闇夢
少女は夢を見る。
少女と母、そして二人の魔女と共に仲良く食事を取り、楽しく談笑している。
辛いことをきれいさっぱり忘れて、四人で団らんとした食卓を囲む。
――突如、目の前で楽しく会話をしていた黒いローブの魔女が姿を消す。
探そうと辺りを見回すも、その姿はどこにもない。
――次の瞬間、横に座っていた母の姿が消える。
少女は強烈な悲しみに駆られ、目には涙が溜まる。
あの温かい笑顔が、優しい声がどこからも聞こえない。
自分を守ってくれたあの大きな背中はもうどこにもない。
何かに縋りたいと、白いローブをまとった魔女に近づいて話しかける。
――ただそれは叶わず、白いローブの魔女もまた、少女の前で姿が消される。
少女は絶望し、溜まった涙が溢れ出す。
彼女を守るものは何もない。
彼女の生きる希望は断たれ、真っ暗な闇の世界へと堕ちる。
この世界で彼女は独りぼっち。
そこにはなにもない。
温かいご飯も、楽しいお話も、きれいな魔法も、優しい大人も、明るい明日も。
そこにあるのは”無”。
彼女に残されているのは無だけなってしまった。
真っ暗闇の中一人で泣いていると、目の前に白い光が差し込む。
どこか人の影のような形をしたそれは、聞き覚えのある声で囁く。
「リアニ。お前は一人じゃない……。まだあのお姉さんは、お前の傍にいる……。そして僕も……。ずっとお前の傍に……ずっ……前を……ま……も……る……」
鳥がさえずり、そのかわいい音色を響き渡らせる。
窓から差し込む明るい日差しが、ベッドので寝ている少女の顔を照らす。
眩しさに刺激されて、少女は目を覚ます。
何かとてつもなく悲しい夢だった気がするが、その内容は全く頭に残っていない。
見覚えのない場所に困惑するも、傍らに倒れこむようにして眠るストラを見て、ここが彼女の小屋であることを認識する。
安全な場所にたどり着いたという安堵と、本来一緒にここへ来るはずだった母がいないことへの悲しみで、静かに泣き出してしまった。
このままでは泣き声で、眠っているストラを起こしてしまうと考えたリアニは、溢れ出る涙を必死に抑え、寝室から静かに出る。
寝室から出るとそこは居間になっており、机や棚の上には難しいことが書かれた紙の束や、見たこともない透明な容器、そしてその中に不思議な色をした液体が入っていたりした。
できるだけ触らないようにしながら、居間を見て回る。
この小屋は、居間と寝室の二部屋のログハウスとなっている。
居間の中央には木でできた長机と一人用の椅子がその机を挟むように二つ置かれ、その上は飲み物がこぼされてシミがついている紙の束や、村長の家にあったものとは比べ物にならないほど分厚く立派な本の山、そのままにされた食器など、お世辞にも整っているとは言い難い状態になっている。
下にはふわふわした動物の毛のような布が敷かれており、裸足で歩くと心地よい。
居間の左手は大きな窓があり、外の光を存分に取り込み、明かりをつけなくてもよいほど居間は明るい。
その窓の下には横に長い棚が置いてあり、机に置いてあった本と似たようなものが乱雑に置かれていて、ところどころ抜かれているような隙間が空いている。
あの魔女は、読み終わった本はそのままにしてしまうタイプなのだろう。
棚の上には透明な容器に様々な色の液体が入れられ、しっかりと封がされているものが、ずらりと並べられている。
その横には、真っ白できれいな花が咲いた植物の鉢植えが一つ置かれていた。
机を挟んで反対側には黒い箱が置いてあり、その黒い箱から天井まで黒い管が伸びている。
その横には、割られた木が何十個もまとめられて置いてあり、横に小さな棚がある。
黒い箱の前面の一部が透明であり、中を覗き込んでみると、そこには何かが燃えた後の灰が残っている。
壁には鍋のようなものが何種類か掛けられていて、天井から乾燥した大きな肉が何個か吊り下げられている。
そして黒い箱の上にはピカピカした灰色の丸みを帯びた容器が置かれている。
その容器の横には取っ手がついており、反対側には細長い口があり、上部には穴が開いていて、その容器の横には蓋のようなものが適当に置かれている。
その中には液体が入っているが、こちら側には窓がなく薄暗いため、その液体が何色なのかはわからないが、箱の中で何かを燃やした後があったことから察するに、この黒い箱は村長の家にあった囲炉裏のようなもので、この容器は村長が急須と呼んでいたものに近いもの、そしてこの容器の中の液体はおそらく水なのだろう。
居間の奥には、左手に寝室への扉があり、その右横には大きな棚がある。
棚には乾燥した植物、鮮やかな色の木の実、窓の前にあったものとは違った液体など様々なものが、びっしりと置かれている。
そしてその棚の前には、少し背の低い机と、ふかふかで横に長い椅子が置かれている。
――その机の上も、当然のことながら散らかっている。
リアニが居間をじっくり見て回っていると、寝室からドタバタと慌てた様子でストラが飛び出してくる。
「――リアニちゃん! あぁ……びっくりしたぁ……。いなくなっちゃったかと思った……」
居間にいるリアニを見てボサボサ頭のストラは胸をなでおろす。
「ごめんなさい、お姉さん。勝手に部屋を見て回ってた」
リアニは淡々と語るも、相変わらずその目に光はない。
「大丈夫。汚くてごめんね、すぐに片付けるから……」
ストラは片手杖を生み出すと、その杖を散らかった紙や、出しっぱなしの本へ向けてひょいと振ると、それらはたちまち元にあった場所へ戻る。
「さてと、えぇ~っと……お腹空いてるでしょ? 何か食べよっか。用意するからそこに座って待っててね」
ストラは黒い箱の前に立つと、その箱の扉を開けて中の灰を掻き出し、外へ持っていく。
戻ってきて、横にある木を何個か放り込むとそこへ魔力で火をつける。
箱の蓋を閉めると、上に置いてあった容器の中身を確認し、容器に蓋をする。
壁にかかった鍋を取り、黒い箱の上に置くと、横にある棚から容器を取り出し少しだけ鍋に入れる。
そして吊り下げられていた肉を少し分厚めに二枚切り取り鍋に放り込むと、再び棚の中から様々な粉を取り出し、振りかけていく。
肉の焼けるいい匂いがしてきたら、棚の上にあったさらに盛り付け、リアニへ出す。
続いて、木製の容器に網を乗せ、棚から取り出した葉っぱを細かくしたものを入れる。
そこへ灰色の容器で熱した水を入れ、網を取ってからリアニへ出す。
見れば中の水は透明ではなく少し茶色く色がついていた。
村長の家でよく飲ませてもらっていた、違う種類のお茶だろう。
「ごめんね。旅後で食材がなくて、こんなものしか用意できなくて……」
「ううん。ありがとう、お姉さん。……いただきます」
リアニはいつもの手合わせから食材への感謝の流れを済ませて、その肉を食べ始める。
落ち着いて食べる食事は自分とメルティスとストラの出発前の朝食が最後。
あれが母が用意してくれた最後のご飯だった。
そこから二日間、何も口にできなかったため、その手と涙は止まらなかった。
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