目的
洞穴の中に2人の談笑の声が響き渡る。2人は時間が経つのも忘れて話し込んでいた。
2、3時間はそうしていただろうか、会話が盛り上がるにつれて抑えていた声が大きくなる。
それが静かに眠る少女を起こしてしまうほど大きくなっていることに2人が気づくのは、彼女が起きてしまった後だった。
「……うぅん? ……ぁぅ……。……ぅん……おかあさん?」
「あっ! ……ごめん、起こしちゃったね」
リアニはもぞもぞと動きながら体を起こす。
まだしっかりと目覚めていないのか細目でフラフラと起き上がる。ストラは、リアニの寝起きのぽわぽわとした様子がかわいらしく、魅入ってしまう。
「おはようリアニちゃん。起こしちゃってごめんね、お母さんとのお話に夢中になっちゃってたの」
「……おねえさん、おはよ……。だいじょうぶだよ~……」
リアニは寝ぼけた様子でメルティスの隣の椅子に座る。
彼女は背もたれにもたれかかり、もうひと眠りしようかと、うとうとしながら目線を落とした時、ふとメルティスの足が目に入り、自分が大事なことを伝え忘れていることに気づき、はっきりと目が覚める。
「あっ! お母さん、足! ごめんなさいお母さん! 村が襲われて何も手に入らなかったの!」
「大丈夫。全部ストラから聞いたよ。それにほら、お母さんの足もストラが治してくれたよ」
そう言ってメルティスは怪我をしていた箇所をリアニに見せる。
終焉の魔女と対峙していた時にストラがリアニへ掛けた魔法をメルティスにも掛けたのだろう。そこに痛々しい傷は残っておらず、きれいさっぱり治っていた。
「そ、そっか、よかったぁ……。でも水と食べ物はどうしようもないし……。魔法で解決できたりは……」
「水は何とかなるんだけど、食べ物はちょっとどうにもならないかな……。ごめんね……。植物の成長を早めるとかならできなくはないんだけど、いくら魔法が凄い力でも何もないところから何かを生み出すことはできないの……」
「こら、リアニ。なんでもストラに頼もうとしないの。まだ何もお礼もできてないのに、またストラにお願いをするのは失礼でしょ」
リアニは自分を守ってくれたことや、母親の足を治してくれたことに対して、まだ何もストラへ返すことができていない。
それなのに、さらに彼女へ自分たちの問題の解決をしてもらおうというのは、かなり図々しかったと反省する。
「うぅ、お姉さん、ごめんなさい……。わたし、ちょっとワガママだった……」
「いいよいいよ、大丈夫。それにお礼なんてしてもらわなくてもいいよ。できることをしたまでだし」
ストラは礼はいらないと言うが、メルティスは申し訳ないからと「せめて何か手伝わせてくれないか」と申し出る。
ストラは何度も「気にしなくて大丈夫だから……」と遠慮するが、メルティスが折れる様子は全くない。
こうなるとメルティスはとても頑固になり、意地でも自分の意見を通そうとする。
しばらく攻防は続いたが、ストラはとうとう諦めて、メルティスの申し出を受け入れる。
「――わかった。じゃあしばらくの間、ここを活動拠点にさせてもらってもいいかな?」
「それがあなたの手助けになるなら喜んで。ただ理由を聞いてもいい?」
メルティスは首をかしげながら了承し、その理由をストラへ問う。
そもそも彼女について知らないことが多く、その素性や目的は謎のまま。
先ほどのメルティスとの談笑の場で話題となったのは、リアニのことと終焉の魔女についてのことで、ストラ自身のことについての話題になることはなかったのだ。
「もちろん。まずは私がここに来た目的から話さないとだね」
ストラは組んでいた足をほどき、椅子に座りなおす。
用意されていた水を一口飲み、渇いた口を潤してから話し始める。
「私は、あの異形の化け物たち――あまり認知されてないけど、正式名称は
ストラの目的を聞いてリアニとメルティスは目を丸くする。
あの化け物たちにいなくなってほしいと、幾度となく願うことはあっても、それを実行することはできなかった。それを実行するだけの術も力も持ち合わせていなかったからだ。
幼いリアニでさえ、その目的が限りなく実現し得ないようなことであるのはすぐに分かった。
「そんなことできるの……?いくらお姉さんが凄くてもでもそれは無理なんじゃ……」
「リアニちゃんの言う通り、確かに今はまだ無理だね……。どれだけ頑張って倒しても、またどこかですぐに生まれてしまうからね。――でも何もないところから勝手に生まれることはないの、魔法がそうであるようにね。だからエンデが何からどこでどうやって生まれてくるかが分かれば、いずれは対処もできるようになる。新たに生まれてこなければ、いずれはその数を0にすることだってできるはず。だから私は今、各所をめぐって多種多様なエンデについて調べているの」
先ほどまでは心配そうな表情をしていたリアニは、一転して希望に満ちた表情をして話を聞いていたが、メルティスには彼女が真剣に語ったことが全て夢物語に聞こえた。
今語ったことができるのなら、すでに何かしら発見があるだろうし、人間はここまで追いつめられることはなかっただろう。そんなことを考える人間だって今までに何人もいたはずだ。
ただ誰もエンデを根絶させることは疎か、1体倒すことすらままならない。
状況は悪化の一途をたどっている。
土地は荒らされ、動植物は何千、何万種類も滅び、人類も絶滅の一歩手前まで数を減らしてしまった。ただ終わりの使徒たちだけがその数を増やしていく。
――今更躍起になっても、もう遅い。
それがメルティスの考えだった。
これまで何度もエンデの脅威にさらされ、その恐ろしさが体に刻み込まれているメルティスは、素直に彼女に協力する気にはなれなかった。
しかし、すでに了承をしてしまっていたがために、今更「やっぱりダメ」と口にすることはできなかった。
「確かにそれができれば奴らを滅ぼす一歩になるかもしれないね……。それでこの辺りのエンデを調べるためにここを拠点にしたいと、そういうわけなのね……」
果たしてこれは、本当に彼女へのお礼になるのだろうか? ここで彼女を止めることが本当に彼女のためになるのではないだろうか? ただお礼をする立場の人間が提案にあれこれ口出しするのはおかしいのではないか?
よく話も聞かずに彼女の提案を飲んでしまった後悔と迷いから、無意識に声がしぼんでいってしまう。
そんな彼女を見て、ストラは元気づけるかのように自分の覚悟を語る。
「そういうこと。馬鹿げていることは私も理解してるし、そう思われても仕方ないと思ってる。どれだけかかるか、そもそも何かわかる保証もない。でも絶対にやる価値はあると思ってるし、絶対に私はエンデに負けたりはしない。だから大丈夫、心配しないで。しばらくお世話になる代わりに、絶対にこの絶望を切り開いて、明るい世界をあなたに見せるから」
ストラは自信に満ち溢れた顔が、メルティスにはとても眩しく感じられた。語ってくれた目的は薄っぺらいし、その目的を達成し得る力もそれほど感じない。ただその何の根拠もない自信にどこか惹かれてしまったのだ。
「……ありがとう。なんかこっちからお礼をさせてほしいって言ってたのに、逆にお願いされちゃってたね……。改めて、その目的を達成させるためにも喜んで協力させてもらう。これからよろしくね、ストラ」
「よろしく! お姉さん!」
「こちらこそ、よろしくね!」
こうして2人で暮らしていた洞穴に新たな住人が増え、ほんの少し生活が賑やかになった。
リアニは一緒に生活することになったストラを住処の隅々まで案内する。母親と一緒に作った部屋や家具、かくれんぼするときの隠れ場所や宝物の隠し場所まで。
明るく楽しげな案内とともに語られる彼女の心温まる思い出にストラの笑みがこぼれる。
その案内の途中、リアニはハッと何かを思い出し、今晩のご飯を用意する母親の元へ駆けていく。
「そういえばお母さん。これからの食料はどうするの? 村が無くなっちゃって私たちも困ってたところなのに……」
リアニの声を聴いてメルティスは手を動かしながら考える。
「ん~そうねぇ……。今残ってる分を節約していっても、1週間持つかなってとこだし……。ちょっと危ないけどまたお母さんが動物を狩りに行ってくるしかないかなぁ……」
「えぇ……? しばらくしてなかったのに大丈夫?」
「こういうのは体が覚えてるからね。狩りをする分には問題ないよ。……問題は動物がいるかなんだけどね」
2人は何か他の策がないかを考え込んでしまう。
ストラも巻き込んで3人でいろんな案を出し合うが、どれも何かしら問題を抱えており、安全に確実に解決できるものは出なかった。
――ふとメルティスは先ほどのリアニとストラの会話を思い出す。
「そういえば、さっき植物の成長を早める魔法ならできるってストラ言ってたよね? その魔法、私に教えてくれないかな?」
「え!? お母さん魔法使えるの!?」
リアニの問いにメルティスはコクリとうなずく。ストラは驚きで開いた口が塞がらない彼女に告げる。
「魔法って言うのはね、誰でもすぐに使えるものなんだよ。ただ誰もその使い方を知らないだけなの」
「じゃあ私もお姉さんみたいに箒で空を飛べたりできるの!?」
「そっちはリアニちゃん次第かな。箒で空を飛んでいたのは魔法じゃなくて、私の魔力で空気中の元素をうまくコントロールして飛んでいたの。魔力干渉って言って魔法とは別のもので、こっちは魔力を操る才能を持っている人が何年も努力してようやくできるものなの」
そこからストラの魔力干渉と魔法のあれこれの説明が始まった。
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