4.地下
「ファンタジー酒場、
地下階への階段は出口のすぐ側にあった。
今俺は、それを囲うように配置された看板を見上げている。
ディアンドルやレーダーボーゼン風の衣装を
あえて使い込まれた古風なテーブルを使用しメニューもファンタジー風にしていたりと雰囲気づくりに細心の注意を払っていそうだ。
俺もこの時代に生まれていたら興味を持って立ち入っていただろうとは思った。
だが、それだけに残念な所も際立つ。
商業ビルのテナントなのでどう足掻いても既存の看板に印刷するしかなく、せっかく写真自体は良くとも外枠が無骨なアルミニウム製で世界観を台無しにしてくれている。
それ以上に残念なのが、看板の下部に記載された『アルバイト募集中』の題字とそれに不随する文章。
思い切り日本人名の店長と彼の電話番号、果てには面接という単語。
そこに幻想的な雰囲気はなく、目立つ色とフォントで書かれているだけに絶対に目に付き一気に現実に引き戻されてしまう。
だが少し微妙な気持ちにはなったものの、収穫はあった。
その面接場所とやらにバックヤードの存在が示唆されていたのだ。
「やはりフロアガイドの空白はバックヤードか……? まあいい、待たせて悪かったな。いい加減地下に突入しよう」
『よっ慎重派で頭脳派! 満を持してカチコミでござるよー!』
アヤコ達と話している間はコメントの音声を切っていたが、オンにしてすぐ騒がしい――音量は一定なのに雰囲気が騒がしい伴さんの声が聞こえ思わず肩を竦めた。
地下へ向かう階段の方に回り込む過程で建物に隣接するルーバーとその奥の階段にも気づいたが、こちらは2階のフロアガイドに記載されていた非常階段だろう。
1階と地下階には繋がっていないはずなので、こちらは無視して眼前の階段へと進むことにする。
看板の影が落ちたそこは中世風を意識してか階段も壁面も石造り風に仕立ててあり不気味さを増しているため、直前にいい意味で気が抜けたのはありがたい。
慎重派と言えば聞こえはいいが、俺は調査に時間をかけすぎている自覚がある。
Vhunterのファンの大多数はエンターテインメント性を求めているので、やはり人気どころの配信者は時間配分や調査中のパフォーマンスなどが上手い傾向にあると思う。
ざらつく石壁に手を当てて階段を降りながら先輩たち三人を確認したが、やはりいずれも手際がいい。
アヤコは既に屋上の調査を終え10階に入っているようだし、カイルとヘプタはそれぞれまだ最初に調べた4階と6階に留まっているようだが、前者もまたそろそろ5階に行こうか考えていると発言している様子だ。
後者はまだ階の移動はしないものの、何やらペンデュラムを用いて魔術風のパフォーマンスを行っているようだ。
今日デビューしたての俺が彼らに張り合えると思う方がおこがましくもある。
だが、ファンの数は信者の数だ。
思念体である霊魂にはより多く信奉される者の攻撃が通用しやすい傾向にあるのもまた事実であるため、今すぐには無理でも慣れていくにあたり彼らのいいところを取り入れていきたいとは思う。
「ここまでの道も雰囲気が出ていたが、扉も中々だな」
階段を降り切った先、石材で囲われた古木のドアを前にしてそう呟く。
その横に据え付けられた燭台風のライトも、電球部分が割れてなくなっているため火が消えた本物に近い風貌と化している。
こんな状況でなければもっと風情を味わいたかったものだが、仕方なく錆びた取っ手に手をかける。
向こうが見えず不安が募るが、どう足掻いても立ち入るより他はないため意を決して扉を押し開ける。
鍵穴らしき意匠こそあるが、予想通り抵抗なく扉は奥へと滑る。
どういう訳か、遺跡の構造物には鍵がかかっていない場合が大半だ。
一説には怪異が通ったためだと言われているが、真実は未だ解明されていない。
蝶番が軋む音と共に朽木とカビの匂いがこちらに流れ込み、拓けた視界に酒場らしい風景が飛び込んできた。
――いや、正確には酒場『らしかった』風景だろうか。
朽ちて虫食いとなりところどころが崩れ落ちたテーブルに、錆び切った燭台風の電灯。
石畳に見える床は時代から考えればそれ風のフロアタイルなのだろうが、見事に苔むして皮肉にも逆に本物らしさを醸し出している。
「……? やたら湿気が多いな……」
足を取られるほどではないが苔のせいでどうも足元が滑りやすく、そもそも空気が湿っぽく
その割に客席にちらほらと見える蒼い霊魂の外見は濡れているようにも見えず、妙な違和感を感じていた。
一階より上には特に湿気も感じなかったため言い知れない不気味さを感じはするものの、現時点で特に身の危険がない以上進むより他はない。
腰かけている霊たちを刺激しないよう細心の注意を払って奥へと進む。
客席同様虫食いやカビが目立つカウンターを抜け、最奥に朽ちた扉を見つけた後ノブへと手を伸ばした。
「……っ!?」
握った手がぬる、と滑る。
反射的に息を呑んで手を引っ込め、遅ればせながら伝わってきた冷たさに肌が粟立った。
よくよく見れば眼前の扉はカビどころではなく、腐食して黒ずんでいた。ドアノブもまた異常で、赤錆まみれで冷え切り結露が浮いている。
『……おい、大丈夫か? 何か見てるだけでもイヤーな予感がすんぜ、そこ』
ふと、そこでカイルの声が聞こえてくる。
他の二人も気づいたようで、表示した画面越しに全員がこちらを心配そうに見つめていた。
「大丈夫だ、問題ない」
『その台詞、大昔に死亡フラグとして流行ったからダメな気配が濃厚でござる』
「知るかそんなもの。危険ならなおさら放置できないだろう」
すかさず訳のわからないツッコミを入れてきた伴さんに即答で返しつつ、かぶりを振る。
正直恐怖はあるが、自分で言った通り引き返すつもりもない。
ここで引き下がっていたらこの先Vhunterを続けていけるわけがないのは自明の理なのだから。
他の二人にも何か言われる前に、再び勇気を出してノブを握る。
掌を湿らせる結露の気持ち悪さと体温を奪っていく冷たさを振り切るように、一気に扉を押し開けた。
――四角く切り取られた空間に濃密な闇が押し込まれ、数歩先からは一切見通しが立たなくなっていた。
辛うじて見えるすぐそばのコンクリート壁は意図的に汚液をぶちまけたのかと思うほど汚れていて、視界に入った瞬間どうしても顔を
だが、意を決し――俺は、その中に一歩踏み出した。
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