第2章 元社畜、異世界で村の鍛冶屋になる
第38話 買い物と知らぬが花という話
ゴブリン騒ぎも収拾が付き、銀翼団のファーレンハイネがねじ込んでくれた報酬も受け取って、村にある鍛冶屋の建物を俺達は譲り受けた。
村にとっては流れの露店鍛冶屋から、村に店を構える鍛冶屋になるということで、村の一員という風に見られるらしい。
俺達二人だけで食いつなぐような気持ちでいたが、これからは暮らし向きも変わっていくのかもしれない。
感慨深いような、不安があるような、楽しみなような、ワクワクするような、なんだかムズムズする気持ちになった晩秋の午後。
俺達は宿屋の荷物を引き上げてから、マーサの店に買い物に来ていた。まずは村での住まいに必要な物を買い揃えなくてはならない。
木製の食器類。抱えるほど大きな水瓶。それから塩やジャム類なんかの基本的な調味料。そして乾物や燻製肉、ワインなどを買って持ってきた袋に詰めてもらう。
色々買いこんでから、棚の一角に並んでいるガラス食器を見ていた俺は、ふと疑問に思ったことをマーサに尋ねる。
「陶器の皿とかカップってないのか?」
俺の素朴な疑問に、マーサは渋い顔をして舌を出す。
「陶器ィ~? そんな贅沢なもん、ウチに置いてるわけないじゃ~ん!」
「陶器が贅沢? いやいや、陶器だぞ。陶器。粘土で作るアレ。壷だって瓶だって焼き物じゃないか」
「いや知ってるけどさ。焼き物じゃなくて陶器っしょ。あんなん東方から運んで来なきゃいけないんだし、割れるし欠けるしとんでもない値段になるよ」
陶器が? 俺の故郷では陶器市なんかで一万円も奮発すれば一家族分の一汁三菜の食器くらいは揃えられたものだが……。
そもそもそんなにきちんとしたものでなくていいなら、100円均一の店で買える。それこそシーズンごとに交換するような使い方もできた。
それが贅沢だか高級品と言われると、なんだかピンと来ない。
「ちなみに、普段遣いのこのくらい皿とかいくらになるの?」
「難しいこと言うなー。あーしもほとんど見たことないしなあ。一概に言えないけど、安いので大公銀貨3枚くらいじゃない?」
俺が手で示した、直径で言えば20センチくらいの円を見て、マーサが煙草の煙をだら~と吐き出しながら言う。
「じゃあ……レイブン銀貨15枚……。剣一本と同じなのか!? 高くない!?」
「いやカッツィオんとこの剣、高いからね?! 普通レイブン銀貨で8枚くらいだから」
「じゃあ陶器の皿1枚で剣2本!? いやまあ、ブランド品ならそのくらいは……?」
「そりゃブランド品じゃなきゃ、わざわざあんなパリンパリン割れるもん運んで来ないっしょ」
「ガラスだって似たようなもんじゃないか。パリンパリン割れるだろ」
「ガラスはこの辺で作れるしなー。あ、でもガラス製品も輸出されたらそんくらいになるんだろうな。ガラス職人は街から出してもらえないらしいしねえ~」
「え、なにそれ怖い。監禁……?」
マーサは煙管をくるくると回しながら当然という顔で言う。
「そりゃそうでしょ。街一個どころか国の税収を左右するような技術持ってるやつをブラブラさせるわけにはいかないじゃん。そもそも大公銀貨を発行してる大公殿下はガラス製品で財を成したしねえ」
「恐ろしい……逃げたらどうなるんだろうな……」
「ふつーに捕縛されるか、どうしてもってんなら殺されるんじゃない?」
「えっ、こわッ。この国ヤバくねえか?」
「いやいや。他国に流出したら国が傾くんだから必死でしょ。カッツィオも色々と他人事じゃないんだから気をつけなよ?」
やっぱりマーサもそういうことは考えるらしい。ニルケルススと同じように改めての警戒を促してくる。
俺は眉をひそめながらため息をつく。
「重々気をつけるけど、それならなんで村の鍛冶屋を譲渡させるような流れにしたんだよ?」
気になっていた件だ。マーサもオーファルトも村長にモノで払うのがいいと言って、村で鍛冶屋をやらせるように話を進めていた気がする。
しかも村長の反応はそれも考えたことがあったという感じだった。
「腕のいい鍛冶屋が流れでブラブラしてるほうが危ないんだよ? 元々、心配はされてたんだからさあ。──はい。イグニカちゃん、お茶のおかわり~」
マーサはイグニカにお茶のおかわりを差し出しながら、そんなことかという調子で言ってのける。
こちらとしてもありがたい面もあるので文句を言うつもりではないが、どんなことを考えていたかは気になるものだ。
「流れならサッと撤収って感じでイケるんじゃないか?」
「何がイケんのさー。疑念が膨れ上がってるときに逃げたらそれこそ本気で網張られるじゃん。そしたらそう簡単に逃げ切れないって」
「そんなもんかな。俺とイグニカならそう簡単には……」
「物理的には行方くらませられるけど、商売できなくなれば困るでしょ。網を張るって意味だかんね?」
そんなの事実上のお尋ねモノじゃないか。なんてこった。
ちょっと衝撃を受けている俺を、仕方ないやつだなーとでも言いたそうな顔で見ながらマーサが続きを説明してくれる。
「村の名物って感じで腕がいい鍛冶屋がいるんなら、まだ自然なんだよ。でも流れの露店商だったらこいつのバックはナニモンだって事になるじゃん。そこはどの村でも同じなんだから、網を張られたらすぐバレるもんだよ」
「バック……いや、何もないんだけどなあ俺達」
「バック、というとどういう意味なんですか?」
お茶のカップを両手で持って啜りながらイグニカも尋ねてくる。
「あー。カップ両手持ちイグニカちゃん尊い。カワヨ。推し。──だから、間者を疑われるわけ。隣国だかエルフの国だか、それ以外のなにかかって。武器を売りに来てどの程度の戦力があるのか測りに来たとか」
「いやいや、俺たちそんなこと考えてないし」
「それがわかったから村の鍛冶屋にしちゃえって話になったんじゃん。ファーレンハイネも、流れのままじゃまずいからなんとかならないかって相談してきてたよ」
「なんでハイネが心配するんだ? ああ、ヨソに武器を売られたら困るんだってあの話か……」
「それもあるけど、普通にコイツ放っといて大丈夫かって雰囲気だったけど……」
なんだとー。俺が頼りないってのかー。
と、文句を言いたい気もするが……正直、うまく立ち回れているかと問われればNOとしか言えない身だ。
「そ、そんな大丈夫かって感じだった? 商談とかまずかったのかな」
「そこはわかんないけど……。っていうか、狩人衆がずーっと見張ってて最近になって結論が出たわけ。ここ最近はあーしのおじさん、頭領が村長に『こいつら間者ではないようだし、腕もいいから村の鍛冶屋になるように繋ぎ止めたほうがいいんじゃないか?』って言ってたんだよ」
「待った──見張ってたって言った? 狩人が? 何それ知らん」
「気づきませんでしたか? 主」
「えっ──」
突然のイグニカの一言に俺は固まる。
気づいてませんでしたが!? 気づいてたなら早く言って!?
「いや、気づいてないけど?! 本当に見張られてたの!?」
「初日からずっと。弓で狙われたり槍で狙われたりしていたので、睨みつけていましたが」
「得体のしれないエルフがドラゴノイドの戦士を連れて武器を献上しに来たってんで、村長は胃痛でのたうち回ってたよ。おじさんは直接確かめに行ったり、部下に見張らせたりで神経すり減ったって言ってたし」
「そういうことはさッ! 早く言ってくれたらいいんじゃないかなッ!? そういうつもりないよって、伝えられたかもしれないよッ!?」
そんな事を言う俺を、マーサは残念なものを見る目で眺めている。
そしてすーっと煙草を吸ってから、ため息混じりに煙を吐き出しながら言う。
「カッツィオさー。話せばわかると思うのはカッツィオの面白いトコだと、あーしは思うけど……。まあ、バカなのかなコイツと思うとこも無くはないけど……。──そもそも間者が間者しに来てますとは言わないでしょ」
「それはそう。──あとバカとか言われると、あーし悲しい」
「うるせーなー。あーでもでも! あーしは最初らへんから『多分、本当に売りに来てるだけっぽい』って言ってたからね」
信じてたぞマーサ! でももうちょっと強めに主張してほしかったな! とりあえず武器を向けるのをやめるくらいには!
「というか、村長が胃痛になるのはなんでなんだ?」
「そりゃ、ドラゴノイドの戦士が取引を見張ってるんだから、バックにドラゴノイドがいるんじゃないかって思われたんでしょ。初日のあとドラゴノイドの軍団が村を狙ってるかもしれないとか言われて、村長だいぶ精神すり減ってたよ」
「ドラゴノイドの軍団? どっからそんな話になるんだよ」
俺達は最初から二人だったし、背後に誰かいることをほのめかしたりはしていない。間者と思われたのは理解できたが、そこまで話が飛躍するのはどうなんだ?
「え? だって、イグニカちゃんの格好がそもそも騎士並みの重装だったし。本人は武器を持ってないってことは『武器を持ってるやつらは後ろにいるから、ヘタな気は起こすな』って受け取られるに決まってるじゃん。護身用すら持ってないんだよ?」
なんて? と思いながらマーサを見たあと、イグニカを見る。ちなみに今日のイグニカは村娘スタイルだ。
きょとん、とした表情でイグニカは自分の鎧姿を思い浮かべるように空中を見上げ、それから口元を覆う。
「すみません──そういえば武器を使わないので持っていませんでした」
「あー。イグニカはいつも素手だもんね」
「え。まって。素手で戦うの? カッツイオが武器作ってるのに? グリズリー倒したとか言ってたのは?」
「爪ですけど……」
「爪だよね。あの、ズドンってやるやつ」
「はい」
マーサは額に手を当てて椅子にもたれかかってため息をつく。
それから煙草を一服二服と吸ってから、呆れたという顔で俺達を見る。
「ドラゴノイドと言えば武芸者が多いことで有名だけど、素手かあ。矢を射掛けたりしなくてよかったよね……」
「撃たれた場合は反撃するつもりでしたが……」
「じゃあさ、イグニカちゃんの反撃っていうと、どんな感じになるの?」
問いかけられたイグニカは素直に口を開きかけて、それから口を噤んで視線をうろうろさせた後に、もごもごと言う。
「……。ちょ、ちょっと大変な感じに……」
「おお。イグニカが気を使ってる。じゃあ、木を砕いたりする時みたいなアレかな」
「主! 動物相手に使いませんよ? ちゃんと飛び散らないようにはします!」
マーサはお茶のおかわりを注ぎながらケラケラと笑って、後ろの棚からお茶菓子かわりのドライフルーツを取り出して皿に乗せる。
「じゃあ、命拾いしたのはおじさんたちのほうじゃん。いやー。あーしの目に狂いはなかったね。さすがあーし」
「気配を消していても矢が向けば気づきますから、撃つ瞬間まで矢はつがえないほうがいいです。──もちろん、槍の切っ先も。投げられても投げ返します」
そう言ってイグニカはカップに口を付けながら向こうの窓の外を指差す。
その様子を見て、マーサはケラケラと笑いながら立ち上がって、手近な窓を開けて声を張り上げる。
「おじさーん。バレてるよー! 入ってきたほうがいいよー! 投げ返すぞーって!」
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