第37話 新たな日々の始まり
「こっちの鍵だっけ?」
「はい。そちらの大きな鍵が鍛冶屋の鍵と言っていましたね」
譲り受けた鍛冶屋の建物は、広場から南に伸びる通りに入ってかなり進んだところにあった。村外れと言っていいだろう。
しかし、外れと言っても農地や放牧地へと続く道沿いなので人通りはかなり多い。
壁は漆喰で、屋根は茅葺き。周辺の建物とほとんど同じスタイルで、大きさとしてはマーサの雑貨屋になんとなく似ている。
建物の目印になっているのは金床と鎚の看板だ。ものすごく分かりやすい。
入口が住居側と鍛冶屋側のどちらにもあるが、俺とイグニカはまず鍛冶屋の方をみることにした。マーサのところに置かせて貰っている荷物を運び込むのはこちらになるからだ。
木製の扉に金枠が打ち込んである扉には閂が設えられていて、そこには頑丈な錠前が取り付けられている。
「鍵かぁ……」
ボソッと呟きながら手元の鍵を見つめる。
円筒に歯がついた、アンティークでよく見かけるザ・鍵という形だ。現代のような精巧な溝や切れ込みが入っているわけではなく、歯の部分がちょっと複雑な形をしている程度だ。
これ、スケルトン・キーがあれば開けられるやつじゃなかったっけ? こんな錠前で大丈夫か?
そもそも、こちらにずっといるわけでもないんだよな。セキュリティが心配だ。
そこもイグニカと話し合っておかないとな。
鍵を差し込んでひねると、ガチャンッという音がして錠前が開いた。
ドアを開けて室内に入ると目の前にはマーサの店でも見かけたようなカウンターがあり、壁にはフックがあちらこちらにつけっぱなしになっている。
室内に入ると少し薄れた煙と炭の匂いが漂っており、奥に続く鉄格子の向こうには石造りの炉が見える。
「店かぁ……。さしずめ、こっちは支店ってところだなあ」
「支店ですか?」
「そうそう。うちにあるのは本店ってことになるよね」
「主もとうとう二店舗の持ち主になりますね」
「とは言え、どちらも俺が鍛冶をしてイグニカが店員をやるんだから、前と変わらないんだけどねえ」
がらん、とした室内にあるのは両手を広げた位の大きさのカウンターのみ。部屋の広さはさほどでもなく、森にある本店のように武具や素材を並べたりして飾れるような感じではない。
「そっか。村の鍛冶屋ってことは既製品をズラッと並べて売る感じじゃないよなあ」
「こちらを空ける日も多いですし、それはそれで好都合かもしれませんね」
カウンターの内側には鍛冶場につながる鉄格子がありそちらも同様に鍵で開けるとギィイという音をたてて扉が開く。
鍛冶場の中央には石造りの炉。それも結構な大きさだ。搾油用の釜を作ったときもこのくらい大きな炉があればもう少し作業が楽だったかもしれない。
天井には金属製の大きなフックがあり、おそらくこれは滑車かなにかを吊るすところだろう。
「結構大きな設備が置けるみたいだな……アーケインフォージや細工台なんかを置くところもあるかな。というか、この炉ってうちにある炉と違うからハウスアドオンの大型炉を置いたほうがいいかな」
メモ帳を開いて持ち込む物をメモしておこう。
「主、こちらとあちらに扉がありますね?」
左側から開けてみると、ここは保管スペースらしくこちらもがらんとした空間が広がっている。
「こっちは保管庫みたい。材料とか完成品を置いておくところかなあ」
「では材料類を少しこちらに持ってきたほうが良さそうですね」
「出せそうな鋼材や木材、革なんかを持ってきておこうかな」
「次の荷物はなかなか大荷物になりますね」
うーん……。本当に大荷物になりそうだ。
ん? そういえば、家にある商品引換箱のアドオンをここに設置すれば──いや、まてよ。ここに保管するものってレペロ君が取り出すこともあるよな。あの異次元空間にアクセスしろっていうのもまずいよな。
「証書にして持ってきて、住居側で引き出ししたほうが良さそう。レペロ君にあの異次元ボックスを触らせるのは色々まずい気がする……」
「ああ……あの、作業場にある箱ですよね。──どんな反応をするでしょうか」
「……。ちょっと想像つかないから見てみたいかもしれない。まだ彼のキャラクターよく知らないけど」
「──なんだか、主が誰かをからかう側になるのは新鮮な気がします」
「なんか返す言葉がないのが悔しい」
しかし、鍛冶屋の本業を行う場だけあって広い。歩いて測ってみると結構な設備が置けそうな感じだ。
そこでふと、足元に落ちていた炭に目が留まる。
ひょいと拾ってしげしげと眺める。
「主、どうしましたか?」
「今気づいたんだけどさ。家の作業場の炉って──燃料どうなってるんだろう」
「半年経った今、ですか? ──えっと炉の燃料はハウスアドオンの効果で自動補給になっていますよね? 主が継ぎ足しているのを見たことがないですが」
「自動補給っていうのは、どこから補給されてるんだろう?」
二人の間に沈黙が降りる。
「どこかに燃料を保管しているのではないのですか?」
「──いや、覚えがないな……木材じゃなくて、炭だよね。石炭」
「ええ、石炭ですね……」
「石炭、持ってなかった気がする……」
トイレの謎に並ぶ大きな謎を見つけてしまった気がする。
「そっとしておこうかな。魔法だよねきっと」
「魔法って、そういうモノでしょうか」
「……なんか魔法の力かなとか思ってたけど、自動補給って聞いたら違う気がしてきた。いや、自動補給も魔法か」
「帰ってから調べてみますか?」
「待って──ふと気づいたけど、あれって別の炭を使いたいとか、そういうことがあったら着火前にどければ使えるのかな」
「それは、使えるのではないでしょうか?」
「……不思議な設備だねえ」
「そうですねえ」
俺達はお互いに顔を見合わせながら頷き合う。
200年店番していた場所とはいえ、イグニカもあの家のすべてを知っているわけではないんだな。
手元の炭に再び目を落とすと、破片の形からこれが木炭なことに気づく。
「ここでは木炭を使ってたのか……。石炭じゃないんだな」
石炭が普及する頃といえば、大規模製鉄が始まったころだったと思う。そうなると、武器といえば銃に移り変わる頃なんじゃないだろうか。この世界で銃があるような様子はまだ見られていないし、火薬の話もまだ聞いたことがない。
「この付近で主流の燃料や入手方法は確認したほうがいいなぁ……。鍛冶屋なのに燃料の出入りがないとそれはそれで妙だと思われるだろうしな……」
村に店を持つことになったとはいえ、まだまだ隠しておかなければならないことは多い。付呪や特殊素材を扱う技術の面もそうだが、よくよく考えれば普通だと思っている素材が普通でない可能性もある。
「というか、燃料の仕入れも考えなきゃいけないよな。ちょっとマーサに相談してみないとなあ」
またメモの量が増えることになりそうだ。価格や使用量についてもしっかり確認をしておかないといけないな。
こういうのは、今後は新しい悩みになりそうだ。露店だったころはいろいろ秘密にしたりぼやかしたりしておけて楽だったなあ。
そういった事を考えながら、たったまま手帳にペンを走らせていく。
◇◆◇
ある程度書けたところで手帳を閉じて、今度は保管庫の反対側のドアに近づく。
ノブを回してみると鍵がかかっているようで開かない。
「ん? こっちは鍵が掛かってる」
「主、そちらは住居の方につながるドアではないでしょうか? でしたらもう一つの鍵でしょうか」
もう一つ渡されていた、小さい方の鍵を取り出してドアを開ける。
イグニカの言う通りこちらは住居だったようだ。
室内にはかすかに、前の住人たちの生活の後が見て取れる。
キッチンの釜戸には薄く埃が積もっており、手で払ってみると使っていた様子がわかる煤の跡が見える。
「なんだか不思議だなあ。誰かがここに住んでいたんだよなあ……」
「主、見てください。ここの柱に何か」
柱に寄ってみると、線を付けるようにキズが付けてあるのが見える。
「本当だ」
「上にもありますね」
これは──
「背丈、かな?」
「背丈?」
「そうそう、ほら。こうやってさ」
頭に手を乗せて、水平に柱に伸ばしていって指で示す。
「何才の時にはこれくらい、次はこれくらい……という感じでさ?」
「そうですか……なんだか可愛い跡ですね」
「わかるなあ、その感じ」
二人でキズを覗き込んで、伸びていく形跡を追っていく。
「最初はここからなのは、この時に立ったとかかな」
「小さい……可愛いですね」
「ね。可愛い。このくらいに立ち上がって、結構伸びてるんだなぁ」
「ふふふ。こういうキズはいいですね。残っていていいなって思います」
二人してそれを見ながら笑い合ってから、残っていた棚に荷物を置いて俺達は近場に置いてある木箱に腰掛ける。
「家具とかも揃えないといけないね」
「そうですね。マーサさんのところで扱っているでしょうか」
「大丈夫。家具も作れるから、材料を揃えて何か作ってみよう」
こういう時に生産特化なことは役に立つなあ。取ってて良かった。大工スキル。
近くにある窓を開けて、外の雨戸をずらして外の風を中に入れる。
通りのざわめきが外の風と一緒に部屋の中に踊り込んで来て、長らく無人だった室内が少し活気づいたように感じられる。
「ここもさ、過ごしやすい感じにしたいよね」
「──そうですね。ここも私達の家ですね。これからは」
二人で通りの外を歩く人々を眺めて、なんとなく笑い合う。
いい景色だな、と素直に思う。
森の中の静かな工房も悪くはないし、二人で過ごすゆったりとした時間もいいものだと思うが、村の穏やかだが活気のある空気もいいものだと思う。
「とりあえず宿屋から荷物を引き取ってここに置いてからマーサの店に行ってみようか。食器や水瓶なんかも買わなきゃな。金貨を貰っておいてよかったなあ……躊躇なくいろいろ買えそうだ」
「結構な金額でしたよね。何と言っても金貨ですから」
「正直なところどれくらいの価値なのかイマイチ、ピンと来てないんだけどね俺は……」
「結構なものですよ? きっと日用品なんかを全部揃えても十分に次の仕入れまで足りると思います」
「そろそろ帳簿なんかもつけていかないとな──あ、商店主になったってことは税金も変わるかな。その辺も確認をしておくか……」
再び手帳にメモを書きつけて、ほっとため息をつく。
「よーし……宿屋の荷物を引き上げにいこうか。それからマーサの店で買物をして、軽く乾杯しよう。飲み物や軽くつまめるものも買ってさ」
「いいですね──素敵だとおもいます!」
二人して笑い合ってドアに施錠をしてから外に出る。
村はまだ昼過ぎで明るい。こんな時間から酒を飲むぞ飲むぞとウキウキなのはなかなか背徳的というか、特別感がある気がする。
疲れた気持ちが高揚するのを感じて、自然と口元が笑みになる。
「行きましょう! 主!」
「あ~待って、まだ走れない走れない~! っていうか、すぐ近くだから走ることないじゃないか~」
「早くゆっくりしたいでしょう? ほらほら」
イグニカは炎色の髪を跳ねさせながら俺に微笑み掛けてくれる。
この村でこれからも頑張っていかなきゃなと思って、それからちょっと考えて肩の力を抜く。今すべきことは──楽しみだと思う気持ちをしっかり感じることだ。
今はこうやって、ちょっとはしゃいだ気持ちになっているのを楽しもう。
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