混乱

 食事を終えた二人は、足りない食材を調達するために小屋近くにある大きな町へ向かう。


 その町は高い城壁に囲まれ、外から内部の様子を確認することはできない。


 以前住んでいた近くにあった村を覆っていたそれとは、比べ物にならないほど強固なものとなっている。


 その町へ向かう一本の大きな道は、町へ入ろうとする商人や貴族のような振る舞いをする人、早く入れろと懸命に叫ぶ一般人が入り乱れて、半ば混乱状態だった。


 「んん~……今日はいつもに増して人が多いね……。仕方ない、ほんとはダメだって言われてるんだけど、特別な道で行こっか」


 ストラはリアニの手を引き、人混みを抜ける。


 雑多に生えた木々を抜けると、人一人がようやく出入りできるほどの小さな入り口と、そこを守る門番の姿が見えてくる。


 向こうもこちらに気づいたようで、一瞬警戒するも、相手がストラだと気付くとすぐに武器を下ろす。


 「ストラ様。お久しぶりでございます。本日はどのような……。えぇと、こちらのお子様は……?」


 「久しぶり、門番さん。この子は大切な友人の子でリアニちゃんって言うの。この子の身柄は私が保証するから安心して。今日は買い出しに来ただけ」


 「買い出しなら正門からと何度も……。いえ、本日は目をつぶりましょう。リアニさんですね。初めまして。私はこの国の門番をしているガリンドと申します。門番さんとお呼びください!」


 傷心中にいきなり話しかけられて驚いたリアニは、頭を下げるとすぐにストラの後ろに隠れてしまう。


 無理に接触させてしまったストラは少し反省しながら、後ろに隠れてしまったリアニの頭を撫でる。


 「ごめんね、ちょっと人見知りなところがあるから……。それで、正門前の行列すごかったんだけど……何かあったの?」


 「はい、それなんですが……。実は周辺のいくつかの村と町がエンデに襲われたらしいのです。僕はてっきりその件で呼ばれたのかと思ってましたよ」


 ”エンデ”。


 ゴスミアに着いて早々その名前を聞くとは思ってもみなかった。


 今リアニに聞かせたくない単語、堂々の一位である。


 「なるほどね。今はちょっと忙しいから手は貸せないかもしれない」


 「わかりました。中の者にも同じようにお伝えください。さぁ、ではお通りください」


 そうして二人は門番が明けた扉をくぐる。


 扉をくぐって目の前にあるのは、この国の警備の詰所の一つ。


 言われた通り、詰所にいる警備にもリアニのこと、そして手は貸せない旨を伝えると、すぐに詰所を出て大通りに向かう。




 「お姉さん、ここは?」


 「あっ、ごめんね、何も伝えずに連れまわしちゃって。ここはミルクヴァットっていう町で湖周辺の町の中では一番歴史が浅い町なの。つまりできたばっかってことね」


 「あの門番さんと仲が良かったのはなんで?」


 「私はこの町の魔法研究に力を貸してて、その代わりにこの町のみんなに良くしてもらってるの。だからこの町の大体の人とは知り合いなの」


 そんな会話をしながら大通りに出る。


 正門から入ってすぐにあるこの通りは、正門前の混乱した騒がしさはなく、出店や客引きなどでにぎわっている。


 どうやら、町の中へ混乱を持ち込まないように、正門の出入りを制限しているようだ。


 (それがいつまで持つか……。時間の問題ね……)




 二人はまず大通りに出ている出店を見て回り、食材を見て回る。


 ここには色とりどりの果物や野菜、乾燥させた肉の塊や見たこともない魚、香辛料など、ないものがないと思えるほど様々なものが売られている。


 目新しいものはその商品だけでなく、建物の様式、人の多さ、雲一つない空、暗さのかけらもない明るい雰囲気、そのどれもがリアニには、この世のものではないと思えるほど眩しく目に映った。


 フェリステアにいたころには想像もできないような、発展した町を目の当たりにして感動すると同時に、この景色をお母さんと一緒に見たかったという悲しみの感情も沸き上がる。




 目に涙を潤ませるリアニに気づいたストラは、そっと彼女の頭に手を置いてやる。


 すると彼女はストラに抱きつくと、静かに泣き出してしまった。


 ストラは大通り沿いに置かれたベンチまで彼女を連れていくと、一緒に座ってその小さな体を抱きしめてやる。


 「――泣きたいときは、思いっきり泣いちゃえばいいの。我慢しなくていいんだよ」


 その言葉を聞いたリアニは、ギュッとストラに抱きつくと思い切り泣き出した。


 湧き上がる感情を留めることなく、涙となって溢れ出す。


 ストラはその感情を静かになだめながら受け止める。




 そうしている中、不意にストラは声をかけられる。


 「ストラ様! 探しましたよ、今よろしいでしょうか?」


 状況が見えていないのか、それとも全く空気が読めないのか。


 どちらにせよ配慮に欠く声掛けにストラは苛立ち、語気が少し強くなる。


 「今がよろしいように見えるかよ。後にして」


 「失礼いたしました。ではご都合のよろしい時に、ヴェルナー様のもとへお越しいただきますようお願いいたします」


 そう言うと、最悪なタイミングで話しかけてきた警備の男は、そそくさと持ち場へ戻っていった。


 「いや今は手を貸せないって……もういないし……。リアニちゃん、ごめんね。大丈夫?」


 自分の腕の中で泣いていた少女はうんと頷くと、涙を拭いてベンチから立ち上がった。


 「よし! じゃあ買い物してからちょっと寄り道していくね」




 二人は最低限の買い出しを済ませると、先ほどの警備に言われた通り、この町の最奥の高台にある、町の長ヴェルナーの屋敷を訪ねた。


 扉を叩くと、その扉が開けられて中にいるヴェルナーの従者が挨拶をする。


 「お待ちしておりました。ストラ様。そしてリアニ様。ヴェルナー様がお待ちです、こちらへどうぞ」


 二人は従者に案内され、屋敷の奥の部屋に進む。


 部屋の前まで来ると、従者が扉を叩く。


 「ヴェルナー様、お二人をお連れいたしました」


 「通せ」


 中から男の声がした後、その従者は扉を開け二人を中へ案内する。


 その部屋は扉の奥の一面がガラス張りで、そこからは湖が一望できる。


 部屋の両サイドにはいくつもの棚が並べられ、豪華な装飾がなされた物が整然と並べられている。


 中央には白い机が置かれ、それを挟むように赤地のソファが置かれている。


 声の主は部屋の奥の大きく立派な机の奥に腰掛けており、その手には煙をふかしたパイプが握られていた。


 「さあ、お二人とも、おかけください」


 二人がソファにかけた後、その男も対面のソファに腰を下ろす。


 「この子の前でタバコはやめて」


 「おぉっと、これは大変失礼いたしました」


 ヴェルナーはパイプを部屋の奥にあるパイプスタンドへ置くと、要件を話し始める。


 「さて、ストラさんは周辺の村や町にエンデが出たという話は耳にされてると思います。もちろん今回はお力をお借りすることができない旨もうかがっております。ただ今回現れたというエンデについて聞きたいのです」


 「私はそいつを見てない。だからそいつがどんな奴なのか教えられないよ」


 「ごもっともです。ですので、正門前でエンデを見たというやつを何人か連れてまいりました。その者たちから、どんな奴だったか聞いて、どうすればよいかご指導いただきたいのです」




 エンデは大前提として、殺し切ることができない。


 何とかして殺したとしても、またすぐに別の場所で復活してしまう。


 さらにそのエンデは殺された復讐に駆られ、どんな場所で復活してもすぐにその場へ戻り、復讐を為し得るまで止まらない。


 一時的に脅威を退けるどころか、より進化して復活することが多いため、現状は逃げることが最善の手なのである。


 「どうすればよいかって、逃げるしかないわ。エンデの研究成果はあなたも読んでるはず。あいつらを殺すことは結果としてこちらの不利につながるだけよ」


 「それはわかっております。しかし、今回現れたエンデは、どうも特別なのです」


 ヴェルナーはもたれかかった体を起こし、両手を前で組むと、少し顎を上げてストラの目をしっかり見ながら続ける。


 「信じがたいですが……。そのエンデは人間の形をしているとのことなのです……」




 「「……え?」」


 


 彼の言葉が部屋に静かに響くと、二人は言葉を失った。

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