16.VR

「なんかアバターの姿で対面すると不思議な感覚だな」


「そうだな、むしろ画面越しとはいえ最初はこの姿で接していたはずなんだが」


 屋根の下で改めてカイルと対面してみると、派手な衣装や髪色は当たり前としても他にも実物とは微妙な差異がある。

 同一人物の声と判断できるほど微細な差ではあったが、成人の姿をした今の姿に合うように声は若干低くいじっているようだ。


 そしておそらく、身長も2、3センチほど『盛っている』。

 靴のせいである可能性もあるしそれを差し引いても俺よりは背が高いので――何よりリアルの彼を知らないヘプタや伴さんもいるので口には出せないが。


 ともあれ、彼は晴れやかに破顔すると俺にハイタッチを要求してきた。

 思わず面食らったし恥ずかしいが、特に断る理由もないので一拍遅れてのろのろとそれに応じておいた。


「アヤコさんは残念だけど、君たちだけでも無事でよかったよ。……また会ったね、クロウ君」


 すぐさま立ち上がっていた海賊と対照的に、魔術師の方は俺たちのやりとりを微笑ましげに見届けてから緩慢かんまんに腰を上げた。

 喜色満面のカイルと比べれば控えめながらも、ヘプタもまた穏やかに微笑んで俺の無事を喜んでくれているようだ。


「お前こそ、通信が切れてからは生きているかどうかわからなくて心配だった」


 嘘偽りない本音だ。

 俺にかぶせてカイルも何度もうなずく。


「いやマジそれな、あの後バケモノに殺られてねぇか心底ヒヤヒヤしてたぜ」


「あはは、お互い様。僕からだって駅の近くまでしか君たちの配信が見られなかったからね、電車の外にあの怪異が待ち構えてたらどうしようって心配だったよ」


 眉を下げるヘプタ。

 実際彼が懸念していた通り怪異が駅でそのまま待ち伏せているか、引き返して俺たちと鉢合わせる可能性は十分あったと思う。


「……だが、結局遭遇しなかったな」


「だよな。非常階段から戻ったとかか……?」


 俺たちはアヤコの光柱を見届けた後、結局何もできないまま引き返すことになった。

 帰路としてはエスカレーターか非常階段の二種類があったが、後者よりはまだ前者の方が視界が拓けているため遭遇した場合に対策しやすいかと思いそちらを選択した。


 結果、電奇館を抜け駅に戻り互いが電車に乗り込むまでにの姿を見ることもなく。

 無事に生還できたのはいいが、奴がどこに消えたのかわからないままで不気味でもあった。


『殿のおなーりーでござる! 奇跡の生還、墓堀りプリンス! 君は完璧で究極の戦神!』


「墓堀りやめろ」


「殿なのか王子なのか神なのかマジでどれだよ」


「うーん、見た目完全にバグ持ちの機械なんだよねぇ」


 三者三様のツッコミを受ける伴さんの声は聞き慣れた中性の古めかしい機械音声だが、どうしてアバターがモニターなのか。


 アバターがモニター型、モニターがアバターに設定されている。

 俺以上に世界観を破壊する気満々な無骨で金属質のモニターがガゼボの隅にスタンドで立てられており、そこから伴さんの声が聞こえてくる。


『まぁまぁ細かいことは抜きにして、玄殿が来てくれて良かったでござるよ。さて、こうして集会場を設けたということは――アレでござろ? お決まりの作戦会議的なアレでござろ? 玄殿を呼べた時点で拙者は役目を終えたでござろうし、ここからはVhunterのみで話すでござるか?』


「作戦会議……?」


 まだ状況が読み取れていない俺は首を傾けるしかなかったが、すかさずヘプタがかぶりを振って伴さんの発言を訂正する。


「いやいやまだ敵のこともわからない状態で作戦も何もないでしょう? 今はそれより前の段階――まあ、情報共有がしたいってところだね。だから配信中によく話してそうだった伴さんに頼って君を呼んでもらったんだ」


 カイルもまたその場で頷き、俺の方を見やる。


 なるほど、だから二人と面識のないはずの伴さんがこの場にいるのか。

 考えたらヘプタの言う通り、配信中は伴さんのコメントにばかり反応してしまっていた気がする。


「まあ早い話があの化け物のことを調べりゃ除霊できるかもしれねぇし、あー……誰だっけ、アヤカだったかアヤミだったか……」


「アヤコでしょ……事情が事情だから仕方ないけどさ。けどやっぱり君が一番記憶の欠落が激しいみたいだし、まだ本調子じゃないんじゃない?」


 ヘプタに苦笑半分心配半分の眼差しを向けられたカイルが、バツが悪そうに頬を掻く。


「……いや、傷もほぼ完治してるし貧血の方もそれ用の食事でだいぶよくなってる。バイタルチェック様々だな。……それより今はアヤコのことだよ。うまく行きゃ助けられるかもしれねぇと来たら、お前も動くだろ?」


「……助けられる、だって?」


 思わず身を乗り出したら、カイルが目を丸くし微かに身を退いてしまった。

 そんなに勢いがあったのだろうか。


 そんな様子を見てまたもヘプタが苦笑を浮かべていたものの、彼はすぐに真摯さを取り戻し俺たち二人を見比べながら語った。


「もちろん確証はないんだけどね。けどもしかしたら、アヤコさんは、死んだ訳じゃなくて――」


 あれを死んだと言わずに何だと言うのか。

 固唾を飲み込む中、眼前の彼はこう言った。


「呪われただけかもしれない」

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