第39話 買い物の楽しさと商店主への道のり

 買い物に来ていた俺達──というか俺は、自分たちが村から警戒されていた事実を知って衝撃を受けていた。

 そして、お茶を飲みながら窓の外を指差すイグニカ。

 それを見て笑い出したマーサは、窓の外に向かっていきなり声を張り上げて、さらに突拍子もないことを言い出した。


「おじさーん。バレてるよー! 入ってきたほうがいいよー! 投げ返すぞーって!」


 おじさんっていうとオーファルトか? なんだいきなり? 何の話だ?

 そんなことを俺が思っていると、本当にオーファルトが雑貨屋の入口を開け、短槍を片手に提げたまま入ってくる。


「おう。カッツィオ、イグニカ。これでお前たちも村の一員だな。よろしく頼むぞ色々と。──しっかし、最初から気づかれてるとは思ったが、投げ返すぞとは恐れ入った……」

「どういうつもりですか? いまさら槍を向けてくるなんて。殺気はありませんでしたが」

「お前さんな。俺だってこれで村を守っとるし狩人衆を率いとるんだ。簡単に見破られたとなれば、これではどうだとやりたくもなるだろうが」

「音がしないのは良かったと思います。しかし、槍を取り出す時に息の調子を変えると気配が変わるのでわかります」


 オーファルトは槍を壁に立てかけて、近場の椅子を引き寄せてどっかと座り込む。

 そして、大きなため息をついて自分もパイプを取り出して葉を詰め、火を付けた。

 オーファルトも煙草を吸うんだな、と思いながら久々に煙草が吸いたいという気持ちが湧き上がってくる。

 ここの雑貨屋に売ってた気がするな……後で買おうかな。


「敵わんなこれは……。修行が足りんなあ」

「獣なら隠密で仕留められるでしょうから良いのではないですか? 魔物相手になると気配を読むので速さが重要ですが……」

「すると、あれか。魔物相手ならいきなり全力で投げて一発でいいところに当てろってことか」

「はい」

「構えもせずにそれとは厳しい事を言いやがる。俺もそこまでは鍛えとらんぞ」


 何。その強者だけがわかり合える感じの話。ちょっと疎外感。

 なんか悔しいんだけど。──鉄とか金属の話にしてくれない? ダメ?

 俺がそんな事を考えていると、マーサがオーファルトの分のコップを持ってきてお茶を淹れながら、呆れ口調で口を挟む。


「おじさん割と負けず嫌いだよねえ。ドラゴノイドの戦士相手になにかできるわけないから手ぇ出すなって言いつつ、見張りはやめなかったもんね」

「仕方なかろう。俺だって好きでやっておらんぞ。──しかし、カッツィオ。お前なあ、もう少し早く村の鍛冶屋を売ってくれとかいう話を出してくれりゃあ、話は早かったんだぞ。お前、そんなに露店が良かったのか」

「え? いや別に。村から来てる要望に応えるので頭が一杯だったし、村でどうこうとか考えてなかった……」


 オーファルトが煙を鼻からブワッと吹いて、口の端で吸い口を咥えたまま苦笑いを漏らす。


「まあ、そんなことだろうと思っとった」

「真面目なんだけどヌケてるんだよねーカッツィオ」

「主はそういうところが可愛いと思います」

「……」


 三人で口を揃えて俺のことマヌケって言ってない? 俺そういうのわかるんだからな? でもなんか言い返せない感じがするから、黙っとくよ……。


「まあ、お前さんがヘソを曲げるまえに話しておこうと思ってな。ハイネから『報酬の代わりに、あの二人がヨソに拠点を構える前にここに拠点を構えさせてくれ』という話があって、ああなったわけだ。もちろん、お前さんらを騙そうとしたりはしとらんが……知らされんままではケツの座りが悪かろう」


 ……そこまで不審に思ってなかったというか、なんか大変なことになったなくらいしか思ってなかったのは黙っておこう。

 むしろ燃料とかレペロ君を雇うことのほうに頭を使ってたし……いや、何も考えてなかったわけではないよ? 本当だよ? とんかちもね、考えてるよ? 色々。


「お前、どうしてこうなったかわからんが、まあいいか。くらいに思っとったな」

「バレてるじゃん! いやちょっとは疑問に思ってたし!」

「ちょっとってどういうこった。しっかりしろお前。イグニカが気を張っとらんかったら何回撃たれとったのかわからんぞ」

「撃たれる5秒前みたいな状況だったと知ったのは今さっきだし! 俺は何も知らなかったし!」

「余計悪かろうが……。お前さんは危機感ってもんがないのか」

「危機感はウチの店では作ってないですねえ……」

「──まあいい。これでお前さんらを警戒する必要がなくなったもんで、肩の荷が降りるってもんだ」


 ご迷惑をお掛けしたようでと言いたいような、そんなの知るかと言いたいような、複雑な気分だ。

 そこで、ふと気づいて顔を上げる。

 ちょうどいい。頭にあった懸念──鍛冶屋でレペロを雇う件を相談しよう。


「あ、そうだ。オーファルトさん。レペロ君に連絡をしたいんだが……」

「おう。お前さんのところで働くという話だな」

「あのとき、あのまま家に帰してしまったから──次に村に来たときに詳しい条件なんかを打ち合わせしたいんだけど、彼の家ってどの辺なんだろう?」

「その話だが──その件、俺に仲介をさせてくれんか?」


 その申し出にちょっと驚きながらオーファルトをまじまじと見る。

 オーファルトは言い出しづらそうな、ちょっと複雑な表情をしている。

 どう話を進めていこうか迷っていたことだったので大変ありがたい申し出だが、そこまでオーファルトに頼り切りというのもどうなのだろうか。


「俺が出しゃばる場面でもないかもしれんが、投げっぱなしで後は頼んだというのも気が引けてな……」

「あー、そっかー。店を開くだけじゃなくて、人を雇うんだよね。……カッツィオ、もしも嫌じゃないならおじさんを挟んだほうがいいかも」

「本当にありがたい申し出だから、俺もぜひお願いしたいんだけど……。なんだか手間ばかり掛けて申し訳ないなと思って……」

「むしろ、おじさんを挟むほうがいろいろうまく納まると思う。──もちろん、仲介料とか言わないよねおじさん?」


 オーファルトは肩を竦めて、馬鹿言うもんじゃないという顔をする。

 それを見てマーサもそれならよし、と呟きながら煙草の煙をぷかぷかと浮かべる。


「いくらで雇う約束をしただの、身元保証はどうするだのという話もある。俺が公証人になって村長に届け出れば、きちんとした仕事になるからな」

「そうか……税収なんかの話もあるよなあ」

「というわけだ。もちろん、狩人頭としてもお前さんに協力していくつもりだ。お前さんが商店主になるとすると、横のつながりがある方が今後も動きやすい。雇い人を守るためにも最低限は付き合いやらを維持せにゃならんからな」


 これはまた大変なことになりそうだ。だが、こうなった以上は仕方がない。

 力を貸してくれそうな人がたまたまいるのだから、力を借りてなんとかしよう。


「では、お言葉に甘えて……オーファルトさん。仲介をお願いします」


 俺はオーファルトに頭を下げようとする、しかしそれを止めさせたオーファルトは、背筋を伸ばして俺に深く頭を下げた。


「お前さんがうち村の若いモンを気にかけてくれたことに深く感謝する。改めて礼を言わせてくれカッツィオ。ありがとう」

「いやいやいや! 正直、考えが足りてなくてこれから力を借りるわけだし、頭上げてくださいって」

「いやなに。技術のあるもんが頭についてくれるというのは、そうそうない幸運だ。あいつは運がいい。──お前さんがお人好しで世間知らずなのはまあ、見ていればわかる。俺も力になるもんで、しっかり店を盛り立ててくれ」

「世間知らずなのは否定しないけど、ハッキリ言われると悲しいものがあるなあ」

「なぁに。自信を持てカッツィオ。お前さんは村の外からフラッと来て、さんざっぱら怪しまれたが、それでもやってのけて店を持った。お前さんは大したもんだ」


 急に褒められるとムズムズするもんだ。照れくさい。

 だが、こうやって言ってもらえることは今までもらったどの報酬よりも達成感がある気がする。

 しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「じゃあ、オーファルトさん。レペロと話し合う前に一度、雇入れについていろいろと教えてもらってもいいかい? あと、できればマーサも一緒に相談に乗ってほしい。──そこで聞いた話に基づいて方針を立ててから、翌日にレペロ君に雇入れの話をしようと思う。えーと、日付の予定としては……」


 俺は手帳を開いて、次の行商の予定を確認する。


「暦で言うと、7日後に来て数日滞在する予定なんだが、そこで相談に乗ってもらっても?」

「7日後の日中に話し合いでいいか?」

「その日の朝にはこちらにいるつもりでいるよ。予定はどうだろうか?」


 オーファルトは問題ないというように首を縦に振る。マーサは煙草をふかしながらひょいと手を挙げる。


「うちもその日でいいよ。打ち合わせなら、うちの店でやる? カッツィオの家はこれから整えなきゃじゃん。奥で話し合えるようにしとくからさ」

「いいのか? ありがたい」

「いいよー。あーしはイグニカちゃんに早く会えるし、ぜーんぜん問題ナシ」

「よし、じゃあ7日後だな。レペロには俺が仲介に入る事を話しておく。8日後以降を空けておくように言っておこう」

「よろしく頼みます。あと、希望する条件なんかがあれば、考えておいてくれって伝えてもらえないかな?」

「わかった。伝えておく」

「うちも彼が早く働けるように店を整えていこうと思うよ。まずは道具の据付なんかからだろうけれども……」

「なーに、ちょうどいいってもんだ。仕事の始めは何が・どこに・どれくらいあるかを覚えるのが一番先だからな」


 概ね話がまとまったところで、オーファルトはパイプ煙草の燃え滓を灰皿に捨ててから、よっこらせと言いながら立ち上がる。


「さぁて、気になっていた話も済んだしな。俺は冬前の狩りの打ち合わせに行ってくる。ああ、カッツィオ、村にいる間はあの家に住むってことでいいのか?」

「そうだなあ……ある程度は家具や調理器具なんかも揃えて、生活できるようにする予定でいるよ」

「そうかそうか。じゃあ今度、狩りで取れたもんを持って行ってやろう。──じゃあ俺は行くぞ。マーサ、店番ちゃんとやれよ」

「あいあい。おじさんもホッグ狩り、今年も頑張って」

「おう。──カッツィオ、お前さんも店の立ち上げで忙しいだろうが、それ以外も忙しくなるから覚悟しておけよ」

「ええ?」


 不穏な一言を残してオーファルトは去っていった。

 忙しくなる、というのはどういう意味だろう。鍛冶の注文が増えるとかそういうことなんだろうか? あまり根を詰めずに済めばいいのだが……。


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