリスとエンデ達に襲われた貧相な村の人々と何も変わらないのである。


 「こっちも帰ってきたばかりで今はそんな余裕がないけど、手が空き次第調べて何か対策を考えてみる。そっちはこの混乱をできるだけ穏便に鎮めるように努めて。ただし、絶対に外の人間を町に入れちゃ駄目よ。さっきの五人も例外じゃない。すぐに町の外に出したほうがいい」


 「わかりました。お忙しいところに無理を言って申し訳ないです。後ほど相応の謝礼をご用意させていただきます」


 ストラはヴェルナーとの話し合いを終えると荷物を持って立ち上がり、リアニの手を引いて屋敷を後にする。




 夕日が沈み始め、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。


 「ごめんね、リアニちゃん。嫌な話を聞かせちゃって……」


 「ううん……。大丈夫……」


 二人の間に沈黙が流れる。


 エンデの脅威から逃れるために、海をまたいでこのゴスミアの地へやってきた。


 ただその地で待ち受けていたのは、安寧ではなく新たな脅威だった。


 こんな話が信じられるだろうか。


 希望に満ちたその先にも、終わりの使徒は着実に侵食していたのだ。


 残酷な運命はそう易々とリアニの手を放してくれなかったのである。


 この世界はどこまでも非情で残酷だった。




 空が夜の闇に覆われ、月明かりはミルクヴァットの町並みを照らす。


 大通りを行き交う人々の数は、明るい時間ほどではないが、未だに賑わいを見せている。


 建物から零れる明かりは、この道をおしゃれに彩り、賑わう酒場からは愉快な歌声と笑い声が、気分を高揚とさせる。


 「リアニちゃん。どこか気になるお店はある?」


 「……お腹空いた」


 この町についてものを見て回る際に、少々買い食いした程度で、ちゃんとした食事がとれていなかった。


 すでに夜ご飯の時間でもあり、空腹を訴えるのは当然のことだった。


 「じゃあ何か食べに行こうか。どんなものが食べてみたい?」


 「……あれ」


 リアニが指を差したのは、パンにビーフシチューをつけてほおばる男の姿。


 「ビーフシチューね。わかった、じゃあこのお店にしよっか」


 ストラはリアニの手を引き、店の扉を開ける。


 チリンチリンと扉に着いたベルが鳴り、店員の明るい「いらっしゃいませ!」という挨拶が二人を出迎える。


 二人は開いていたテーブル席に着くと、接客を担当している明るい女の子がやってくる。


 「ご注文どうぞ!」


 「ビーフシチューとパンを二つずつ。あとお水も二つお願い」


 「はい! ビーフシチューにパンと、お水が二つずつで……ん? あっ! ストラ様じゃないですか! 帰ってらしたんですね!」


 「ほんとに戻ってきたばかりよ。繁盛してるみたいね、エルちゃん」


 エルちゃんと呼ばれたその女の子は、頭に三角巾をつけ、水玉模様のエプロンをつけており、相手がストラであることに気づくと、その来店を嬉しそうに喜び、楽しく話し始める。


 「おかげ様です! いつも皆さんにはご贔屓にさせてもらってありがたいです! それで……こちらのとっても可愛い子は?」


 いきなり知らない女の子に”とっても可愛い”と言われて、リアニは顔を赤くしてしまう。


 「この子はリアニ。大切な友人の子で、今は訳あって一緒に暮らしているの」


 「そうなんですか! こんばんは! 私はこのお店のお手伝いをしてるミシェルって言います! エルって呼んでください!」


 「……リ、リアニです。よろしく……お願いします、エルさん」


 恥ずかしがりながらもリアニはミシェルの顔を見て挨拶をする。


 ”挨拶は相手に伝わるように、しっかり相手の顔を見なさい。”


 母からの教えはしっかりと守るのが彼女だった。


 「か、かわいい……! 呼び捨てでも大丈夫ですよ、リアニちゃん! 料理の方、すぐに用意するので少々お待ちくださいね!」


 そう言うとミシェルはキッチンの方へ引っ込んでいく。


 ストラはリアニとミシェルが仲良くなれた様子に満足そうに笑みを浮かべた。


 (エルちゃんなら……この子を……)


 リアニは物珍しそうに、店の中を見る。


 店は明るいライトに照らされて、壁にはフラワーリースや小さな絵画などが飾られている。


 この店は入って左側にテーブル席、右手にカウンター席とキッチンがあり、ほぼ満席の状態で、人の話し声で賑やかな雰囲気で、いるだけで明るい気持ちになってくる。


 その様子をストラは静かに見守っていると、ミシェルが両手におぼんを持ってキッチンから出てきた。


 「お待たせしました! ビーフシチューになりますね! パンはシチューにつけて食べてもおいしいですよ! ごゆっくりどうぞ!」


 出されたビーフシチューは、出来立てでホカホカの湯気が立ち上る。


 丸っとしたパンは見るだけでその柔らかさが伝わってくる。


 二人は手を合わせて、食材への感謝をすると、口をそろえて「いただきます」と言うと、まずはビーフシチューを口に運ぶ。


 口に入れた瞬間、豊かな香りと深い味わいが口いっぱいに広がり、コクのあるシチューが舌に絡まる。


 続いてパンを浸して食べると、ふわふわなパンにシチューがしっかりと浸みこみ、温かな味わいになる。


 「どう、リアニちゃん? おいしい?」


 「うん。すごくおいしい。すごくあったかい……」


 リアニはこの町の多くの温かさに触れ微笑む。


 それはリアニがこの町で見せた初めて見せた笑顔だった。

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