第2話 夢の中で

 それはセトの15歳の誕生日の年だった。ある日、どこを探しても、森を探しても図書室を探しても、セトは見つからなかった。セトはみんなにも、私にも何も言わずにここを去ってしまったのだ。悲しくて悲しくて部屋で3日ほど泣いたけれど、セトはいつまでも帰ってくることはなかった。

 その間何度か部屋の戸を叩く音がしたけれど、返事は一切しなかった。何度も泣いたせいで人に見せられるような顔をしていなかったからだ。それに、扉を開けてもセトはもういないと、わかっていたから。

 ついに3日目の晩に、誰かが部屋の扉を開ける音がした。ちらりと毛布の隙間から除くと、月明かりに照らされた黒髪が銀色に見えた。彼は私と同じ年の少年、ウォンだ。


 「起きているかい。今日もまだ外へ出たくないのかい?」

 「......」

 「気持ちはわかるさ。みんなセトがいなくなってしまって悲しいんだ。でも、いつかは受け入れなくちゃいけない。きっとセトも君にそう言ってただろう」

 「.....私、受け入れられなかった。セトがいないことなんてこれまで生きてて1度もなかったから。だからとても悲しくて、現実を見たくなかったの」

 「仕方ないよ。君とセトはいつも2人で一つだった。だからこのことで一番辛いのは君だって、みんなわかっているよ。確か、リラは来月で13だろう? 図書室へいってみたらいい。君は普段いかないけど、セトが好んでいた場所の一つだから心も落ち着くんじゃないかな」

 「ええ、ありがとう。誰かと話して前より落ち着いたわ。明日行ってみる」


 「みんな心配しているからね」とウォンは言って部屋の扉を閉じた。はぁ、と息を吹くとここ3日の中ではるかに落ち着いて眠ることができた。



 その晩、夢を見た。私とセトはいつもみたいに寝転がって空を眺めている。セトのブロンズの長い髪の毛のせいで、表情までは見えないけれど、多分笑っていると思う。


 「セト、いなくなっちゃったかと思った。びっくりしたわ」

 

 話しかけてみても、返事はしてくれない。だから私はセトに触れてみようとした。


 「ねえ、リラは私がいなくなっても悲しくない?」


 急に返事をしてくれたので、私は必死に答えた。


 「悲しいに決まってる。いなくなるなんて言わないで。ずっと一緒にいましょ」

 「ふふ、そうよね。ごめんなさい。じゃあ、面白いことを教えてあげるわ」

 「もう。でもそれってどんなこと?」

 「もし悲しくなるようなことがあれば、図書室に行くの。そうしたら、入ってすぐ右側の下から2段目、奥から5番目の棚を見てみて。きっと悲しくなくなるわ」

 「何それ。宝探しみたい。きっと面白いことね」

 「そうよ。見つけるまで中身はお楽しみね」


 私が目を輝かせていると、セトは急に立ち上がった。

 ふわりと髪の毛が揺れると、ずっと見たかった表情がはっきり見えた。きっと笑っていると思っていたのに、とても悲しそうで、今にも泣き出てしまいそうだった。

 空は晴れて暖かいけれど、光が彼女の顔に影を作っているせいで、そこだけ世界が違うように映る。

 それをぼうっと見つめていたら、今度は日が落ち始めていて、セトの体は夕日に包まれて消えてしまいそうになっていた。


 「でも、私たちはもう会えないかもしれないわ」


 悲しげな顔でそう言った。私は思わず飛びついて抱きしめた。


 「いいえ! 必ず、必ず会ってみせるわ。何年、何十年かかっても、きっとこうやってまた会えると信じてる。だって私、セトのこと大好きだもの」

 「ええ、私もよ。リラのこと、大好きよ」


 目が覚めると、ひとつぶの雫がベッドを濡らした。朝に目覚めたのは3日ぶりだった。ただの甘くて柔らかい夢の中にいたことくらいわかっているけれど、それでも、セトともう一度話せたことがこの上なく嬉しかった。



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