第21話 酒の力と鍛冶屋の冷や汗

 背負うとずっしりくる荷物を担いでカウンターに行くと、恰幅のいい女性から鍵を渡される。


「一角獣亭へようこそ、噂の旅の鍛冶屋さんよ。アタシは店主のエリーゼだ」


 いやあ、ちょっとエリーゼって雰囲気にはァ……見えないですねえ。もしかして空賊とかされてました?


「──鍛冶屋のト・カッツィオと申します。初めまして。それで、宿を二部屋、一泊ずつでお願いします」

「二部屋かい。やるじゃないか1日であの乳だけマーサを落とすとは。もう口説いたのかい」

「いえ、そういう予定は──」

「なんだい、マーサの奴やっと男っ気が出たと思ったら違うってのかい。じゃあアタシが目当てかい! アタシはそういうサービスはしてないよ!」

「そういうアトラクションはちょっと……」

「母さん。カッツィオは私が目をつけたから。横取りは困る。カッツィオは私の──はっ」


 話の途中でリアナさんが後ろを振り返る。つられて俺も振り返ると、イグニカが目を見開いてこちらを見ている。

 なんだろう。何か用事だろうか。


「どうやら、ライバルは強力みたい。母さんでは太刀打ちできない。若くて形が良くてハリとツヤがある私の出番。カッツィオの財布は私が握る」

「しまった。財布をイグニカに預けたままだ」

「財布さん。早くカッツィオ取ってきて」

 

 カッツィオですー。そっちは財布ですー。

 なんてナチュラルなんだ。

 こんな濃い空間にいられるか、俺は財布を取りに行くぞ。

 初対面なのにいじられ方が半端じゃねえ。撤退だ!


 財布をもらうためにマーサとイグニカのいる席に戻ると、気付いていたのかイグニカが財布を取り出して渡してくれる。


「主、今夜はここに泊まるのですか?」

「ああ。そのつもり。部屋も2つ取れたから大丈夫だよ」

「え──」

「じゃあ、手続してくる。また後で」


 財布を受け取ってカウンターに戻ると、店主のエリーゼから鍵を2つ渡される。


「二部屋で合わせてクヌート銅貨12枚だ」

「レイブン銀貨と銅貨2枚でも?」

「銀貨で払うのかい。ならペルト銅貨3枚付けてもらおうかね」


 そうか、両替の手数料か。なら銅貨にしよう。


「やっぱり銅貨で払います。12枚です」

「はい確かに。夜の出入りは店が閉まったらなしだから気を付けるんだよ。部屋は階段あがって廊下を曲がったら突き当って右側。並んでる二つだ。はいよ、ランプだ。火の扱いには気をつけな」


 渡されたオイルランプを片手に荷物を担いで2階に上がり。奥まで行ってドアを開けて部屋に入る。

 部屋の大きさは細長い四畳くらいで、部屋の左側はベッドと少しの空きスペース。右側はベッドに腰掛けて使える小机があり、その脇に木のチェストが置いてある。

 なんだろうこの落ち着く狭さ。格安ビジネスホテルの狭さに落ち着くあの気分だ。


 ほんの少しのスペースに詰め込むように荷物を置いて、鍵をかけたらランプを片手にまた酒場に戻る。

 カウンターに着くと店主のエリーゼがランプを受け取ってくれる。

 実はランプ無くても見えるんだよなこの目。要らないって言えばよかったか。


 というか、ランプを都度持ち歩くのか……。初体験だなこれは。室内なのにキャンプのような、停電したときの非日常のような……。ちょっと不思議だがなんだか楽しいぞ。


 そんな気分を抱えたまま二人がいる席に戻ると、イグニカの前にジョッキの山ができていた。

 しまった!! この調子で飲まれると稼いだ分が消えかねない!!

 イグニカの隣に座っているマーサはにへにへしながらイグニカがジョッキをあけるのを見守っている。

 あの顔。

 幸せそうなイグニカを止めるわけがないよな。


「イグニカさん? ちょっと飲み過ぎでは……?」

「主、私と部屋を別にしたのは誰か呼ぶためですか?」


 違いますが!?


「普段から寝室は別じゃないか」

「それはそうですけど、これはこれだと思いませんか? ベッド2つなら、それはそれで……疲れたあとはそういう気分ならそれはわかりますが、部屋までなんて……」

「カッツィオ。お前もう椅子降りろ?」


 何言ってるこのゆるダル! 話がややこしくなるだろ!


「イグニカ。飲みすぎじゃないか? できるだけ普段通りで寝たいだけだよ」

「ん? 待って。二人は一緒に住んでるわけ?」


 しまったー?! このゆるダルがいるのを忘れてたー?!


「そうですよ? だから、私が一番近くにいるんです。わかりますか? マーサさん。あの細くて平たいのより、主は私と一緒に寝るべきなんですよ。そう思いませんか? マーサさん」

「うんうんそう思うよお。イグニカちゃんは可愛いねえ」


 なんか聞かれても問題ない気がしてきた。このまま飲ませて潰してしまおうか。

 サッと手を挙げると、リアナさんがスタタッとやってくる。


「エール4杯追加で。あと今いくらですか」

「いまは……エール16杯でペルト銅貨32枚。料理は全部でクヌート銅貨15枚」

「分かりましたこれでどんどん持ってきてください」


 ジャラジャラと銀貨と銅貨を多めに渡すと、リアナさんはとびきりの微笑みを見せて追加のエールを取りに行った。

 財布がだいぶ軽くなったもんだ。


「イグニカ。 明日村を一緒に見て回らないか? 行商とかは抜きで」

「話を逸らそうったって……──」

「二人でゆっくり村の中を見て回ろう」

「──……いきます。それでこの話はチャラにしましょう。仕方ないですねえ主は」

「そうだねえ仕方ない主だねえ〜。イグニカちゃんは可愛いねえ〜」

 

 よくわからんが、どうやら話が逸れたらしい。ヨシ!


「エール多めに頼んでおいたから、それを飲んだら明日に備えて休もう。俺も疲れた」

「分かりました。まだまだ飲めますが、それなら大事に飲まなければいけません」

「昼間は結局どうだったのさー? 明日も店やらなくていいのー?」

「今日の感触からして、質問と相談がほとんどだったから村を見て回るほうがいいかなと思って。メモも取ったし、裏付けに見て回りたい。それなら次来るときにもう少しは役に立てそうな気がする」

「客の言う事をメモぉ? ずいぶん真面目というか、律儀と言うか」

「売れないものを売るより、欲しがるものを売る方がやっぱりいいだろ?」

「えー。売りたいものを売る方がいい」

「それも分かる」


 それから、マーサの店の仕入れに関することや、村を訪れる行商の頻度などを教えてもらいながら料理を食べる。


「そういえばこのエール、飲んだことない味がするよな。不思議な味がする。なんかスパイスの味っぽいような、なんか覚えがあるような……」

「木の匂いがします。おいしいですねえこれも」

「これはカブ……? なんだかワイルドだな。風味が強い。辛味があるのかこっちのカブ……」

「果物の酢と草は合いますねえ。エールがもっと欲しくなる味です」

「この鳥おいしいな。少し硬いけど、脂っこくなくてうまい」

「サクサクしていい歯ごたえですねこれ」

「ソーセージって、こういう味のもあるのか。すごいスモークの匂いというか、ほぼサラミみたいだなぁ」


 ニコニコして俺たち、というかイグニカを見守るマーサは、時々うわ言のようにトウトイとかオシとか呟いている。

 久しぶりに誰かに作ってもらった食事に舌鼓を打ってばかりいたが、こちらの世界のことについて聞くなら今がチャンスだ。


「そうだ。マーサ、質問が……──」

「んー。なにー。カッツィオ」


 なにー? と聞かれると、何から聞いていいのか迷う。この世界って魔法とかあるんですか! 剣と魔法の世界ですか! とか聞くわけにもいかない。

 マーサの方もこちらがどこから来たのかなどを根掘り葉掘り聞いてこない。ある程度何か察されているような気もするし、何も考えていないような気もする。

 質問しておいて質問が出てこず、ぐるぐると考えてしまう。


「あーし、直感派だからさあ」


 エールのジョッキを片手にしたマーサが口を開く。


「どこから来て、何をしてきて、何をしたいのかとか、口で聞いてもしょうがないと思うのね」

「……あ、ああ?」

「だからさあ、まあそいつが悪い奴か、いい奴か、とかはあーしが決めればいいかなーと思ってて」


 視線を逸らしてエールを飲む。

 そうだ、これはシナモンの味だ。思い出した。これはシナモンだ。

 焦ってるからこそ浮かぶ脇道に逸れた考えに、自分でも呆れてしまう。


「カッツィオは悪い奴には見えないからいいかなーって。村とか故郷とかって、いいトコもあるけど、息苦しいコトもあるじゃん。だから里から出ていっちゃったエルフや、そういうところと関わらないで生きてきたエルフがいても、まあ不思議じゃないよねーって思うわけ」


 ただのゆるダルに見えてコイツの本性はどっちかというと商品を見ていたときの顔のほうなんじゃないのかという気がしてくる。

 駆け引きが苦手な俺が駆け引きしてもおそらく不信を買うだけで終わる気がする。それこそ、愚策というやつなんだろう。


「じゃあ、率直に知りたいことを聞くんだが……。ここらへんというか、この一帯って、いまどんな状態なんだ? 安全だとか安全じゃないとかそのへん」


 お前さんらはお前さんらで自分の身を守らにゃならん、というニルケルススの言葉が頭をよぎる。

 そうだ。まずは脅威がどこにあるかを知らなければならない。


「んー。ここは、まずギヨーム辺境伯領の端っこ。北には王国国境になってる山脈。西にも国境になってる大河がある。渡河は厳重に警戒されてるし、山脈とか樹海は大体怪物がいてヤバいから、異民族はそういうのを迂回した東の方からくる。そこでギヨーム伯は征伐しまくってる。この辺だと賊なんていい練習台だから、賊やるやつは命知らず以下」


 辺境伯って、辺境でのんびりしてる伯爵じゃないんだ。それもそうか。最前線ってことだもんな。


「ウチらの危険は基本的に腹を減らした渡りのワイバーンとか、森の奥にいるゴブリンの巣が溢れて出てきたりとか、あとは怒りやすいホッグとか? ヘタこいた狩人が鹿に噛み殺されたりもある。あと、グリズリーの警告無視して縄張りに入ったりしたら普通に死ぬけど、グリズリーは樹海の手前まで森を進まないといないから」


 鹿って人間噛み殺すっけ? オレの知ってる鹿と違わないか?

 渡りのワイバーンってなんだ。インフィニティオンラインだと山のほうにいたことしか覚えがないぞ。

 あとグリズリー恐すぎるだろ。ヒグマみたいなもんか? でもヒグマって縄張りに入ったから襲うんじゃなかったような? いや、餌を奪ったり、子育て中に出会うと襲ってくるんだったか?


「あとはまあ、人の領域を出ていかなければそんなに危なくはないかなあ。樹海とか洞窟とか行けばモンスターもいるけど。──ザッとこんなもんだけど、なんかピンと来てない感じね」

「いや、俺の故郷の生き物と名前は同じだけど、やってることが違うのがいるなと」

「そうなんだ?」


 そこでマーサは手を挙げてリアナに煎りナッツを注文して、再び俺達を見る。


「イグニカちゃんはドラゴノイドでしょ? こっちの大陸はどう?」


 エールのジョッキに口をつけたままだったイグニカが顔を上げるが、なんと言っていいか困っている顔をして、それから爆弾発言をする。


「危険な生き物……亜竜もいませんし。魔法戦争もないですし、ドワーフが時空兵器を起動したりもしていないので、平和だと思います。この付近だと、森の奥にいたやたら大きくて二足歩行する灰色の獣は面白かったですが、肉がまずかったですね」

「あー。多分、それグリズリーじゃないかな」


 待って!? またなんか途方も無いこと言い出したんだけど!?

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