感謝
「あたしは――終焉の魔女よ。かわいいあなたはなんていうのかな?」
終焉の魔女と名乗る彼女はリアニに優しいようで冷たい声で問いかける。リアニは必死に答えようとするがうまく声が出せない。
「……ぁ、わ……。たし……ぁ……。ぃ、……りぃ……ぁ、にぃ……」
なんとか会話をしようと試みるも、どんどん体が言うことを聞かなくなる。
足先や指先の感覚がなくなっていく。
自分の体がどうなっているかを確かめたいのに、頭を動かすこともできない。
そこで彼女はようやく気付いた。周りの景色が先ほどとは全く異なっていることに。
先ほどまでメラメラと燃えていた村の壁だったものは、いつの間にか凍り付き、氷の壁へと変化している。そして魔女の足元に生える雑草には霜が降りている。
「リアニちゃんっていうのね! フフッ、仲良くしましょうね。今にも凍り付いて死んじゃいそうだけど」
魔女の発言で、リアニは自分の体がどういう状態に陥ってるかを理解する。
そう彼女は魔女の異質なプレッシャーに気圧されて動けなくなってしまっていただけではなく、魔女の扱う魔法によって体が凍り付いてしまっていたのである。
目の前にいる魔女は、慈悲の心など一切持ち合わせておらず、初めから少女を殺すつもりで話しかけてきたのである。
その魔女はだんだんと少女に近づいてくる。魔女が一歩進むごとに冷たさが増していき、少女の瞼が重くなる。
眠ってはいけないと頭では理解していても、体は全く言うことを聞かず自然に目を閉じてしまった。
――誰か、誰か助けて。
そう願った瞬間、リアニの体を襲っていた刺すような冷たさが消え、体の自由を取り戻した。
何が起きたか理解できず、魔女がいた場所に目をやると驚いた表情でリアニを見ていた。
「私の魔法がかき消された……? こ、こんな魔力……。いったいどこから……。ッ……!」
いきなり魔女のいた地点がまばゆい光に包まれ、次の瞬間衝撃と轟音が走った。
リアニはわけもわからずその大爆発に巻き込まれ吹き飛ばされるも、空中で何者かに受け止められる。
「巻き込んでしまってごめんなさい。すぐに治すわね」
その声を聴いた次の瞬間、体から痛みがきれいさっぱり消えた。
今の爆発で受けた傷、凍らされて凍傷になった箇所、火の粉でやけどを負った箇所が傷跡すら残さずきれいさっぱり消えてしまったのだ。
「あ、あなたは……?」
リアニは自分を抱きかかえる銀髪の女性に問いかける。
その女性はリアニへ優しく微笑みかけ口を開く。
「私はストラ。怖い思いをさせてしまってごめんなさい。ここからは私が守るからもう大丈夫よ。だからしっかり私に掴まっててね」
ストラと名乗るその女性はそう言うと私を片腕に抱きなおし、もう片腕で跨る箒をしっかりと握り何か小さな声でぶつぶつとしゃべり始める。
「なんでここにいるんですかぁ? 師匠、あたしの邪魔しないでください……よっ!」
爆発した煙の中からいきなり細長い氷の槍が飛び出した。
周囲の枯れ木の2倍の長さはあるであろうその巨大な槍は、空中に浮かんでいる彼女たちへ向けてまっすぐに飛んでくる。
リアニはギュッとストラに掴まり目を瞑る。
――しばらく目を瞑っていたが何も起きなかった。
恐る恐る目を開けると、自分たちに向けて放たれた氷の槍は、まるで最初からそんなものが存在しなかったかのように跡形もなく消滅していた。
「チッ! やっぱ今のあたしの全力魔法でも無理か。もういいや、じゃああたしは帰りますよぉ。リアニちゃん、次はあたしと仲良くしましょうね!」
そう言ってリアニへ向けて手を振ると、終焉の魔女と村を襲っていた化け物たちはすぐに消えていなくなってしまった。
ストラは数秒あたりを警戒していたが、もう彼女がこの辺りにいないことが分かったのか小さくため息をつき、リアニの顔を見る。
「改めて、私はストラ。リアニちゃん、怖い思いをさせてしまってごめんなさい。体のどこにも異常はない?」
「うん、お姉さんが治してくれたとこはもう何ともないよ」
リアニの返事を聞きストラはホッと胸をなでおろす。
――ふとリアニは村の様子を窺う。
村は壊滅、村人のほとんどが化け物に食い殺されてしまい、辛うじて生き残った数人の村人も腕や足がなくなっていたり、絶望に打ちひしがれうずくまって涙を流している。
建物も形を残しているものが1つもなくなっており、平和だった村の面影は全くない。
彼女の悲しく寂しそうな顔を見て、ストラは胸の奥が苦しくなる。
(私がもっと早く気づいて止めに入れていたら、誰も犠牲にならずに済んだのに……)
ストラは自分の無力さと後悔を嚙みしめる。
自分を責め立てる言葉が頭の中を駆けずり回り、内からどす黒い感情が這い上がってくる。
自分への怒り、人を死なせてしまった悲しみ、そもそもの原因を作り出してしまった過去の自分への恨み。様々な負の感情に支配されそうになる。
「お姉さん……? 大丈夫……?」
小さくかわいらしい声にハッとする。
気づけば全身に嫌な汗をかき、呼吸も荒くなっていた。
声のした方に目をやると、自分に抱きかかえられた小さな女の子の顔が、自分の顔を心配そうに見つめている。
「ご、ごめんなさい! 私のせいで村が……」
咄嗟にいつもの癖で謝ってしまう。
「お姉さんは何も悪くないよ。確かに村がなくなって、みんながいなくなってすごく悲しい。でもいつかはこうなってたと思うの。それにお姉さんは私を守ってくれた、だからお姉さんは私の命の恩人なの。――ありがとう、お姉さん」
少女のその言葉にストラの目から自然と涙がこぼれた。
襲われている人や村の助けに入っても、1人の力では限界があり、すべての人間を救うことは不可能だった。助けが間に合わなかった人間は目の前で死んでいき、助けることができた人間にも「お前のせいであの人は……」「もっと早く来てくれれば……」など心無いことは散々吐き捨てられてきた。
――ただの一度も感謝などされたことはなかった。
ただ目の前の少女は村を救えなかったストラを責めることはなく、彼女へ感謝の言葉を口にした。
今まで幾度も浴びせられた罵詈雑言が、少女に投げかけられた、たった5文字の言葉に勝ることはなかった。
今まで繰り返してきてしまった過ちすべてが許されてしまったような気がした。そう思うと涙が止まらなかった。
ストラは子供の前で情けないと思い、深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「……ありがとう、リアニちゃん」
「え!? い、いや、ありがとうはこっちのセリフだよ。お姉さんが来てくれなかったら、私はあのまま死んじゃってたと思うから……。ありがとう、お姉さん」
お互いに感謝の気持ちを伝えあい、微笑みあう。
「お姉さん、私急いでおうちに帰らなきゃいけないの。お母さんに早くこのことを伝えなきゃ」
目の前で村が滅ぼされてしまったこと、世話になった大切な人々が亡くなってしまったこと、それらを一刻も早く母親に伝え、これからのことを相談しなければならないのだが、それ以上に、リアニはとにかく母親に会いたかった。
「わかった。場所を教えてくれない? そこまで飛んで連れて行くよ」
リアニがストラに母親が待つ洞穴の位置を教えると、ストラはしっかりとリアニを抱きかかえ、箒に魔力を込めて空を翔る。
いつもは村から洞穴まで急いでも1時間は掛かるところが、たった5分で着いてしまった。
「うわぁ! もう着いちゃったの!? 魔法ってすごいんだね、何でもできちゃいそう!」
リアニはきらきらとした目でストラを見つめる。その顔をがあまりにもかわいらしく、思わずストラの口元は緩んでしまう。
「何でもできちゃうわけじゃないけどね。頑張ればリアニちゃんでもできるようになるよ」
リアニはストラのその言葉を聞いて、嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねている。ストラはあまりに可愛すぎて抱きしめたくなる欲望を何とか抑え込み、少女の母親が待つ洞穴に入る。
中は入り口の小ささに反してそれなりに広く、明かりを灯す魔法具が何ヶ所か天井から吊り下げられており、ストラの思っていた以上に明るい。
そして彼女は洞穴の違和感に気づき、洞穴の中を見て回る。
「……この洞穴、かなり魔力元素が多い……」
そんな彼女には目もくれず、リアニは一目散に洞穴奥の椅子に掛ける黒髪の女性の元へ走る。
「ただいま、お母さん」
リアニの声を聴き奥の椅子に座る女性がスッと顔を上げ、胸元のネックレスの青い宝石がきらりと光る。
「あぁ、やっと帰ってきた! あんまり遅いからお母さん迎えに行こうか迷っていた……って、うわっ!」
リアニはいきなり母親に抱きつくと、リアニは大声で泣き始めてしまった。
一瞬戸惑いながらも、彼女は何も言わずに娘の頭を撫で、落ち着くまで優しく慰める。
しばらくしてひとしきり泣いて疲れてしまったのか、リアニは母親に抱き着いたまま、すやすやと寝息を立て始めた。
母親は彼女の頭を撫でながら、住処のあちこちを興味深そうに観察する銀髪の女性に声をかける。
「あなたがリアニをここまで連れ帰ってくれたんですね、ありがとうございます。私はこの子の母親でメルティスといいます。よろしければそちらに掛けていただいて、何があったのか聞かせてくれませんか?」
「ご丁寧にありがとうございます。では失礼します」
ストラはメルティスの対面に座り、自己紹介とリアニと行動する経緯を説明する。
「なるほど……。この子が泣くことなんて滅多にないから、まさかとは思っていたんですけど……」
メルティスはそう言うと、自分の膝の上で静かに寝息を立てるかわいらしい娘に目を落とし、ゆっくりと優しく撫でてやる。そしてどこか懐かしむような表情をしておもむろに口を開く。
「――終焉の魔女、カリスはまだそんなことをしていたのですか。彼女は変わらないのですね……」
メルティスのその発言にストラは衝撃を受け、思わず声を上げる。
「えっ!? あ、あなたは、彼女のことを知っているのですか!?」
「シーッ。この子が起きちゃうから、できるだけ静かな声で話してくれると助かります」
メルティスは片目を閉じ口元に人差し指を当てて、静かにするように諭す。
ストラは慌てて口を押さえ、思いがけず大声を出してしまったことを謝罪する。
「ご、ごめんなさい……。えっと、カリスとはどういう関係で……?」
――メルティスの口から語られたことが、あまりにも衝撃的すぎてストラは言葉を失った。
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