15.再会

 一度闇に溶けた世界が、紡錘形に拓かれる。

 未だ重くまとわりつく眠気を振り切るように目を擦り、再度目を開けば夢で見たものと全く同じ白い天井と点けっぱなしの電灯が視界に入り込んでくる。


 ――見慣れた光景だ。

 幼児期の数年を除きずっと住んでいる自室、住み慣れたワンルーム。


 五年前以降はずっと部屋の明かりを点けたまま寝ている。

 暗闇を作ってしまうと、その中に怪異が潜んでいるような気がしてどうにも安眠できないからだ。


 よって日時が判断しづらく、俺はブラウニーを起動してみることにした。


「8月5日、午前11時過ぎか……あれから半日以上も寝ていたのか、俺は」


 昨日アヤコ――だった光柱を見てから、半ばカイルに説得されるような形で共に秋葉原駅に戻ったことは覚えている。

 本来ならば推奨されないことだが、カイルは俺の使う路線のホームまでついてきてくれた。


 そこまではおぼろげながらも何とか覚えているのだが、東京駅まで帰ってからの記憶はさらに危うい。

 電車を降りる時もアナウンスに気づけなかったし、降りた記憶も自室に戻った記憶も曖昧。

 その後シャワーを浴びたような気がして、食事は――全く記憶にない。


「昨日の朝から何も食べてない、よな……」


 丸一日以上食事を摂っていないのに、まるで食べる気が起こらない。

 それほどまでにアヤコの一件が俺に及ぼした影響は大きい。


 ――こんなはずじゃ、なかった。


 ネームドをデビュー戦で二体も除霊するなど、レアケースの部類に入ると思う。

 決して俺一人の力だけではないし自惚れも含まれているが、Vhunterの初陣としてはこれ以上ないほどいい結果を残せたと思う。


 アヤコさえ失わなければ、そう思い続けていられたと思う。

 登録者数がどれだけ跳ね上がろうが、Vhunterとしてどれだけ成功していようが、俺にとっては彼女を守れなかっただけで大失敗だった。


「俺のチャンネルに登録してくれた人からすれば、大成功なんだろうな」


 俺の事情など知らない人々からすればアヤコの死を残念がってはいるものの、俺とは無関係の事象として捉えているのだろう。

 自ら望んで外界に出るVhunterの死は全て自己責任というのが、世間の認識だ。


「……ん?」


 ふと、ブラウニーにメッセージが届いていることに気が付いた。

 まずは数が目に入ったのだが、思わず目を瞠る。


「……は? 100件……?」


 一体何が起きているのか、と疑問に思いつつそれらの件名をざっと確認する。


「……『コケコッコー』、『ウイルスです』『当選おめでとうございます』『拙者だよ拙者拙者』『えっちな画像』『拙者伴さん、今あなたのメッセージ欄にいるの』……」


 途中で全て差出人が伴さんだと気づき、思わず眉間に寄った皺を押さえた。

 申し訳ないが今の俺にはこの勢いを受け止める元気がない。


 とはいえ無視するわけにもいかず、仕方がないのでとりあえず最新のメッセージを一件開いてみる。


『生きてるでござるか? あんな事があったから心配でござる。心配すぎてカイル殿とヘプタ殿もVR空間で待ってるでござる。三人とも玄殿とデートしたいでござる。男しかいないのが不満なら全員でおなごのアバターに変えてハーレムにして差し上げるのでどうしても来てほしいでござる』


「三行目以降全部嘘だろ」


 ツッコミどころが多すぎて思わず一言零してしまった。

 元気になったとは言い難いが、少しでも普段の調子を戻せただけありがたい……のだろうか。


 もはやVR空間云々うんぬんの話も半信半疑ではあったのだが、一応添付されていたアドレスを見る限りそれは本当らしい。

 ――正直、身体も気も重く来いと言われても気が進まないが。


 しかし伴さんの口ぶりからしてヘプタもどうやら生還してくれたということ、彼ら三人にちゃんとした礼を言えていなかったことを思い出し無理やりベッドから身体を引きはがした。


 ――想像以上に身体が重い。

 が、自らを引きずって机の前に設置された重々しいゲーミングチェアへと向かっていく。

 ヘッドセットを身に着け、背もたれに背を預けて――後は起動を命令すれば、現実を生きる人間『漆原うるしばら飛燕ひえん』はバーチャル世界を生きるキャラクター『クロウ』となる。



――



 そよ風が俺の髪を撫でた、気がした。

 気が付けばごく遠くに西洋風の城が見え、その前に広がる美しい庭園に俺は立っていた。


 この空間を選んだのは三人のうち誰だろうか。

 何となくだが、アバターの趣味からしてカイルかヘプタのどちらかだと思った。


 Vhunterとしての活動中なら自分からは現実のままの自分が見えているが、この空間においては下を見下ろせば軍服じみた衣装が目に入るので、余計に今の景色から浮いて見えてしまう。

 だがそんなことはバーチャルでの交流ではよくあることだ。


 さっさと切り替えて顔を上げ、改めて周囲を見渡してみる。

 そこで少し奥の方に装飾過多な東屋ガゼボと、その下のテーブルを挟んで腰掛ける二人の人影を見つけた。


 向こうも俺の到着に気がついているらしく、まずは一人が立ち上がりこちらに手を振ってくる。


「よぉクロウ、無事でよかったぜ!」


 聞き慣れた青年の――ほぼ現実の彼と同じだが、おそらくボイスチェンジャーをいじってほんの僅かに低くしている声がかけられる。

 俺もまたその声に手を振り返しながら、中世風の東屋へと歩んでいった。

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