第22話 世間知らずどころか世界知らずとは言えない

「危険な生き物……亜竜もいませんし。魔法戦争もないですし、ドワーフが時空兵器を起動したりもしていないので、平和だと思います。この付近だと、森の奥にいたやたら大きくて二足歩行する灰色の獣は面白かったですが、肉がまずかったですね」

「あー。多分、それグリズリーじゃないかな」


 エールのジョッキに口をつけたままだったイグニカが、ふと顔を上げて放り込んだ途方もない発言に半ば呆れながら返事をするマーサ。


 その途方もない一言に焦りながら弁解しようとしたが、俺だってイグニカのことはよく知らないのだからカバーしようにもどこまでカバーできるかわからない。

 こめかみから冷や汗が流れるのを感じながら、乾いた笑いをするしかない。


「ハハハ、イグニカ。面白いよね時々……」

「まあ、ドラゴノイドならそういうもんなのかも。ジクウヘイキ? とかはわかんないけど……」


 なんか納得されてるんですが? ドラゴノイドの説得力すごくない?

 インフィニティオンラインのペラッペラの設定はほんの一部だったの?


「魔法戦争なら聞いたことあるかなあ。エルフのほうが詳しいんじゃないの?」

「いや……」

「まあ、魔法戦争っていう単語自体さー」


 マーサが肘をついて煙管を取り出しながら言う。


「剣戦争とか、斧戦争とか、そんな単語だからどの戦争だっつーのってなっちゃうけどさー」

「こっちでは魔法は一般的なのか?」

「なにそれ。一般的っていうか、無いと普通に不便じゃない?」

「じゃあさ、最低限魔法が使えるんなら魔法で戦ったり……」

「最低限ねぇ……最低限の魔法で倒れてくれるのは草くらいじゃない? 殴ったほうが早いよ」


 そっかぁ、草かぁ……。鳥とかじゃなくて、草かぁ……。


「まー、訓練してない限り武器より弱いし殴ったほうが早いよね。習ってる人なら夜目の護りとか困惑の呪詛とか使えるらしいけど、役に立つほど保たせるとか、強い呪詛掛けるとかになると習わないと無理じゃないかなー」


 マジックアロー、ヒール、ナイトサイト、コンフューズ……そのへんだろうか? インフィニティオンラインの魔法スキルで言えば第一位階の魔法だな……。

 じゃあ魔法書は? 秘薬は?

 ええい、聞いてみるか。


「魔法書や秘薬はどうしてるんだ?」

「村で売ってるよ。秘薬畑もあるし」

「あるんか」

「いや、あるし。無くても使えるけど、真言なんか全部覚えてないし、力弱いから使うでしょ。ケガ治すのにヒールするぞーって時に魔法書も秘薬もなしだと治す気あんのかってなるでしょ」

「むしろそれらしくない? 己の魔法力でキラキラして治すみたいな」

「そんなん出来るなら村人やってないし」

「そうね。そうだよね。わかる」


 しかし、魔法書なしで魔法が使えるのは初耳だ。秘薬すら必須ではないのか……。

 とはいえ、インフィニティオンラインでも付呪で秘薬を使わず魔法を使うのが主流になっていたからフィールドに落ちてたりモンスターのドロップに含まれてても無視するのが普通になってたな。


「魔法使うためだけに秘薬畑か……」

「いや普通に薬にも食べるのにも使うじゃん。それとかそれとか」


 指さされて鳥のグリルとビールを見る。

 秘薬なんか食って大丈夫なのかよォ……いっぱい食べちゃったよォ……


「ニンニクでしょ、チリでしょ、ペッパーでしょ、エールに使うシナモンでしょ、ソーセージに使うクミンでしょ、ほら」

「それ調味料じゃね? スパイスとかハーブじゃね?」

「だからそう言ってるじゃん?」


 そうだね。そう言ってるね。

 ということは、俺が向こうで食べてたお菓子やカレーやラーメンは秘薬マシマシだったのか。そうか。道理で食べ過ぎるわけだ。

 ダイエットに悩む女子も男子も、もう悩まなくていい。全部秘薬のせいだ。魔法がいっぱいなんだから仕方ないんだ。俺達は悪くなかったんだ。全部、魔法が、悪い。


 そんなのおかしいよォ……異世界、おかしいよォ……。

 

「文字は使わないんですか?」


 頭を抱える俺の代わりにイグニカが質問する。

 細い指をするっと動かして、空中に文字を刻むと、ボワッと光ってから消える。

 慌てて周囲を見渡すが、こちらに注意している人はいない。


「なにそれすごい。見たこと無いなー」


 インフィニティオンラインだったら、イグニカたちドラゴノイドが使う新魔法だろうか。エルフ実装のときも魔法の種類が増えたしな。じゃあ、こっちではドルイド魔法とかがそれにあたるんだろうか?


「そんだけ文化が違うならワケわかんないのもしょうがないかあ」

「こっちは電気とかは使わないのか?」

「え? なに? デンキ?」


 電気を説明しろと言われると難しい。それこそ物理法則なのだから、魔法よりよっぽど確実に色々起こせるものなんだが……。


「ほら、冬に金属に触ろうとしたらバチッとしたり、大雨が降る時に光ったりする」

「フェアリーショットと雷のこと?」

「そう……?」

「なんで疑問形。それを使うの? なんに?」

「灯りとか、機械を動かしたりとか、こう……流して機械を動かして回転する力を使ってみたりとか……」

「妖精を瓶に閉じ込めたり、雷をどっかに貯めたりするの?」

「いや、そういうことはできないから、発電って言って、大雑把に言うと磁石をコイルの近くで動かして電気を──」


 なんてこった。小学校の理科の話を全く知らない人に口だけで説明してみせろって言われたら思ったより難易度が高い。先生ってすごかったんだ。


「とりあえず、そのデンキとやらで機械を動かすのがそっちでの魔法みたいなもんなわけだ?」

「いや、魔法じゃなくて物理法則というか?」

「法則なんでしょ。それが魔法じゃないの?」


 確かにィ……!! 物理法則ってなんで決まってるのか俺知らないし、それが魔法じゃねえのって言われたらどう言っていいのかわかんないよォ……!!


「じゃあ、カッツィオんところはそういう文明とか文化だったワケなんだ。でもこっちとぜんぜん違うけど、鍛冶はあったわけか」

「あー、まあ。そうだな……」

「で、武器とか作ってたし、道具も作ってたからそれ使って商売してるのか」


 大雑把に、肝心なところを隠して言えば、まあそうだって言っていいか?


「あー、まあ。そうだね」

「どこでも考えることは同じだねー。ぶっ殺す時に使うならイイモノを、なんかするならイイモノを、そういうわけじゃん」

「それはそうだな……」

「んで、それを競争してくうちに殺し方もでっかくなっていって、戦争になったっていうのが魔法戦争だったっけなあ」

「地形を変えたりするような力になることもありますしね、そうなると世界が滅んだりもします」

「魔法で?」


 科学なら出来る。というか、それが危ぶまれてたな。


「そうしたら、もっと強いもの、真理に近いものが何もかもを破壊して更地に戻して、元に戻すだけです。なにもない──原初の大地に」

「それが、イグニカちゃんとこの神話なんだ?」

「……──ええ」


 ぐいーっと背中を伸ばしたところに、リアナがヒョイとナッツの載った皿を置く。

 マーサの胸の上だ。


「えー、降ろしてー。腕が疲れるー」

「無駄乳。物置に使うくらいの役にしか立たない」


 リアナは冷ややかにマーサを見下ろして、勝ち誇ったようにフッと笑う。


「あーしだって好きでこんななったわけじゃないしー。邪魔なときもあるんだからさあ。カッツィオがずっと見てるし」

「──!?」

「……」


 いや、見てるけどさ!? 仕方なくない!? だってさあ!?


「……いや、動くものを目で追うのは動物の習性であってさ? ぼかあ、そういうそれを、そのね? そういうあれね?」

「無駄乳ではなかった。目眩ましに使えるらしい。フッ、そんなにあってもその程度。私なら脚で済む」


 勝ち誇った顔のままリアナが去っていく。

 この空気マジどうしてくれんだよォ!! せめてなんとかしていけ!!


「まあ普通に見るっしょ。あーしもイグニカちゃんの見てるし」

「だよな。見るよな」

「主、大きいほうが好みですか」

「イグニカさん。今なんか話は終わった感じだから、そのまま流していいんじゃないかな」

「いえ。大事なことなので。大きいほうが好きなんですか?」


 大事なことだから二回言うの? 二回聞くの? 主のこの顔見てわかんない? ちょっとこれまずいなーって思ってるの伝わってない感じ?


「俺は誰のものかの方が大事だと思っている。思い入れが価値を決める。俺はそう信じてるよ」

「じゃあ、あーしのを見てたのは思い入れがあるわけなの?」

「それはそのまああれだその、想定よりも存在感があれば見ることもある。きれいな髪だって見るだろう? ほら、炎色の髪とか」

「確かに目を引くよねえ。イグニカちゃんの髪。すっごい綺麗だよねえ」


 完璧に話を逸らしたようだ。勝ったな。エール飲んでくる。

 イグニカは髪を摘んで自分で見つめながら、胸元をさする。


「私ももっと大きければいいんでしょうか。わかりました。やってみます」


 何を!? 何をするの!? どういうことなの!?


「リアナに教わるといいかも。効果出てないけど」

「主を見る目が気に入らないので聞きたくないです」


 おお、財布扱いに怒ってくれるのか。ありがとう。ぼかあ嬉しいよ。こんな濃い奴らの中で良心的な存在がいてくれてねえ!


 リアナさんがイグニカの視線に気付いて余裕めいた笑みを浮かべたあと、クルッと回ってヒラッとスカートを大きく捲って見せる。

 白くて長い脚だ。おお、太ももが見えそう。


 するとイグニカはスーッとリアナを指差し、ロングブーツに包まれた長い脚を高く持ち上げ、ゆっくりと優雅に組み替えてみせる。そしてフッと笑った。


 いや何の戦いなの? いまなにを争ったの!?


「カッツィオは顔に全部出るのが面白いよねー」

「どちらかといえばクールで無表情だと思ってるんだが?」

「それはないと思う」

「主は表情豊かですねえ。前は無表情でしたけど、今は焦ったり戸惑ったり真面目になったり、素敵になりました」


 生まれ変わったらポーカーフェイスが出来るようになりたい。

 スキルになかったのかポーカーフェイス! 鍛冶が出来るならポーカーフェイスくらいできていいじゃないか! クソッ! 瞑想スキル取っとけばよかったのか!


「ああもう──ここらの状況の話にもどっていいか?」

「いいよー」

「それで、ここらは辺境伯領だったよな? で、年中戦ってるとか」

「辺境伯んところはずっと武具を使うからね。稼ぐんならそっちのほうがいいかもしれないけどさ、二人は稼いで成り上がりたいって風には見えないんだけど……」

「……食べていくために必要で商いたいというほうが強いな」

「なるほどね。それなら今日の売上でしばらくはなんとかなるんじゃないの?」

「そうなのか?」

「クヌート銅貨はパン銅貨ってね。7人家族の一食分のパンだよ」

「そうなると、銀貨13枚の剣ってのは……」

「わりと本気で武器を使うか、あーしみたいに物好きな人間しか買わないような値段だねえ。武器で使うとしたら研いだりしてずーっと使うからさ。長く細くって考えるなら研ぎとか釘作ったりとか、そういうものを用意していかないとねえ」


 俺は手帳を取り出して、メモした部分を眺める。

 今日聞いた内容は貴重だ。

 今日の売上はあくまでも、これまで溜まっていた需要があったからこその幸運で、これからはもっと少ない金額が普段の売上になる。

 この手帳の内容が、その売上の元になっていくんだろう。

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