14.朧の夢
――また、この夢だ。
居住区、東京エリア。
スピーカーとセンサーのみが設置された天井、そして壁、全て白。
同色の床には健康診断に必要な採血を行うための無骨な機械のみが設置されている。
その昔病院などは採血の際に具合が悪くなる者が出た場合を想定しベッドなどが置かれていたらしいが、俺たちは普段より高頻度なバイタルチェックや精神分析で管理されている。
『万が一』が起きた現場を、俺は一度も見たことがないし聞いたことがない。
だからこの日も今までと同じように安全が保障された採血を終えればすぐに帰宅できると思い込んでいた。
――当時の俺がどれだけ愚かであったかを、今の俺は嫌というほど知っている。
機械の前で順番待ちをする間俺は退屈で、次に来る人のために開きっぱなしにされていた扉の方へと呑気によそ見をしていたところだった。
――そしてその四角く切り取られた入口に、突然横から飛びこんできた何かをこの目で捉えてしまう。
それには
頭の中が真っ白になり、立ち尽くしている間にその
当時の俺がその場面を見て思ったことだ。
今でもそれ以外の言葉で表現するのは難しい。
霊が重なって、染み入るように入り込んで、やがて少女が
皆が
少女の横を通り過ぎ一歩先へ踏み出した足が再び床を踏む直前、
「……ひっ……きゃぁぁぁぁああああ――」
恐怖のあまり悲鳴をあげた女は、次の犠牲者となり唐突にその声を途切れさせる。
彼女に限らず周囲は
俺は後者だったが、どちらに転んでいても自力で逃げ切ることは不可能だった。
なんの前触れもなく、鉄の自動扉が閉じられてしまったのだ。
「なんでだよ!? これじゃ出られないじゃないか!?」
先頭にいた若い男性が扉に縋りつき、裏返った怒声で天井のスピーカーを仰ぐ。
明らかに人力ではなくAIの機械処理によって扉は閉じられていたが、行為の理由はその機械的な声質と同様に、冷たく無機質に告げられた。
『
そう告げている間にもまた一人の首が飛んだ。
震え、竦み上がった俺は今更になって出口の方を振り返ったが、固く重い扉は人力でこじ開けられるようには見えない。
『
「他にいるって、そんなの単なる能力の話だろ!? 僕の命の重さは――」
どうやら扉に縋りついていた男が安正だったらしい。
彼がスピーカーへ抗議している間は俺も何も考えられずにいたが、いざ彼の首が飛んだところで俺たちを管理するAIが今言っている言葉の意味がやっと理解できてしまった。
――どうやら奴は隔離された人間たちに生かす価値があるか否かを精査しているようだ、と。
それに気がついた時、頭の中にいた血が全て足元に流れ落ちていくような急激な寒気を覚えた。
人工子宮内で誕生前から行われる遺伝子検査や、幼少期に行われる適性検査で出された俺の『能力』では、とてもではないがこの場で救出される対象となりえないだろうと悟ってしまったからだ。
そして告げられた一言は、あまりに予想通りだった。
『
全能力平均値。
全くその通りの内容が以前の検査結果に表示されていた。
事前にわかっていたのだから、敢えてこの場で言って二度傷つけずとも良かっただろうに。
この日まで俺はそれをコンプレックスに感じたことがなかった。
全てが機械管理され、守られながらここで生まれてここで死ぬだけの人生であれば優れた能力など必要なかったからだ。
だが断頭台の前に立たされた今、無能の烙印は死刑宣告に相違ない。
無能は、無用。
この場においてその決定が覆ることは、ない。
今日に至るまでに様々な要因で細部の記憶の欠落が起きているものの、俺にかけられた一言だけは忌々しいほどに鮮明で、少しも希釈されてはくれない。
だが、俺はこの日現れた救世主のおかげでこの出来事を全てではないにしろ前向きに捉えられていた。
ただ思考停止で飼われるだけの人生に疑問を持てたこと。
外の世界を見る勇気を得られたこと。
そして何より、こんな無価値な自分でも助けてくれる人がいると知れたこと。
――この後今まさに殺されようとしていた俺の前に現れ、死神と化した少女を斬り伏せてくれたVhunter。
その場面は本来、絶望以上に鮮明に刻まれているはずの記憶だった。
だが今の俺にはもう、アヤコの姿も声も言葉もひどく曖昧にしか思い出せない。
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