第26話 行商後の楽しみと買い物の楽しみ

 若者の暴走で閑古鳥が鳴き、看板娘が激怒してしまったところで店にやってきたオーファルトさんは壊れた鍬を俺に示す。


「おしゃべりに来たんじゃねえんだ。鍬ねえか。鍬。壊れちまってよ」

「すみません。すぐに売れてしまいまして……」

「そうか。ま、売れたならいいじゃねえか。──そうだ。腰刀新調すっか。そのリーフソードとかいうの見せてくれよ」

「新調するならやっぱソレ買うよね。いいヤツだもん」


 リーフソードを指さしたマーサにおっさんもしっかり頷いて肯定してくれる。


「ああ。見りゃ分かる。いい刃だ。──で、おいマーサ。店はどうした」


 おっさんが呆れ混じりで凄むと、マーサは身体をかたむけて、だらーっとした雰囲気で返事をする。


「えー。みんなこっちの店見てるから、ウチの店こないし、いっかーって」

「店番も置かずにぶらつく店主がどこにいる。さっさと店戻れ」

「わーかったって。おじさん、だんだんばあちゃんに似てきたよねー」

「やめろやめろ。まったくどいつもこいつと似てる似てると……」


 二人が親戚だと知ったのは、マーサに値付けの相場について相談に乗ってもらっていたときのことだ。

 店にやってきたおっさんことオーファルト氏をマーサが紹介してくれ、その時に名前と役職も判明した。あの逞しさは狩猟で培ったものだったらしい。


「──話の腰折っちまってすまねえな兄ちゃん。レイブン銀貨15枚だよな」

「ええ。15枚でいいんですか?」

「自分から言い出すやつがあるか。おめえ店やるんだから、ちゃんと取るときは取るメリハリをだな……」


 そんなことを言いつつ、見事な細工が入った革の財布から銀貨を取り出し、俺に手渡してくれる。

 筋骨逞しいその腕には大きな古傷。

 初見でも思ったが、いつ見ても迫力のあるおじさんだ。狩人衆の頭領はダテじゃないらしい。


「とにかく、簡単に値引き値引きってすりゃいいってもんじゃねえんだ。特に武具はな。分相応じゃねえもん持つと素人は調子に乗る」

「そういうもんですか……」


 俺からリーフソードを受け取ったオーファルトは鞘から刃を抜き、改めて握った感触を確かめながら続ける。


「そういう時が一番危ねえ。──ふむ……いい造りしてんじゃねえか。合わせて腰帯も作るか」

「さっきの彼は……大丈夫ですかね」


 先ほどの騒ぎの元である彼に触れると、マーサが補足をしてくれる。


「レペロがさっき剣買おうとしてね。イグニカちゃんに使えるのか?って尋ねられて暴れてったのよ」

「ベッケルんとこのレペロか。……まーたあいつは、剣なんか早えって言ったんだがなあ。いっぺんホッグ狩りにでも連れてって目を覚まさせてやらんといかんな」

「ホッグは厳しくない? 突進されたらタダじゃすまないでしょ」

「だから教えてやらんといかんのだろうが。はじめからうまくできるわけがねえ」

「こないだ迷い込んできたゴブリン倒してからアレでしょ? 下手したら巣穴行くんじゃない?」

「俺が殴り飛ばして弱ったやつを鍬でタコ殴りにしてようやくだぞ。さすがにそこまで身の程知らずには……あいや、しかし……」


 オーファルトは片手で顎髭を撫でながら苦い顔をする。

 それからレペロとか言った青年が立ち去った方向に歩き出しながら、マーサに声を掛ける。


「店戻れよマーサ。俺はレペロに無茶せんように言ってくる」

「はいはーい。じゃあ、あーしはここで休憩……」

「マーサさんや。店番は大事な仕事ですよ」

「はーい」


 俺にツッコまれたマーサがゆらゆらと歩いていくのを見送って、今日の行商はこんなものかと見切りをつけて恐る恐るイグニカに声を掛ける。


「イグニカ、そろそろ片付けよう……と、思うんだけど……」


 するとイグニカはくるっとこちらを振り返り、俺に指を突きつける。


「主。主は役目を大切に思い、懸命にそれを果たしています。できることを考え、人々が喜ぶことを目指していると私は思っています。誇りをもってください」


 ぽかん、として彼女の顔を見返す俺にイグニカはもう一度繰り返す。


「誇りは大切です。自分のしていることそのものに誇りを持つこと、それができることは──きっと幸せなことだと思います。主にとっての大事なものです。それを軽んじたあの輩は私は許せません」

「えっと……仕事なんだからこういうこともあるかなって思っていたんだけど……」


 イグニカは腰に手を当てて、不満そうに俺に言い返す。


「だとしても、怒るくらいはしてもいいと思います。主は時々仕事について、雑に扱っているのか大切に思っているのかよくわからないです」


 どうやら彼女が怒っていたのは、あの輩にだけではなかったようだ。


「──確かに、毅然として言い返すべき場面もある。あれがそうだったのかもしれない。それは反省するよ」

「ええ──そうしてください。きっとあの輩も反省……で済めばいいですが、おそらく後悔まででしょうね」


 それはどうしてだ? と聞き返したかったが、イグニカの厳しい表情を見て口をつぐんだ俺は荷物を片付け始める。イグニカも俺に習って荷物を片付け始めた。


 片付けが終わると売上金を締めてから、俺は税を納めに行き、イグニカは回し砥石や試し切り台などをマーサの雑貨屋に預けに行く。


 この後は、酒場兼宿屋で食事をするのがいつもの流れだ。

 ここ最近の酒場では、先ほどオーファルトとマーサの会話に上がったホッグとかいう獣の肉がよくメニューに乗る。

 なんでも、春の始めに村の飼育場で増やし、秋に森に放って肥育するのだそうだ。そして秋の終わりに親個体とするものを数匹捕まえてから、残りの十分肥えたものは狩人たちが収穫するのだとか。

 いまよく出回るのは、去年の分でこれから新しい分が入ってくるからたくさん出すらしい。

 品物としては塩漬け・ソーセージ・燻製の効いたベーコンなどなど。

 今日出る分も美味しかったらまた買って帰ろう。


 そう思いながら俺はイグニカと一緒に酒場のドアを開けて中に入る。

 いつものように中に入るとリアナが軽く俺たちに手を挙げて今日の席を示してくれ、すっかり顔なじみになった店主が頷いてこちらに手招きする。


 荷物を預けたらお楽しみの酒と食事だ。


◇◆◇


 一泊二日の行商での二日目は主に買い出しと街歩きがメインになる。

 そうとは言っても、村にある商店はマーサの雑貨屋くらいのものなので、買い出しのあとは景色を楽しんだり村の貯水池で釣りをしたりして過ごしている。


 そして今日はマーサの店のマーサチョイスのごちゃ混ぜ棚で、俺たちは品物をじーっと見つめていた。


「これは──石鹸? にしては、なんか凝った形してるな? しかも木箱入り」

「それ、こないだ行商の人が持ってきた新しいやつー。花の香油入りで肌への馴染みもいいのが売り。あーしも使ったけどいい感じだったよ」

「香油か……たしかに、なんかいい匂いするなこれ」


 前の世界でよく使っていた石鹸や洗剤のようなドストレートな匂いではなく、嗅いでみるとわかるふんわりした感じのものだが、いい匂いだ。


 イグニカが近寄ってきたので、それを渡すとくんくんと匂いを嗅いでから頷く。気に入ったらしい。


「花畑を歩いた後みたいな香りです」

「やーだー、イグニカちゃんの表現がかわいい。尊い」

「これ買うか……」


 それから他の店をウロウロと見ていると、道具類が並ぶ棚の隅に、だいぶ長い事置いてあるような指輪を見つけてそれを手に取る。


「ん? これは……」

「それは幸運の指輪。胡散臭いっしょー。でも、れっきとしたマジックアイテムなんだなーこれが」


 幸運? それがマジックアイテムだと言うなら、願掛けという意味ではなく幸運のステータスを上げるということか?

 俺は指輪を手のひらに乗せてジッと見つめる。脳内で閃く指輪の材質にかかわる事柄やその効果。どうやらこれは純金製らしい。マジックアイテムというのは本当らしく、幸運が高まる効果を持つ事が頭の中に閃く言葉でわかる。

 この頭の中に何かが入り込んでくるような、別の何かがいるような不思議な感覚には未だに慣れない。もっと視覚的にわかるようにしてくれればいいのにと思う。


「ああ、マジックアイテムだなこれ。……なんでこんなものが?」

「……仕入れた経緯は言いたくないからそっとしといて。でも、まー……高かったらしいよ? あーしは気に入らないから売っぱらおうとしてるけど、材質分だけで既に高いから売れないでそのまま……たまーに置いてるの思い出して投げ売りしてやろーかと思うけど、材質の価値以下で買われんのも、なんかムカつく」


 ……この指輪の曰くにはあまり触れないほうが良さそうだ。

 しかし、曰くはどうあれホンモノのマジックアイテムだ。

 隊商たちが売っているのを見かけたことはあったが、村の雑貨屋にも並んでいるとは思いもしなかった。


「マジックアイテム自体はたまに出回るもんなのか?」

「まあ、たまに? うちみたいな雑貨屋が仕入れようってのは難しいけど。出回らないほどのもんでもないよ隊商でも扱ってるしね」


 それからマーサはうーん、と悩ましげに首を捻る。


「狩人向けのマジックアイテムは欲しがる人いるだろうからさぁ、仕入れたいとは思うんだけどねー。例えば夜目の加護とか。便利だし、事故も減るしね? あれなら手が届く値段のやつでも長持ちするから村でも喜ばれそうだけど……仕入れられたことはないねー。付呪、習っとけばよかったなー」


 マジックアイテム自体は多少高価で珍しくとも、出回ることは出回るんだな。

 問題は、現地の人々にとってどれくらいの強度までが普通なのかというところだろうか? ニルケルススも強度が異常だと言っていたし。

 ただ、付呪ができること自体はマーサの発言を聞くに恐ろしく珍しいというわけでもなさそうな気がする。需要があるのなら売ってみたいところだ。


「付呪、俺もできるんだが……」

「え、何。カッツィオ付呪もできんの」

「一通りは?」

「なんで疑問形。まー、不思議なのは今に始まったことじゃないか。じゃあ今度さー、付呪してるとこも見せてよ。付呪台あればできるじゃん。あーしにも教えてよー付呪ー」


 付呪台?

 アーケインフォージの形状を思い浮かべてみるが、台なのだろうかあれは。

 一応……台といえば台か? 俺には炉に見えるが。


 そんな事を考えていると、ジャムの棚を見ていたイグニカが小さな壷をこちらに持ってきて俺に見せてくれる。


「主、このジャム、初めて見ますよ」

「本当だ。見たことないラベルだ。えーと……パーシモン?」

「あーそれね。新商品。試食する? ちょっとまってねえ~」


 マーサはカウンター後ろの棚から同じラベルの壷を取り出して、小さな木べらにジャムを乗せてこちらに差し出してくれる。


「とっても甘いです。他のジャムみたいにすっぱさがないですね」

「……」


 これ柿じゃね?

 舌の上で転がして匂いを確かめるが、もう1度味わってみても柿だ。


「柿の味がする……」

「カ、キ? そっちの果物?」

「ああ、こういう色の皮で、そのまま食べたり、干したり、渋いのは酒に漬けて渋みを抜いて柔らかくして食べたりするなあ」

「パーシモンはそのままじゃ食べらんないから別の果物かな。硬い時は渋いのなんのって……。あ、干したのはこっち」


 マーサが後ろの棚から籠に入ったものを取り出し、こちらに渡してくれる。

 干されてしわくちゃになったそのフォルムはまごうことなき干し柿だ。


「干し柿やないかーい!」

「またなんか現地語で叫んでる。じゃあ、パーシモンはそっちにもあるんだねえ」


 パーシモン、パーシ……ん?

 あれ、なんか前の世界で調べ物してるときにパーシモンって見たような?

 あ。柿の英語──


「──あ。こっちの世界がどうこうとかじゃなくて俺の不勉強だったわ」

「え? 世界単位の話? パーシモンが?」

「いや、なんでもない」



◇◆◇

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