17.呪い
「……は? 呪い、だって?」
ヘプタが言うには、アヤコは怪異に殺されたのではなく呪いを受けたのだという。
ほぼ原型もなくなった彼女の姿を見ているだけに信じがたいという思いと、だからこそ現実味も薄いため生存を信じてしまいたくなる気持ちの間で葛藤してしまう。
「うん、呪い。長くなるからとりあえず座ってくれるかな」
促されるまま、着席。
俺とカイルは隣り合って座る形になり、テーブルを挟んでヘプタと対面する形になった。
彼は未だに、先の発言を冗談だったと取り消す素振りもない。彼は自らの左肩を指差し、まずはこう切り出した。
「まず、カイル君が
「あぁ。カイルの応急処置は手際がいい方だったとは思うし、下手には見えなかったんだが……」
とはいえあくまで画面越しなので確証が持てず、隣のカイルへと視線を流す。
やはり本人も同じ見解だったようで、不可解そうに唸りながら首肯していた。
「んー、だよな。自慢じゃねぇがこの仕事を始める前に応急処置くらいは学んでんだ。いくら切羽詰まってたとはいえ全く止血が効かねぇほど失敗するとは思えねぇんだよな」
『と、うっかり者のカイル殿は言うのでした』
「うっかりモニター粉砕していいか?」
『そんなうっかりは萌えないでござるよ!』
伴さんとカイルが早くも脱線し始めたが、ヘプタがここで話を戻す。
「あはは、まあカイル君の処置の腕前は置いておくとしても……指田さんを倒した後、いきなり傷が塞がってたよね。あれはどう考えても不自然だ」
ヘプタの言いたいことはわかった。
今まで黙って聞いていた俺が、ここで口を開く。
「あれは呪いだったと?」
「そういうこと。でなきゃ説明がつかないもの。……とまぁ、呪いだとか言われても突拍子もないし僕の妄想にしか聞こえないと思うんだけど。僕は以前、呪いを目の当たりにしたことがあるんだ」
俺と同時に、伴さんの方を向いていたカイルも眼を瞠りヘプタの方を振り向いていた。
「……あ? マジかよ。活動歴で言えばお前と大して変わんねぇけどよ、そんなん見たことねぇぞ」
「実はあるのかもしれないよ。僕だって覚えてるのが一度だけで、実はもっと目撃してるのかもしれない。
俺も寒気を覚えたが、もしあるなら確実に俺より遭遇した確率が高いだろうカイルはもっとわかりやすく表情を凍りつかせていた。
もしもアヤコの時のように呪いで消失した人物が他者の記憶から大なり小なり欠落してしまうのであれば、この繋がりの希薄な時代ではそのまま完全に忘れ去られても何ら不思議ではない。
「……だが、今回は例え一部だけであっても記憶が残っている。アヤコの姿は忘れても、彼女に助けてもらったことは覚えている。……助けられる可能性がゼロではないなら、俺は最後まで足掻き続けたい」
膝に置いた拳に、強い力がこもる。
今の言葉に嘘などない。
その想いは彼らにも伝わったのだろう、対面のヘプタも頷いてくれていた。
「うん、そう言うと思った。だからこの場を設けたんだ。さっき言ったように、僕は呪いだけじゃなくそこから生還した人たちも見てる。その時は呪いの元になった怪異が斬られて一時的に消えただけだけど、それでも呪われた人が無傷で戻ってきたのもまた事実だ。……ただ、今回の場合は単に斬ればいいって訳にはいかなそうだからね」
「アヤコは、離れた場所から一瞬にして消されてたな……」
曖昧ながらも、必死に断片的な記憶を手繰り寄せる。
水濡れの怪異はただ入口に棒立ちになり、数メートル離れたアヤコには一切触れていなかったと思う。
だが一瞬にしてその場でアヤコの肉体が崩壊、からの光柱化だ。
どんな手法を用いたかは知る由もないが、普通に挑めば接近もままならないまま消し去られて俺も終わるだけだろう。
捨て身もやむなしの心意気はあるが、アヤコを救えず犬死にするだけなら意味がない。
「まぁ、まずは敵の事を知らなきゃ勝ち目も見えてこねぇって話だよな。何をどう調べたらいいか見当もつかねぇけど、4人いりゃ誰かはそれらしい情報に辿り着けんじゃね?」
電奇館の時と同じように今回も協力してくれるらしく、さも当たり前のように言ったカイル。
それに依然としてテンションの高い伴さんが続いた。
『調べ物なら協力できそうでござるな! それにしても遠隔からの必中一撃必殺攻撃なんて大昔に流行ったチート文化を
「ところで伴さん、今後まだ話す機会もあるだろうから画面上の表示名を変えてもいいかい?」
「……あぁ……」
ヘプタが困り顔で遮った理由に合点がいき、俺は額を押さえた。
今ここで話すだけなら音声のみを気にしていればいいので問題ないのだが、今後はチャットやメッセージで情報を交換しあう場面も必要になってくるだろう。
俺は長い付き合いのため彼に『伴』という愛称をつけそれに表示名を変更しているが、おそらくヘプタとカイルはそうではない。
だとすれば、あの
「……いやマジさ、『BANされた廃人、タイプ無双する。弾幕に悲鳴上げてももう遅い』って……何だ?」
『今の若者にはこのノリが一切通じないの、辛いでござるなぁ……』
「弾幕は……一斉に銃を撃つアレだよね? ……ばん? っていうのは……?」
先程から発言者と発言内容を文字として表示していたらしいモニターを難しそうに眺め、カイルとヘプタが悩んでいる。
もう長らく見ていなかった伴さんの正式名称から、俺は目を逸らした。
「俺は理解することを諦めて最初の三文字から取った『伴』を表示名にさせてもらった」
「俺もそうするわ」
「うーん、僕も」
『結束力を見たでござる』
各自、自身のブラウニーを操作した――のだと思う。
アバター姿だと腕にブラウニーがないので単に手首付近を見て指示をしているようで非常に不自然だ。
言い換えれば俺も他人からああ見えているということになるので、適当な腕輪か紋様でもアバターに足しておこうかと悩む。
と思ったところで今気がついたが、カイルはリアルでも同じ指輪をしているのだからブラウニーは同じテイストの腕輪にでも差し替えればいいのに、それは思いつかなかったのだろうか。
「何はともあれ、後はどんな小さなことでもいいからあの怪異の特徴を挙げていこう。全くゼロからの虱潰しよりはマシになるだろうしな」
二人が操作を終えた段階でそう切り出し、俺たちは調査に向けて電奇館の怪異についての特徴や周囲の状況などを挙げてから一旦この場を解散した。
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