第23話 一生懸命と一所懸命のすれちがい
「この村は結構豊かそうに見えるんだが……他の行商も来るだろう? 鍛冶師なんかも来るのか? 村で店を開いたりしないのか?」
「行商だけやってる商人が釘とか蹄鉄とかを持ってくることはあるね。でも鍛冶屋はなぁ……こんな村にわざわざ来ないんじゃないかな。出ていく鍛冶屋は大体成り上がるためでしょ? だったら城下町に行くでしょ。研ぎと釘づくりなんかやってられっかーって、言うんじゃない?」
日本だって田舎から若者が東京近郊に吸い込まれていたし、仕事があるところ、成り上がれるチャンスがあるところに人は集まる。
そういうところはどこでも同じなんだろう。
「鍛冶屋の爺さんとこの息子も辺境伯んとこに行っちゃったしね。代官の息子に小馬鹿にされて頭に血がのぼってさ」
「代官の息子……?」
「当然だけど、税を取り立てる役人がいるでしょ? ウチは辺境伯の代官が来る。普段は城下町にいて、徴税の時期になると来るかな。騎士の仕事だよねそういうの。その代官の息子が徴税官として来たときにね」
「代官と代官の息子は騎士ってことでいいのか?」
「そうそう」
「騎士の仕事は戦争じゃないのか? 辺境伯はずっと戦争してるんならそっちに行くんじゃないのか?」
マーサはうーん、と首を捻りながら考えるように頭を揺らす。
胸も揺れている。いかん。俺としたことが。
「辺境伯の戦争に付き合ってたら命がいくつあっても足りないんじゃないかな。戦争大好きな一族で、旧王国よりいまの王国のほうが弱いから面白そうだって寝返ったとかいう筋金入りだとか村長に聞いたなー」
なんだそのヤバいヤツは。面白そうだからなんて冗談だろ?
「辺境伯はその時子どもだったらしいけど、噂だとその時から斧両手に大暴れしてたっていうし、大人ぐらい大きかったとか言うし」
もしもそういうのに、ニルケルススの言うとんでもない武具が作れると知れたら死ぬまで働くことになるだろう。絶対に避けないとまずい。
「そういうワケで、今は騎士よりも傭兵のほうが士気が高いんじゃないかな。辺境伯は傭兵をどんどん取り立てるしね。戦場で価値を示さないなら徴税に精を出すしかないよね。いつお前んとこは役に立たねーから取り潰しだーってなるかわかんないし、保身も大事」
「騎士なんだから世襲で安泰じゃないのか?」
「それは貴族っしょ。安泰どころか、従軍させる価値もないとか思われたらオシマイなんじゃない? ああいう人らって」
異世界も勤め人は世知辛いんだな。きらびやかに騎士とは言いつつも実態はソルジャーってわけか。
「まーでも、領主やる騎士もいるよ。武勲上げたところに所領として村が配られたり。そういうとこはある意味貴族みたいなものかも? ウチは代官がいる直轄地だけど、そのうちどこかの騎士の所領になったりしてねー」
「そうなると、その騎士がここに本拠地を置くことになるのか」
「さー? 他に所領がなければそうなるんじゃない? 代官よりマシな人ならいいけど……ま、期待するほうがバカよね」
マーサは肩を竦めて、イグニカにナッツを勧める。
ナッツを食べたイグニカはうんうんと頷きながらその味が気に入ったことを知らせてくれる。
「はいはいはい! そろそろ店じまいだよ! 頼んだモンは食って行きな! 残すようなやつは看板でぶっ叩くからね! 酒は無理して飲むんじゃないよ! ゲロ吐いたら素っ裸に剥いて服を雑巾にするからね!!」
蛍の光じゃないにしても閉店の挨拶恐すぎるだろ!!
衝撃を受けながら店主を見ると、本当に看板を肩に乗せている。
マジでやりかねないんじゃないかアレ……!?
「あ~。楽しかった~めっちゃ飲んだぁ~。帰って寝るかあ。カッツィオたちは明日は村のなか見て回るんでしょ?」
「ああ。店にも寄らせてもらうよ」
「村、あーしが案内しようか?」
「いいのか? 店は」
「──店番がいないなら、諦めて帰るっしょ!」
「だめですよ?」
突然イグニカに遮られてマーサは目を丸くする。
「例え雨が降ろうと、魚が降ろうと、天から星が降ろうと、主が帰らなかろうと、店を開けるのは大事な仕事です。──マーサさん、店番は大事な仕事です」
百年単位で店番していたイグニカの言葉にはさすがに迫力がある。
「やだー! やーだー! あーしもイグニカちゃんとデートしたいー!」
「だめです。お店にはいきますから」
「じゃあ待ってる。カッツィオは好きにしてていいから、イグニカちゃんだけでいいから必ずおいでね?」
「約束ですね。約束です」
ニコニコとして約束する二人を見守りながら、エールを飲み干して皿の上の物をきちんと片付けていく。
店からは三々五々客が帰っていく。店じまいにごねるようなこともなく、てくてくと並んで出ていく様子はよく訓練された何かを感じる。
それから、マーサは煙管を咥えて火を付け、だるそうに歩きながら店の玄関に向かって歩いていき、俺達に軽く手を振る。
「じゃあ、明日は村を楽しんでいきなよ。店寄ってってね。寝てたら起こしてよ」
「寝るな?」
「いっぱい飲んだからぁ~わかんない~。じゃあね~」
マーサを見送って後ろを振り向くと、誰も居なくなった酒場をリオナがするすると滑るような動きで片付けており、看板を肩に背負ったままの店主がこちらに手招きしている。
「今日の泊まりはあんたらだけだ。トイレはそっちだよ。あたしらも休んじまうから、なにかあったら、そこのドアのノッカーを鳴らしな。ロクでもないことで起こしたらタダじゃおかないよ」
ピンポンダッシュならぬノッカーダッシュしたら本当にタダじゃすまなそうだ。
命懸けになるかもしれない。
「もう閉めちまうから夜に相手連れ込むのは諦めな! 二人でサカってもあたしゃ気にしないからね。片付けはしっかりやんな」
やめろババア! 何言ってんだ! ギリギリなのは看板娘名乗るだけにしとけよ!
イグニカを振り返るともじもじしている。
ほらみろババア! イグニカさんは恥ずかしがり屋なんだぞ!!
「なんだいなんか言いたいことがあんのかい!」
「いいえ」
「アタシとの一晩を期待してんのかい!」
「いいえ」
「アタシは金貨でも靡かないよ!」
「はい」
「朝鐘がなったら店開けるから、朝メシならその時に頼みな! ほら行った行った!」
なんて濃いババアなんだ。というか、リアナは将来あんな風になるんだろうか。
チラッとリアナを見ると、リアナはこちらに気付いてスカートをひらっとなびかせてから眠そうな目でウインクを……ウインクできないのかよ!
しかし、あれがああなるのか。
時の流れって、残酷だ。
◇◆◇
二階の部屋の前でイグニカに鍵を渡す、イグニカはしばらく鍵を眺めていたが、俺におやすみなさいと告げて、自分の部屋を開けて入っていった。
ランプを小机に置いて、手帳を開く。
この村についての情報や、マーサから聞いた周辺の状況についてメモを書き込んでいく。特に統治に関する情報や、辺境伯に関する情報は大事だ。
露店や税に関することの覚書、鉄製品の扱われ方、要望の中で対応できそうなものや準備すべきもの、考えるべきこと──
カリカリとペンを走らせていると、コンコンと戸がノックされる。
「イグニカか? 開いてるよ」
ドアを開いてイグニカが入ってくる。
イグニカの格好は先程までの傭兵風の格好ではなく、村娘のような服を着ている。
「主。明日、村を見て回るときなんですが……この格好は、どうでしょうか?」
「あれ? そんな服持ってたんだっけ?」
「ああ、鎧と同じで……」
そういえばそうだった。
それにしても、こうして村娘の格好をしていると本当に可愛い村娘……いや、村娘にしては目を引きすぎる気がする。
しかし、鎧姿で村を見て回るのは確かにおかしい。だが昨日は鎧姿だったのに今日は村娘というのもどうなんだろうか?
「楽しみです。村って、どんなところか興味あるので……。きれいなところとかあるといいですね」
ふと、イグニカのこと、出会ってまだほんの少しで、知っていることは少ないがそれでも知っていることを思い浮かべる。
あの200年が体感時間だったとしても、彼女はずっと店かその周りにいただけだったのだろう。おしゃれをして村を歩いたりしたいという気持ちもあるのではないか。
「村娘の格好、いいと思うよ」
「本当ですか!?」
「え、ああ。ちょっと目を引くけど」
「服が似合わないでしょうか」
「そんなことはないよ」
イグニカはもじもじしている。うちの看板娘はドレスが似合うくらいだからな。やっぱり俺の見立ては間違ってなかった。
「じゃあ、明日はその格好でいこうか」
「はい!」
しばし見つめ合って沈黙する。
イグニカはまだもじもじしている。
なんだろう? 知らないところだから眠れないのだろうか?
「どうしたの? イグニカ。なにか困ってる?」
「……いいえ、困っては……。いえ、大丈夫です。おやすみなさい。主」
イグニカが部屋の戸を閉めてくれるのに軽く手を挙げてありがとうと伝え、再びメモを取り始める。
まとめながら書き記し、方針をひねり出す。ある程度書き終えたら手帳を閉じ、ベッドに横になって天井を見上げる。
──似合ってたな、村娘の格好。
──本当に綺麗だった。
やっぱりイグニカもおしゃれは楽しいんだろうか。
今回の行商では結構稼げたから、しっかり給与を払ってあげないとな。
もっと、しっかりしないと。
◇◆◇
朝鐘の音で目を覚ます。
窓を開けるとそこは物干し台が据え付けてあるベランダで、水平線上の空は紺色でまだ夜の余韻が残っている。
服を整えて1階に降りる。
テーブルを拭いているすらっとしたシルエットの男性が目に入る。
男性は俺に気付いて振り向いて会釈してくれる。
口の周りに髭を生やし、長い髪を後ろで纏めている。涼しげだが優しそうな目元とスッと通った鼻筋が印象的な男性だ。
俺が女子なら頬を染めそうな美男だ。キィィイ……眩しい……。目がッ……目があッ……。
「眠れましたか」
やわらかい声音で声を掛けられて頷くと、彼は口元を緩めて笑う。
「朝食、食べていくかい?」
「あ、はい……では、二人分お願いします」
「そうか。毎度。クヌート銅貨二枚だよ」
財布から銅貨を取り出して渡すと、男性は俺に微笑み掛けて去っていく。
顔の作りの破壊力ってすごい……なんて不公平なんだ……加齢臭とかしなさそうなあの爽やかさは一体……。
カウンターの奥の厨房に、薪の山を担いで斧を片手にした店主が入ってくる。一端の戦士のような迫力だ。ドガシャァ、という音がもう猛々しい。
「あんた♡ 仕込み用の薪、割っといたからね♡」
「いつもありがとう。私のエリーゼ。今朝も可愛いね」
「やだぁ~♡ あんた朝から何言ってんだいもう~♡」
「エリーゼはいつも照れて可愛いね。朝食の準備に入るから手伝ってくれるかい?」
「あんたと一緒なら朝食でも夜食でもなんでもいいさ……アタシのハニー♡」
「エリーゼ。お客さんが見てるよ」
ババアがこちらを向く。俺は目をそらす。
「よく眠れたのかい!」
「はい」
「メシの注文はしたのかい!」
「はい」
「アタシに惚れたのかい!」
「いいえ」
フンッ!と鼻息を鳴らしたババアは旦那の頬を吸い込むようなキスとしてから水樽持ち上げて去っていく。なんて逞しい背中なんだ。
つまり、リアナは父親似ってことで、いいんだろうか……。
その背中を呆然と見送って、俺は席につく。
すごいものを見た。
朝からそんなにツッコめないよォ……どうなってんだよこの酒場はよォ……。
ことん、ことん、という慎ましい足音がして顔を上げる。
炎色の髪をライオンシルバーのバレッタで留め、ふんわりとしたスカートの裾を広げて、胸元に金色のネックレスを掛けて──イグニカが降りてきた。
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